第61話労いの言葉
「……貴方も苦労したのね、アルメ」
私が王宮を追放されてから今のギルド、ドラゴン・ファングの看板冒険者・仮面の召喚士アルメになるまでの経緯を話し終えての王女様の第一声がそれだった。周りにも聞かれてもいい程度にボカしつつ、全部を話すと長くなってしまうのでかなり省略して話したのだが、それでも結構、長くなってしまった。私だけが一方的に話す状態でも、王女様はイヤな顔一つすることなく、ちゃんと聞いてくれた。
そして、その後に放たれた一声はうわべだけの気遣いなどでは断じてなく、心から私のことを想ってくれていることが伝わってきて、胸が熱くなる。
「苦労、と言えば苦労ですが……まぁ」
「貴方にそんな想いをさせてしまったのも私たちが貴方を追放してしまったせい……。ごめんなさい。責任を感じているわ」
「王……エレジア様が謝ることではありません。エレジア様は私の追放に反対してくれていたではありませんか」
「それでも、よ」
本当に責任を感じていることが分かるお顔で沈痛そうに瞼を閉じる王女様。逆にこちらの気が引けてしまうのだが、そういう真摯さもこの王女様の美点だと思う。
「結果として私たちが貴方を追放してしまった事実には変わりはない。それを止められなかった自分の無力を感じているわ」
「そんなことは……そのお言葉だけで十分です。私はエレジア様のことも、もっといえば国……エレジア様の御父上のことも恨んだりはしていませんから」
「恨んでないって……お父様は貴方に恨まれて当然のことをしたと思っているのだけど」
「いえ。あの状況で御父上の下された判断は間違っておりません。人の上に立つ者ならあの判断は当然です」
私に追放命令を言い渡した国王陛下にはその時は納得のいかない思いを覚えたが、今、ある程度冷静になって見ればそれも止む無しと思える。奇跡魔法を失い、聖女の資格のなくなった人間をいつまでも聖女の座に残しておく方が問題だろう。この国の指導者という立場を考えれば。
「ふーん。このお姉ちゃん、いい奴なんだな、アルメお姉ちゃん」
「い、いい奴……」
そんな会話を運ばれてきた飲み物や食べ物を飲んだり食べたりしながら聞いていた竜の女の子たちの中でミスラちゃんが不意に口を開く。王女様相手に物凄い気安い……悪く言えば無礼過ぎる物言いに私は思わず顔面蒼白になったが。
「そんな無礼な……」
「いいのよ、アルメ。私は別に気にしていないから」
「ははっ。そうか! えーっと……エレジアお姉ちゃん?」
「ええ。私はエレジアよ」
くすり、と微笑む王女様。このお方はプリマシア王女様……と思わずミスラちゃんに言いたくなる気持ちをグッと堪える。今は本人の言う通り、謎の令嬢エレジア様、だ。
「エレジアか。わるくない」
「アルメ様ほどではありませんが、貴方もなかなか素晴らしい女性のようですね」
次いで、エスちゃんとリルフちゃんも口々にかなり無礼なことを言い放ち、私は再び絶句してしまったが、王女様は気にした様子もなく微笑んでいた。
「可愛い女の子たちね。アルメ」
「え、ええ……そうですね」
それどころか微笑ましそうに竜の子たちを見るくらいで、申し訳ないやら、王女様の寛大さに感謝するやらで、私はとりあえず相槌を打つだけが精一杯だった。
「じゃあ、今度は私の番かしら」
「……あ、そ、そうですね。申し訳ありません。私ばかり喋ってしまって……」
私の言葉にいいのよ、とばかりに王女様は笑顔だけを返事にした。
「アルメがいなくなってから色々あったわ。人里を魔物たちが襲うようになってその対応に王宮は追われることになったし……」
「申し訳ありません。私がちゃんとしていれば……」
「あら……アルメを責めたつもりはないのよ。アルメの次の聖女……ミスティアがしっかりしていれば防げたことなのだから」
アルカコス王国は聖女の祈りによってもたらされる神の加護により、魔物たちの力を抑え付けて魔物たちが人里を襲うことはなかった。これは歴代聖女なら誰もがやってきたことだ。一応は私も。しかし、今の聖女ミスティアにはそれができていない。
私も王女様も、嫌味な言い方になってしまうが、ある程度は仕方がないことだろう。聖女が役目を果たしていないことでこの国にどれだけの損失が発生しているのかは計り知れないのだ。それに加えて、
「……ミスティアが貴族たちと結託して私たちの権力を削ぎにかかっていることは知っているかしら」
「……ええ。多少は」
現・聖女ミスティアは貴族と組み、王家の権力を削いでいるというのだ。聖女の領分を明らかに逸脱し過ぎた越権行為。いや、明確な犯罪とまで言ってもいい。そんなあまりにも傍若無人な振る舞いを見れば誰だって苦言の一つを呈したくもなる。
「ゴルドバーグ公爵を中心とした貴族の一派が動いていると……」
「ええ。その通りよ。ゴルドバーグ公爵たちが私たちを排して自らがこのアルカコス王国の頂点に君臨しようとしている」
「そんなことは……!」
知っていた情報とはいえ、王女様の口から告げられてしまえば、思わず私も動揺してしまう。王家に仕えるべき貴族たちが王家を転覆させようとしているなんてとんでもないことだ。
「多分、ミスティアはそのためにゴルドバーグ公爵に担がれて聖女になったんだと私は思っているの。もしかしたらアルメ。貴方が力を失ったのも……」
「…………」
やはり、それも全てゴルドバーグ公爵の陰謀だと言うのでしょうか。
そうだとするのならば私は……。
「…………っ」
聖女が人を憎んではならない。そのことは分かっている。もう聖女ではない元・聖女だが、それでもその心得を忘れてはいけない。……それでも、私は。
「ゴルドバーグ公爵……」
その名を口にする時に憎悪を含んだ声を出してしまう自分を抑えきれなかった。
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