第64話救世主の戦いと王女の危機


 狼の魔物が私に飛び掛かってくる。私は右手を広げてそちらの方向に突き出し、迎撃をした。


「これで……!」


 私の右手が発光し、光の波動が真っ直ぐに飛ぶ。周囲に光の渦を巻き起こしながら放たれた波動は狼の体を貫き、絶叫と共に狼の魔物が背後に吹っ飛ぶ。その体は二つに千切れていた。

 その隙にもう一匹の狼が私に襲い掛かろうとする。一瞬、パニックになりそうになるが、焦りは禁物、と自分に言い聞かせることができたのも後ろで見ているだけだったとはいえ、戦いの場数をそれなりに踏んだおかげだろうか。比較的冷静に左手を後ろに向けて意識を集中させる。光の波動が拡散して放たれ、防壁のように私と狼の間に張り巡らされる。


「今よ!」


 光の防壁にひるんで尻込みした狼の様子を察して私は叫ぶ。それに「応!」と声。ミスラちゃんが狼のもとに接近し、蹴りを放ち、その体を吹っ飛ばした。


「アルメお姉ちゃん! 凄いな! その力は!」

「私もよく分からないんだけどね……でも」


 この力があれば戦える。巨躯を誇る幻獣さんを召喚して戦うには不向きな市街戦でも魔物を倒して、人々を守ることができる。今は素直に感謝し、存分にこの力を振るおう。


「この力で人々を守ることができるのなら……!」


 手をかざし、光を放つ。一直線に放たれた光はさらに一匹の豹を貫いた。


「アルメ」

「アルメ様!」


 その間に離れていたエスちゃんとリルフちゃんも合流する。私を中心に竜の子たち三人がフォーメーションを組む。


「すごいね、アルメ」

「そのお力があれば魔物など楽勝ですわね!」

「ありがとう、二人とも。でも、油断はしちゃダメよ」


 二人の称賛の言葉に頷きつつも、注意を促す。笑みを浮かべて二人は頷いた。


「よし! 魔物たちを蹴散らすぞ!」


 ミスラちゃんが元気な声を上げる。危機的状況の中にあってその声はこちらの気勢を上げるのに充分なものだ。


「ええ。多分、王国軍の兵士さんたちが駆け付けると思うけど、まだ時間がかかるわ。その間は私たちが……」

「りょうかい」

「分かりましたわ、アルメ様!」


 私の言葉に三人の竜の子たちは再び魔物たちに攻撃を仕掛ける。魔物たちの注意をこちらに引き付けることができれば、それだけ町の人たちが被害に遭う確率も下がる。

 魔物たちも私たちを脅威とみなし、大勢がこちらに集まってきていた。


「させない!」


 私は手をかざし、光を放って攻撃する。それで一匹の狼が吹き飛んだが、相手も魔物。恐れを知らない勢いでこちらに向かってくる。


「じゃま」


 エスちゃんが淡々と呟き、手を振るい、風の刃を飛ばした。さらに一匹の獅子が真っ二つになる。


「アルメ様の前にはいかせません!」

「お前たちの相手はミスラたちだ!」


 リルフちゃんとミスラちゃんも前に出て二本の腕と二本の足を振るって魔物たちを攻撃する。その身体能力の高さは流石は竜の子たちだ。

 さらに自画自賛ながら、今なら私も魔物たちと戦うことができ、個々の能力では私たちは魔物たちを圧倒している。しかし、何分、相手の数が多い。


(キリがない……っ)


 魔物の一団に光の波動を放ちながら、私は内心で舌打ちした。一匹一匹倒しているだけではとても倒し切れるものではなかった。こういう時、やはり幻獣さんの圧倒的な力で一気に相手を倒せればありがたいのだが、この市街戦ではそもそも幻獣さんを呼べない。ないものねだりをする前に現実的な対処法を考えなければ。

 私の手から放たれた光が再び魔物たちを吹き飛ばす。


(そうは言っても簡単に思い付くものでは……)


 愚痴っている暇があるなら思考を回せ、とは思うものの、それですぐさま妙案が浮かぶなら苦労はしない。今は迫りくる魔物たちをとりあえず倒すしかない。

 それに夢中になっていたあまり。


「アルメティニス……!」


 さっきまで私たちがいた喫茶店からプリマシア王女様が顔を出した時には一瞬、何が起こったのか分からなかった。どうして、出てこられた!? いえ……いきなり魔物の号砲が響き、私たちが外に飛び出したきり戻ってこないのだから気になって様子を見にきてしまうのも当然か……? そんな思考が頭の中で高速で巡るも、王女様の近くにいる魔物の姿に気が動転しそうになる。


「王女様っ!」


 思わず私は叫ぶ。ハッとしたように王女様は自分に迫る脅威を認識したようだが、いきなり魔物の牙を前にしたショックか、固まってしまう。いけない。あのままでは。


(位置が、遠い……!)


 私は自分と王女様の位置関係を把握して、歯噛みする。魔物たちを引き寄せて戦っていたので、自然と喫茶店の場所からは離れてしまっている。店や家などから魔物たちを引き離すように動いていたのだから、当然のことなのだが、それが今は裏目に出てしまった。


「王女様!」


 その間にも魔物の凶刃が王女様の身に迫り、王女様の顔が恐怖に歪む。間に合え……!

 瞬間。魔物の体が真っ二つになった。


「え……?」


 安堵するより先に、一体何が、と思ってしまう。私は何もしていない。今のは……。


「ふ、はしゃぐのもいい加減にしておくんだな、魔物たち」

「……! フィリムさん!」


 ギルド、ドラゴン・ファングの先輩冒険者にして歴戦の女戦士のフィリムさんが剣を構えて、王女様を守るかのように魔物たちの前に立ちはだかっていた。

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