第56話災いの流れ



「さて、それでボクの正体はどうでもいいとして本題だね」

「どうでも良くはないんですけどね、ギルドマスター」


 さらりと重要なことを流そうとするイルフィさんに思いっ切りこめかみに手を当てて苦言を呈するフィリムさん。頭痛でもしているかのような表情だ。フィリムさんは長い付き合いだろうけど、いつもこんな感じにイルフィさんにはぐらかされたりしているのだろうか。


「ええ、どうでもよくはないですね、イルフィさん」

「全くどうでもよくないぞ、イルフィお姉ちゃん」

「いかどうぶん」

「イルフィ様の性格はご存知ですが、そのノリで常に通そうとするのはいかがなものかと」


 私もフィリムさんに追従して突っ込みを入れるとそれにさらに竜の女の子たち、ミスラちゃん、エスちゃん、リルフちゃんも続く。ここまで突っ込みの大攻勢に晒されるとは思っていなかったのか流石のイルフィさんもウっと気まずそうな顔になる。


「……けっこー、きつい突っ込みするねぇ……聖女なのに」

「聖女だからこそ、相手の言動がおかしいと指摘します。私は元・聖女ですが」

「これは普段の意趣返しのつもり?」

「あら、お分かりですか」


 拗ねるようにジト目になったイルフィさんにクスリと笑ってみせる。あまりこういうのは私のキャラではないと思うが、これまで散々、イルフィさんには手玉に取られているのだ。これくらいの逆襲はしてもバチは当たらないだろう。


「なかなかしたたかだね。でも、今はこうして言葉遊びしている暇じゃないでしょ」


 堪えているのか、堪えていないのか。相変わらず微笑を浮かべて返すイルフィさんに感心するような、呆れるような。薄々気付いていたけど、この人の温和な笑みは私の仮面と同じだ。笑顔の仮面だ。それで相手に自分の感情を悟らせないようにしている。

 何が彼女にそうさせているのか。ただ単に自分の本心を知られたくないだけか、それともそれ以外の何か哀しみがあるのか。

 後者であればなんとか解決してあげたいと思ってしまうが、ここで私に出しゃばられて踏み込まれても今はイルフィさんもいい気分はしないだろうということも分かる。

 相手が触れられたくないと思っている領域に無理やり踏み入って心の内を暴き出そうとするのはそれが相手を想っての行動であっても、ただの自己満足に過ぎない。心を閉ざしている相手の場合、時には無理に突っ込んでいくことも必要だが、今回はそうではないだろう。その程度の見極めはできるつもりだ。


「そうですね。精霊が伝えたこの国に訪れる災いに関することです」

「切り替え早いなー。最初にこのギルドに来た時はもっと純心だったと思うけど、アルメは」

「あれから私も成長していますよ」


 世間知らずの聖女であった頃に比べて多少は世間の荒波に揉まれて精神的には成長しているつもりだ。それでもまだまだ私は甘ちゃんの小娘に過ぎないのでしょうけど。


「やれやれ、喜ぶべきか、嘆くべきか。大人になるってのもいいことばかりじゃないよ、アルメ」

「……ですが、いつまでも人は子供のままでもいられないでしょう。それを考えればアルメの成長は喜ぶべきことです、ギルドマスター」

「そうだね。フィリムのおかげかな?」

「私は何も」


 なんだかイルフィさんとフィリムさんが私の親のような会話をしている。失礼ながらイルフィさんにはあまり育ててもらった実感はないのだが、フィリムさんには頼れる先輩冒険者として色々とその背中には学ぶことが多かった。


「ま、本題だね」


 その一言と共にイルフィさんをまとっていた雰囲気が一変する。浮かべている微笑には変わりがないように見えるが、真剣な意思が瞳と声に宿る。


「アルメが呼び出した精霊が言っていた危機……。それに対処するのが何よりも優先するべきことだよ」

「そうですね。この子たち……竜の子たちもこの国に訪れる災いを防ぐためにやって来たと言っていました。精霊シフルが言っていた災いと竜の子たちの言う災い。それは同一のものではないでしょうか?」

「そう考えるのが妥当だね」


 ここまでは私たちやフィリムさんだけでも結論付けていたことだが、イルフィさんもやはり異論をはさむことはなかった。


「アルメが聖女の座を追放されて、後任の聖女に収まったミスティア。だけど、ミスティアに聖女としての力はなく、歴代聖女は抑えてきた魔物の人里を襲うという行為を許している。これもそもそもが災いの一端なのかもしれない」

「ギルドマスター。それは聖女ミスティアにただ単に力か、あるいは信仰心が足りないだけなのでは?」


 フィリムさんがイルフィさんの言葉に疑問を述べる。元・聖女が人の悪口を言うことはよくないとは思うが、私もフィリムさんに同意だ。ミスティアの聖女らしからぬ信仰心の不足が、神の加護を薄れさせてイルフィさんの言った状況を招いているのとしか思えない。


「あのミスティアとかいう聖女の手落ちだろう?」

「わたしもそうおもう」

「あの聖女はアルメ様の足元にも及ばないエセ聖女ですからね」


 竜の女の子たちも私たちの意見に加勢するが、それでもイルフィさんは持論を曲げることはなかった。


「その状況すらも災いがもたらしたものかもしれない。聖女アルメが追放されて、聖女ミスティアが現れたこと自体も」

「? どういうことです?」


 無学者の私にはイルフィさんの言うことがよく分からない。が、フィリムさんは何かに気付いたように腕を組む。


「……何者かの意思により全て誘導されて起こったことだと?」

「その何者かは人間ではないどころか、形をもった存在かどうかも怪しいけどね。アルメ。あまり思い出したくないことだと思うけど、君が何故、聖女の座を追放されたのかについて詳しい話を聞かせてくれないかな?」

「は、はい……」


 たしかにあまり思い出したくないことであるが、今の問題の解決のためには共有しておくべき情報だろう。

 私は私自身が唐突に聖女の証である奇跡魔法の力を失ったこと。そして、その直後にそれまで奇跡魔法の力を持っていなかったミスティアがその力を得て、私に代わる聖女の座に収まったこと。それらを後押ししたと思われる貴族ゴルドバーグ公爵のことを簡単に話した。


「……アルメの話を聞く限り、たしかに今の状況はギルドマスターの推測通り何者かの意思によって招かれたことだと考えられる。しかし、それは人間のしわざでは? 話に出てきたゴルドバーグ公爵とやらが怪しいように私には思える。ギルドマスターが言うような災いの一端とは少し考え難いのですが……」


 フィリムさんが自分なりの推理を述べる。それはイルフィさんの推測に異を唱えていることだが、私も同意だ。全ての黒幕はゴルドバーグ公爵。あの人が、とは特定できないが、少なくともゴルドバーグ家はギルド、グローリー・ガーディアンズに私の召喚術の力を封じる力を渡していた。以前の決闘でそれは分かっている。そして、ゴルドバーグ家と中心としていると思われる貴族の一派が聖女と結託して王族の権力を削ぎ、アルカコス王国内で権力を握るために動いていること。

 これらの情報をまとめればどうしてもゴルドバーグ公爵が全ての黒幕に思えてしまうのだ。かの公爵がアルカコス王国で権力を握るという欲望に取り付かれた結果が、私を聖女から追放して、ミスティアを代わりの聖女に仕立て上げたこと。それが結果的にアルカコス王国への神の加護を薄れさせて魔物たちの凶暴化を招いている。

 しかし、これはまさに人災だ。人間の欲望がもたらした災いである。イルフィさんが言うようにこのことが精霊シフルや竜の子たちが使命としていた災いだとは思えない。人災も、災いの一つと言えばそうなのだが。


「…………」


 そんな話を聞きながらもイルフィさんは何かを思案するように真剣な瞳をしていた。それは私にも、元・聖女にも、竜の子たちにも見えない真実の一端を見抜こうとしているような千里眼にも見えた。

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