第58話王女との接触のために
見間違い、ではない。間違いなくプリマシア王女様だ、と私は確信する。
私の視界の先、雑多な商店に紛れ込んでも違和感のないように王城で着るような上質なドレスではなく、簡素な服で変装している。頭巾も被っているので、遠目に見た程度の面識では分からないだろうが、間近に顔を合わせて、思い上がりかも知れないが、友人のような仲で親しくしていただいた私には分かる。あれは間違いなく王女様だ。
「どうした、お姉ちゃん?」
「アルメ?」
私の不審な様子に竜の女の子の内、ミスラちゃんとエスちゃんが不思議そうに訊ねてくる。
「あの女性がどうかしたんですの?」
リルフちゃんは私の視線すら読み取って、プリマシア王女様を指差して言う。王女様を指差すなんて、無礼はダメ、と注意したくなる気持ちを抑える。
「い、いえ……」
とりあえずその場を取り繕う声を出した私だが、内心ではとても平静ではいられなかった。王女様が、プリマシア王女様が目の前にいる。王城を追放された私ではコンタクトを取るのは難しいと分かりつつも、今のアルカコス王国の抱える問題を解決するため、なんとか接触しようと考えていたお相手だ。プリマシア王女様ならきっと私の話も聞いてくれる。そして、アルカコス王国の危機を回避するために協力もしてくれるはずだ。
それは分かっているのだが。
「…………」
足が動かない。心構えもなくあまりに唐突なことと言うのもあるが、やはり、怖い。聖女でなくなった私。聖女を追放された私のことを王女様がもしも嫌っているとすれば。嫌っているとまでいかずとも嫌な印象を抱いているとすれば。王女様はどんな目で私を見るのだろう。それを考えると足が凍り付いたように動かなくなる。
「お姉ちゃん?」
「あの人に、なにかようがあるんでしょう?」
ミスラちゃんとエスちゃんがそう言ってくる。そうだ。とりあえず話しかけないといけない。こんな千載一遇の機会は今を逃してしまえば次はない。
「そ、そうね。ありがとう、みんな」
私が意を決して王女様に向おうとした時、エスちゃんが言い放つ。
「……でも、そうかんたんにはいかなさそう」
それはどういう意味……と訊ねかけた私だったが、すぐに意味を理解する。明らかに不穏な空気を纏った人たちが私と竜の子たちの周りを包囲するように固めたからだ。
「貴方たちは……!?」
護衛。その単語が思い浮かぶ。この人たちも一般市民にしか見えないように変装しているが、その身のこなしはフィリムさんのように隙のないものだ。聖女だった頃の私ならともかく、冒険者として先輩冒険者の歴戦の女戦士であるフィリムさんの戦いを間近に見てきた今の私ならそれが分かる。
いくら変装しているからって王女様が一人で町中を出歩くワケがない。危険すぎる。護衛も同時に配置しているのは当然だろう。そして、無遠慮に護衛対象に接触しようとしている人間を見逃すほど、王女様の護衛に選ばれた人間が甘いはずもない。
「……何の用だ?」
「……貴様、たしか仮面の救世主とか呼ばれている者だな?」
私たちを包囲した護衛の人たちが次々に鋭い声を投げかけてくる。その穏便ではない雰囲気に既に竜の女の子三人は臨戦態勢だが、それが逆に護衛の人たちの警戒心を刺激してしまっているようだ。
「……悪意がある者ではありません」
私はそれだけを口にする。しかし、信用できないという雰囲気は変わらない。
「……すぐにここから去れ」
「……今ならお前たちのことも見なかったことにしてやる」
護衛の人たちがそう声をかけてくる。普通ならこれだけ怪しい態度をしている時点で斬りかかられても文句は言えないのだが、なんて人情のある……と思ってしまう。これもお優しいプリマシア王女様が選ばれた護衛の人たちだからだろうか。
だが、厚意を無下にするようで心苦しいが、そういうワケにもいかない。
「私にはあの方とお話をする必要があります」
ハッキリと声を出すと、護衛の人たちはさらに警戒の念を強める。
「貴様、知っているな、あの方の正体を……」
「どこで知った? いや、それならやはり見逃すワケにはいかない」
ずい、と一歩距離を詰めてくる護衛の人たち。「アルメお姉ちゃん……!」とミスラちゃんが呟く。いつ襲いかかってこられても対応できるように構えを取っている。その横顔は幼い少女のものながらすっかり戦士のものになっている。
暴力に任せる行為はあまり取りたくはない。この護衛の人たちもおそらくはただプリマシア王女様の警護という使命を果たそうとしているだけ。それでも、今は……。
覚悟を決める。なんとしても、今はプリマシア王女様と接触しなければならない。そのためには多少の無茶はしないといけない。その程度も決断できないようでは始めからギルドに籠っていてこうして外に出てきたりしていない。竜の女の子たちが告げ、精霊シフルも告げた災いは間近に迫っているのだ。一刻も早く行動しないと手遅れになってしまう。
ここで力ずくで護衛の人たちを突破してでもプリマシア王女と接触しなければならないのだ。
「……仕方がない、なんて言葉でごまかしたくはないけれど、みんな。お願いしていい?」
「ああ!」
「うん」
「お任せを!」
私の言葉に竜の女の子たちが頷くと共に相対する護衛の人たちも身構える。一触即発。すぐにも戦いの幕が上がると思われたその時。
「何をしているのですか!」
プリマシア王女が驚いたような、叱責するような声と共にこちらに向かってきているのが見えた。
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