第67話王女プリマシアの直感とそれが呼ぶ不安
「アルメは戦っているのに私はこんな所で……!」
私は喫茶店の中にこもっている我が身を恥じて歯噛みした。
何が王女だ。何がプリマシアだ。今は自分の身分すら明らかにして外を歩くこともできず、変装と偽名を使ってまで外に出歩いたところで魔物の襲撃に遭い、再会したばかりのアルメ……アルメティニス。親友の彼女に全てを任せて自分は安全な所に引きこもっているのだから笑い話にもならない。こんな体たらくで国を危機から救おうなどと馬鹿げた話だ。
「エレジア様……貴方様の身分を考えれば致し方がないことです。御身に非は何一つとしてありません」
「そうは言っても……!」
護衛として私に付いてきてくれた者たちが私を励ますように声をかけてくれるが、それにも私は苛立った声を返してしまう。彼らも私のことを気遣ってくれているのは分かる。しかし、時には白々しい気休めよりも事実をハッキリ言ってくれた方が楽なこともあるのだ。
「私が人々を守らないといけない立場なのに……」
その役目すら聖女のアルメティニスに……いや今は聖女でもない一般人の立場の彼女に押し付けているというのか。仮にもこの国の王族の一人としてなんて情けない。我が身の非力さに、怒りと呆れと絶望がないまぜになって混濁とした感情が胸の奥底からこみ上がってくる。
「早く王国軍の援軍はこないの……っ?」
アルメティニスたちの力を信頼していないワケではないが、魔物の襲撃を彼女たちだけでひっくり返すことは難しいだろう。本格的な我が国の軍が速く駆け付けてくれないことには。
「分かりません。外を先程、覗いた限りでは魔物たちはかなり大がかりな襲撃を仕掛けて来たようです。おそらくは王都中が……」
「そんな……それじゃあ……」
「……はい。我が国の軍は精強無比にして強大ですが、流石に王都全域をカバーするとなれば時間がかかります。加えてこのエリアはやや王都中央部から離れた区画でもありますので……」
回りくどいことを言われてしまったが、つまり援軍が来るまで時間がかかるということだ。
「そんな間にアルメたちが殺されてしまう……!」
「……エレジア様、いえ、プリマシア王女様。このような時に失礼ですが、あの少女はやはり……」
「ええ」
本当にこんな非常時に何だと思ったが、その質問だけは否定するワケにはいかない。
「彼女こそ真のアルカコス王国の聖女。アルメティニスよ。さっきも言ったでしょう」
「やはり……」
「追放されたはずの先代聖女ですか……」
「失礼なことを言わないで頂戴。アルメティニスこそが真の聖女なのだから」
一般的にはそういう風に認識されていることは分かっていても、親友への侮辱とも取れる言葉を聞き流すことはできず、私は注意をしてしまう。護衛の人間は「はっ、申し訳ありません!」とすぐに姿勢を正して言った。
「……分かっていると思うけど他言は無用よ。今、彼女が王都にいることが多くの人間に漏れてしまえば彼女に危険が及ぶわ」
特に偽の聖女ミスティアを掲げて、権力を握っている大貴族のゴルドバーグ公爵などはアルメティニスの抹殺のために動くだろう。親友である彼女が王城に帰還する時はしっかりと時期を見極めて、準備を整えてからでないと、再び私は親友を失うことになりかねない。
「それにしてもあの子たちは何なのでしょうか……」
彼女が王城と王都から追放され姿を消していた私の親友である聖女アルメティニスであることを疑う余地はないが、彼女の連れていた三人の可愛らしい女の子たちのことが少し気になる。どう見ても普通の年端もいかない少女にしか見えなかったが、さっき一瞬、外に出た時に見た限り、あの子供たちも魔物たちと戦っているようなのだ。
気になっていたのは私だけではないようで、護衛の者たちも考え込む。
「アルメティニスとあの子たちの接点は私の知っている限り、ないわ。アルメティニスが王宮にいた時、私はあの子たちがアルメティニスと一緒にいるところを見たことがないもの」
「聖女様が追ほ……いえ、王宮を退去された後、出会って、ご慈悲の心で面倒を見ている子供たち……ではないでしょうか?」
「随分とアルメティニス様のことを慕っている様子でしたね」
「その可能性が高いと思うけど……」
護衛の者たちの推測に頷きながら、まだ引っかかりを私は覚える。アルメティニスの性格なら、王宮を追放された後、見知らぬ子供たちでも面倒を見ることくらいは充分、ありえることだろう。自分が危機的状況にあることも二の次にして困っている子供を助ける。それを自然にやってしまうのが彼女が聖女たる所以。それだけの慈愛の持ち主だ、彼女は。だが、何かが引っかかる。
「なんだろう。私の中の直感とでも言うものが何かが違うと訴えているの」
「プリマシア王女様の……」
「それはやはり王族由来の……」
そうだ。聖女であるアルメティニスほどの力ではないが、この国の王族の血にも受け継がれている不思議な力というものが少しはあるのだ。それを私は宿している。もっとも、私の力は王たるお父様と比べれば微々たるものだけど、ゴルドバーグ公爵たちの一派が王族から権力を奪おうと画策していることくらいは察することができた。
(でも、それだと変なのよね)
どうして、お父様は私でも気付いたことに勘付くことができなかったのだろう?
それに聖女アルメティニスの追放劇は間違いなく、ゴルドバーグ公爵の仕組んだ陰謀だ。前々から感じていたことだが、先程、アルメティニスの言葉を聞いてそれが確信に変わった。
そのこともどうしてお父様は勘付くことができなかったのか? どうして、ゴルドバーグ公爵の仕組んだ罠とでも言うべき陰謀にまんまとハマって公爵に好き放題させてしまい、結果として国が荒れていることになっているのか。
(何が起こっているというの……? 私やアルメティニスに……いえ、この国……あるいは世界に?)
胸を刺す不安の刃は、紛れもなく私の血に宿った力が訴えている不安に他ならなかった。
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