第59話聖女アルメティニスと王女プリマシア


 プリマシア王女がこちらへと駆けてくる。私の方へと走ってくる。やはり間違いない。目の前の女性はプリマシア王女様だ。変装をしているが、そのお顔を見間違えるはずもない。


「貴方たち、この騒ぎはなんですか?」

「はっ、申し訳ありません」


 王女様は私たちを囲んでいた護衛たちに咎めるような口調で訊ねると護衛たちは一様に姿勢を正し、王女様の方に振り向いた。


「この者たちが不審な動きをしていたので警告を」

「不審な……?」


 護衛の言葉を聞き、プリマシア王女様は私と竜の女の子三人を方を見る。その瞳と私の瞳が合うが、あちらには仮面でこちらの顔は見えていないであろう。私が元・聖女アルメティニスであることも王女様には分からなかったはずだ。


「貴方は……仮面の救世主っていう……」


 私を見て、王女様はそう呟く。ギルド、ドラゴン・ファングの冒険者。古に失われた召喚術を使う謎の仮面の救世主。それが今の私の表向きの立場だ。


「アルメお姉ちゃんに何か用か!」

「…………」

「どなたかご存知ではありませんが、アルメ様に手出しするなら容赦はしませんわよ」


 竜の女の子三人が王女様に挑みかかるような目でそう声を発する。これに王女様の護衛たちが再び軽快した顔でこちらを見る。いけない。そんな王女様に無礼な。それに無用な争いはここで望むことではない。


「アルメ……仮面の救世主の名前、でしたね」


 王女様は無礼な言葉を発してしまった竜の子たちを咎めることもなく、目を見開き、私の方を再び、見る。謎の仮面の召喚士の名前がアルメであることは公表していることだ。やはり本名のアルメティニスにあまりに近い名前にもっと凝った偽名にしておけばよかったと思う。


「アルメ。私は貴方と会ったことがある気がします。私の友人にも似た名前の者がいます」

「……っ!」


 思わず、私は反応してしまう。それを隠すことはできなかった。私の正体に気付かれかけたからだけではない。王女様が、アルメティニスを、つまり私を友人と今でも称してくれていることに感情が大きく揺さぶられたのだ。


「貴方さえ良ければその仮面を取って素顔を見せてくれませんか? 私の考えが正しければ、貴方は……」


 それ以上を王女様に言わせる愚は犯さない。私は言葉の途中で自らの仮面を外す。そして、素顔の瞳で王女様の瞳に応える。王女様は一瞬、驚きに目を見開き、次いで、


「……会いたかったわ」


 穏やかな微笑みを浮かべた。

 その笑顔に私は思わず胸がいっぱいになり、声を上げそうになってしまった。奇跡魔法を失い、聖女の座から降ろされ、追放された私を待っていてくれた人が王宮の中にもいたのだ。それが、どれだけ嬉しいことか。


「私もです。プリマシア王女様」

「相変わらず他人行儀ね。アルメティニス」

「いえ、これが私の常なので……気分を害してしまったのなら申し訳ありません」

「そんなことはないわ。そういう堅物な物言いを聞くと本当に貴方だって実感できるもの」

「褒められている気がしませんね……」


 苦笑いしてしまう私だが、こんな気安い会話が王女様とできるのも何にも代えがたい幸せだ。苦笑いが徐々にただの微笑みになっていく。


「お、王女様! この者は!?」


 そんな風に私と親しげに会話している自らの主に対し、驚いた様子の護衛の人たち。思わず、といった様子で質問を発するが。


「この者とは失礼でしょう。彼女はアルメティニスです」

「ア、アルメティニス!? それは先代聖女ですか? ですが、追放されたはずの者がどうしてここに!」

「また失礼ですね。アルメティニスはたしかに聖女の座から降ろされました。ですが、私はそれは何者かの陰謀だと考えています」


 護衛たちを叱責するように言い放った王女様に私はまた胸が打たれる気持ちを感じた。

 動揺する護衛たちに構わず再び王女様は私の方を向く。


「アルメティニス。ここで会えたのも何かの運命ね。貴方なら、私の力になってくれるでしょう?」


 煌めく瞳で私を見て、純心に想いを伝えてくれるプリマシア王女様。そのお姿は平素な服を着て変装していても、王宮の中で私と共に過ごしていた時と同じ、輝かしい王家の光を放っていた。


「勿論です。今、王家に迫る危機は多少ですが、把握しております。貴族たち……そして、現聖女ミスティアが王族の権力をそごうとしている、と」

「そこまで知っているのね。それなら話は早いわ。私もその件でこうして城下に出てきたの」


 そうだったのですね。大胆過ぎると言えば大胆だが、活発な性格の王女様らしいことだと私はどこか微笑ましく思う。


「分かりました。ですが、王子様。私は今は王城には入れない立場です」

「ええ、そうね。残念なことだけど……。私は貴方には今でも王城に、いいえ、あの聖女の塔にいる資格があると思っているわ」

「そのお言葉だけでも嬉しいです」


 私の言葉に王女様は「お世辞じゃないわよ?」と少し不機嫌そうな顔になる。お世辞ではない……のですか。私はもう聖女ではないというのに、そこまで言ってくれる王女様にはやはり感謝しかない。


「立ち話もなんだし、とりあえず適当なお店に入りましょう。貴方の可愛い護衛さんたちも紹介してくれるんでしょう?」


 そう言って竜の女の子たちを見て、笑うプリマシア王女様だった。

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