第三話 裏で働く力

 体育館に響き渡るマイクで拡声された声。その声の主は檀野春という少女のものだ。聴衆にも伝わる程の緊張が演説を進めるにつれてほぐれ、少しづつ調子が出てきた。

「私はこの竹ヶ岡高校をより魅力ある学校にするために、皆さんに三つ提案します。」

 「本当にこんなこと考えてんのか」なんて本人に言ったら怒られそうなことを頭に浮かばせながら演説に耳を傾ける。

「一つ目は徹底した時間遵守です。近頃の様子を見ていると、登校時刻や授業の開始時刻など、学校という集団生活の場において守られなければならない時間という規律が守られていません。」

 そもそも学校に登校していない脩からしてみればピンとも来ない話だが、ちょうど高校生という年代の若者にとっては耳が痛い話に違いなかった。

 脩が、右隣のパイプ椅子に腰かけている涼真の方に目を遣ると、どことなく渋い顔をして俯いている。右腕を太ももに立てて、頬杖をつくというおまけつきだ。

「全校生徒の時間遵守に対する意識を高めてもらうため、毎朝校門で生徒会と有志による挨拶運動の実施を考えています。」

 ただ「ここがだめ」と指摘するだけでなく、改善に向けた取り組みの具体案まで用意する理想的な演説が展開されている。よくできている。

 しかし、生徒のウケがいいかはまた別の問題である。

 演説が始まってから、時折カメラのシャッター音がしている。少しだけ春の演説から意識を外し、体育館内を見渡してみると、その音の発生源は永川先生だった。。先程の中谷の演説中は撮っていなかったが、自らが担任している生徒だからか、記録に残そうとしている。

「結構お堅く来たねー、春ちゃん。」

 右側方からの呟きを聞き取り、カメラマンから意識をそちらに移す。

「そうだな。馴れないことしちゃって。」

 脩と涼真の二人だけでなく、春の人柄を知っている者のほとんどがに違和感を覚えていた。周りのクラスメイト達も首を傾げている。

「二つ目は校内でのスマートフォンの取り扱いについてです。校則では、校内への持ち込みと授業時間外の使用は節度を守ることを条件に許可されています。しかし、授業時間中の使用は当然ですが、先生が許可した場合のみにしか認められていません。」

 またしても高校生にとって耳が痛い話だが、涼真の表情がまわりの嫌そうな顔を浮かべる生徒たちとは対照的に、納得した表情に変わっている。

「現在は授業中のスマートフォン使用が発覚次第注意という形を採っていますが、使用が複数回に及ぶようであればペナルティーとして学校が一時預かりという形で没収するべきだと考えています。」

 ペナルティーへの言及を受けて、体育館中からどよめきが起きた。

「本気で言ってるの?あの人。」

「今時没収なんて。」

 あちこちから不満の声が上がる。このご時世、スマホを没収なんてされたら生きていけないと言う高校生は多い。

 徐々に騒がしさの度合いを増す聴衆を目の前にし、一瞬怯んだ様子の春は、気を持ち直して演説を続ける。

「三つ目は他校との交流行事についてです。普段活動する環境の違う人たちと交流を持つことで交友関係の拡大だけではなく、様々な視点からの考え方に触れるよい機会となります。この交流行事については生徒だけで決められない部分も多いので、先生方と相談が必要ですが、私が生徒会長になった際には実現させたいと考えています。」

 一つ二つと堅苦しい話題を展開してきたかと思えば、三つ目は他校との交流行事の構想を打ち出した。

 三つの公約が出揃ったところでそれまで考え込んでいた様子の涼真の表情が確信を持ったものに変わった。

「なるほど、そういうことだったのかよ。」

「ん?」

 少しクサい独り言を発した涼真とそれに困惑する脩と置き去りに、演説は終わりへと向かっていく。

「この学校に所属する全員が充実した生活を送ることができるように、規律ある竹ヶ岡高校を目指して皆さんと一緒に頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。ご清聴ありがとうございました。」

 演説を終えて頭を下げた春に向けられた拍手は、演説を始めるときに比べるとまばらだった。壇上から降りる春の足取りは速かった。

「以上で立候補者の演説を終了します。続いて投票に移ります。指示に従って投票を行ってください。」


 無事に(?)演説が終わった会場は緊張に締め付けられた反動でより賑わい、投票へと移っていく。脩たちも司会の指示に従って投票用紙に記入し、投票箱へ用紙を入れる。

 投票が済んだ者から各自教室へ戻れと指示があったので、その流れに乗って脩と涼真は二年B組へ足を向けた。


※ ※ ※


 教室へ戻り自分の席について脩は、クラスメイトたちから向けられる視線に滅多刺しにされながら机に突っ伏していた。何をするわけでもなく雑然とした教室で居心地の悪さが最高潮に達する寸前、二人の人物が入室してきた。

「はいみんな席ついて~。帰りのHR《ホームルーム》しちゃうわよ~。」

 永川先生の一言で生徒たちが各々していた会話を切り上げて自分の席へ戻る。

 そして、先生と時を同じくして教室に入ってきたもう一人も自分の席へ着く。

「生徒会選挙お疲れさまでした。長丁場だったけど、大体みんな集中してたみたいだしよかったわ。明日は普通に授業だから気を付けてね。んじゃ、解散!」

 HRといってもこの終始適当な先生の一言を聞くだけのものなので三分と掛からずに終わった。


「ああ、ちょっと待った!」

 慌てて発した先生の声にクラスメイトたちの足が止まる。さっさと帰ろうと支度に取り掛かろうとした

「横山君このあと私のところに来てちょうだい。あとは、檀野さんはその次だから少し待っててね。」

「……。」

「あ、もういいわよ。」

 脩と、時間差で春が呼び出された。お互いに呼び出される理由は見当がついていた。脩は言われた通り先生のもとに向かった。

「ここじゃあれだから悪いけど、隣の空き教室に行って待っててちょうだい。すぐ行くから。」

「わかりました。」

 脩は念のため自分の席に戻り、念のためシャーペンを一本持って空き教室へ足を向ける。先生はまだ他の生徒の対応をしている。空き教室へ向かおうと春の席の横を通り、通過しようという時、一瞬視線を向けられて一瞬で逸らされた。学校来ててそんなに不思議か。春の席で立ち止まりはせずに、教室の出口へ向かった。


※ ※ ※


 脩が教室を出ようとした時、先生のもとに一人の生徒が近づく。

「先生、ちょっといいすか。」

 自分を呼び出した張本人の動向が気になり、教室を出る前に一度様子を見ようと教卓の方を振り返った。すると、涼真が永川先生を呼び止めていた。

「え、うん、どうしたの和泉くん。」


「先生、今回の選挙仕組んだでしょ?」

「……。」

 ド直球に言い放った涼真は先生をあまり人がいない教室の隅の方まで手招きして話し始めた。

 みてくれが決して悪い方ではない男子生徒と、生徒から人気を集める女性教師が教室の隅でコソコソしている様は、何かをしでかして怒られているか、あるいは口説いているかのように見える。現にまだ教室に残っている生徒たちはスキャンダラスな出来事にザワついている。

 

 呼び出されたのに待たされている脩は、教室を出る間際に耳に飛び込んできたスキャンダルに思考を振り回されながら空き教室に到着した。授業で使用されていないだけあって少し埃っぽく、エアコンも入っていない。このまま長時間待たされたら熱中症になるな。


※ ※ ※


「え?」

「あれ脩、何してんのよこんなとこで?」

「あ。」

 二つの驚きと一人のうっかりに晒された脩は、気まずさが最高潮に達していた。

「先生にここで待ってろって言われたんだけど」

「ごめん横山君、すっかり忘れてたわ。そこの和泉君に絡まれたせいで。」

 先生の視線は明らかに涼真を睨みつけていた。睨みつけられた当の涼真は不敵な笑みを浮かべている。

「あ、そうなんすか。で、俺はどうすればいいですか?」

「悪いんだけど、一旦教室に戻っててもらえる?たらい回しにちゃうんだけど。」

「わかりました。」

「全く……、仕事増やすんじゃないわよ。」

 先生からの雑な扱いと涼真へのボヤきに困惑したまま、脩は空き教室を後にした。


 脩が空き教室を出たことを確認した先生は教室の扉を閉めた。

 さっき出てきた扉が閉まる音を認識すると、脩はくるっと踵を返して再び空き教室の方へ向かう。扉のガラス窓から覗く空き教室の中は教卓付近に規則性なんて全くなく並んだ三つの椅子に三人が腰かけている。

 (後ろの方なら三人の意識も行かないか)

 そう思いついた脩は、空き教室の後ろの方の扉を物音を立てないように慎重に開け、中で展開されている会話に耳を傾け始めた。

「ええ、ほんとよく気付いたわね。」

「それほどでもないっすけど。」

「涼真くん、どう考えても今の褒められてないよ。」

「そうね。そして檀野さん。悪かったわねこんな大変なこと頼んでしまって。」

「いえ、まあ確かに大変でしたけど、結局演説の内容から何から全部先生の方で用意して下さったわけですし。演説は緊張しましたけど。」

「演説内容まで仕込み済みだったのかよ。」

 厳かな雰囲気の中で語られる生徒会選挙出来レースの実態に、涼真が思わず呟く。


「でもこれで、あなた一年間生徒会長をやることになるわ。……頼んでおいてなんだけど、本当に大丈夫?」

「ほんとにそれ、頼んだ側が言うことじゃないよね。」

「いえ、最終的には自分で引き受けるって決めたことですから。最後まで頑張ります。」

 生徒会長への決意を表明した春の声はどこか自信なさげで、自分の中で何かを押し殺しているようだった。

「というか、もう一人のの方も先生たちの仕業だったの。」

「ちょっと、和泉君。あんまりそういうこと言わないの。彼女は彼女で期待に応えようと立ってくれたんだから。」

「でもあの人結構クラスで煙たがられてるって聞いたけど。」

「そうやって真剣にやった人を茶化さないの。対抗馬として声を掛けたのは事実だけど。」

 先程から先生は生徒会選挙を教師主導出来レースにしたことに対して何も隠さず事実を実に淡々と話している。


「ところで、どうして選挙を仕組むなんてことになったの?」

 涼真が遂に核心に迫った。それに対して先生は少し間をおいて、

「……簡単な話よ。誰もやりたがらなかったからよ。」

「……え、それだけ?」

「ええ、そうよ。そうよね檀野さん。」

「……本当だよ。」

「……それだけ?」

 先生によって明かされた生徒会選挙のに拍子抜けした涼真は心底残念そうな表情を浮かべている。涼真としては「スクープをすっぱ抜いた」ぐらいの気持ちでいたものがこんな理由だったのだから。

「ともあれ、檀野さん。これから大変になるけどできる限りのサポートはするから。」

「……はい、ありがとうございます先生。」


 こうして、涼真が覗いた闇はとてつもなくあっさりと暴かれ、そして落着した。二重構造で覗かれて、もう一人その闇を知る者がいることを知らずに――。

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