第62話王都を襲う影
それからプリマシア王女様の口から語られた話は場の雰囲気を暗くするのに充分なものだった。
私の話もあまり明るい気分で聞けた話ではないと自覚しているが、王女様の話は想像を超えていた。
「エレジア様の御父上ですら権力を振るえないなんて……」
「ええ、残念なことに、ね」
胸の中から苦渋の気持ちを吐き出すかのように王女様は告げる。
王女様が言うに、実は彼女の御父上……すなわち国王陛下はミスティアを聖女の座から解任し、私を呼び戻そうとしていたらしい。聖女としての務めを果たせていないミスティアを放っておくことはできないだろうし、そのミスティアがゴルドバーグ公爵たち貴族たちと結託して王族の権力を削ぐために動いていることも国王陛下は把握していた。それ故にミスティアを追放し、私を呼び戻し再び聖女にすることで全ての解決への一策としようとしたようだ。
しかし、その国王陛下の目論見は他ならぬ貴族たちによって阻止されることとなってしまったという。国王陛下のミスティア排除の動きを知った貴族たちがほとんど一丸となってミスティアを擁護。いかに国家の頂点に君臨する国王陛下とはいえ、自分の屋台骨を支える貴族たちの意向を完全に無視することはできない。貴族たちの力が増し、王族の力が既に削がれている現状ではなおさらだ。そのためミスティアは聖女として残留することに決まり、これにより自分が何をしても排除されることはないと知ったミスティアはさらに王城内で横暴に振る舞うようになったらしい。
流石にそこまでは予想外だ。この絶対王政の国で、国王陛下すら自らの考えを実行に移せないような状況は明らかに歪んでいると言わざるを得ない。
「……それから私は起死回生の一手を求めて城下の町を密かに調査することにしたの」
「……そうですかエレジア様。それで、御身自ら市街に……」
「ええ。でも、悪いことばかりではないわね。こうして貴方と再会できたのだから」
沈痛の表情から一転。笑みを浮かべて私を見る王女様。私と再会できたことがそこまで王女様にとって救いになったというのならこれ以上なく光栄なことだと思う。
「アルメ。今からすぐに王城に戻ってきてくれない?」
「えっ……」
だが、王女様の口から提案されたことには流石に驚いた。
「貴方が帰ってきてさえくれれば無理やりにでもミスティアを追い出すこともできるかもしれない。真の聖女の貴方さえいれば……」
「王……いえ、エレジア様……」
冗談などではなく、本気の表情で語られ、私は胸が熱くなることを感じた。この御方はそこまで私のことを買ってくださっている。
「……いえ、残念ですが、それは無理でしょう」
「ど、どうして?」
それだけにこのような言葉は言いたくはなかったが、事実は事実として語らなければならない。
「私が奇跡魔法を使えないのは事実です。それがたとえゴルドバーグ公爵の何らかの陰謀によって失われたものだとしても、今は奇跡魔法が使えるミスティアの方が聖女として正しい」
「そ、そんなことは……」
「ミスティアを支持する貴族たちに大義名分があります。私が帰って、私を聖女として貴方や貴方の御父上が擁立したところで逆に貴族たちに王族の権力を削ぐ口実を与えてしまうだけです。状況は、悪化します」
私の言葉に王女様は絶句してしまう。そのようなお顔をさせたくはなかったが、これが、現実だ。私が奇跡魔法を使えるのならともかく使えない今では、私が戻ったところで聖女の名を主張することは無理があるのだ。ギルド、ドラゴン・ファングに所属してフィリムさんやイルフィさん、それに竜の女の子三人と接するようになってから積んだ経験を活かして、ない頭なりに考えた結論がそれだった。
「そう、よね。ごめんなさい。私の方が現実が見えていなかったわ」
「いえ……そのお気持ちはよく分かります」
謝罪の言葉を述べる王女様を制して気にしていないと私は伝える。とりあえず現状で打てる手はあまり多くはない。かといって、このまま手をこまねいていて無駄に時間を浪費するのもまずい。貴族たちによる王族の権力削ぎはその間にもどんどん進行していくからだ。
どうすればいいものか。暗中模索の気分を共有する私と王女様だが……。
「む……」
不意に竜の女の子たちの一人、ミスラちゃんが発した言葉に注意を惹かれた。
「ミスラちゃん?」
「…………」
ミスラちゃんは落ち着かない様子で店の中を見回している。いや、見ようとしているのは店の外?
「……アルメ」
「アルメ様。ご友人との再会を邪魔してしまって申し訳ありませんが、どうやらのんびりお話している暇はないようですわ」
エスちゃんが短く私を呼び、リルフちゃんも真剣な声音で言う。え? という顔をした王女様を横目に見ながら私は竜の子たちに問い掛けた。
「何かがあるの?」
「ああ。アルメお姉ちゃん」
ミスラちゃんがそう返事した時には竜の子たち三人は席から立ち上がり、テーブルを離れている。
「魔物……」
「かなりの数ですわ」
エスちゃんとリルフちゃんが続けて言った言葉に私は驚愕した。
「魔物が、王都を……? そんな、また」
「アルメ……? どういうことなの? この子たちの言っていることは……」
私も驚いているが、王女様はワケの分からないという表情だ。この子たちの力を知らないのであれば無理もない。知っている私でも半信半疑なのだ。
いや、私は信じたくないだけ、ですね。この王都を魔物たちが何度も襲うなんてことがあるはずがない。そう信じたいがゆえに魔物の襲撃という事実を認めたくないのだ。
竜の子たちは既に現実を飲み込み、対処に動こうとしているのに私はなんて情けない。王女様に偉そうなことを言える立場ではない。
「魔物が来るのね。三人とも。分かったわ。すぐに迎撃しないと」
この王都を魔物たちに踏み荒らさせるワケにはいかない。私も席を立つ。未だ状況が飲み込めていない様子の王女様を置いて離れることは無礼だとは思ったが、魔物の襲来に対しても一刻も早い対処が必要だ。
「アルメ……一体なにが……」
王女様のその疑問の声を掻き消すように店の中でも聞こえる魔獣の号砲が響いた。
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