第55話人ならざるギルドマスターと信頼される元・聖女


 まさかイルフィさんも竜の女の子たち同様に竜なのだろうか。真っ先に思い付いた考えながら的を射ていないことはないと自分では思う。フィリムさんの話の通りなら少なくとも10年前からイルフィさんの外見は変わらず幼い少女の姿のまま。その割には外見に不釣り合いなまでの叡智と経験を身に積んでいることはそう長くない付き合いの私でも分かる。子供の姿でそれだけのものがあるのは少なくとも人間とは思えない。で、あれば私のそばにいる竜の女の子たちのようにイルフィさんも竜なのではないだろうか。

 そう、思ったのだが。


「いや、アルメお姉ちゃん。それは違うと思う」


 当のその竜の女の子の一人、ミスラちゃんが口を開く。私は思わずそちらを振り向いた。


「ギルドマスターは、竜じゃない」

「わたしたちは竜ですから、もしイルフィ様が同族であるのなら、それくらいは分かりますわ、アルメ様」

「そ、そうなんだ……」


 ミスラちゃんに続き、エスちゃんとリルフちゃんにも私の推測を完全に否定され、相槌を打つしかない私であった。

 気まずい思いでイルフィさんの方を再び見る。


「まぁ、その子たちの言う通り、ボクは竜なんて大層な存在じゃないよ。期待外れで悪いけどね」


 相変わらずつかみどころのない食わせ者の微笑を浮かべて、イルフィさんはそう言う。


「竜でなくともギルドマスターは大層な存在だと思いますけどね」

「意地悪だなぁ、フィリムは」


 腕を組んで突っ込みを入れるフィリムさんにイルフィさんは苦笑いを返した。


「……とりあえずボクは人間ではないよ。それだけはコクっておくよ」


 が、直後にあごに指を添えて、不敵な笑みと共にそう言い放つ。その双眸に射抜かれて、ゾクリとした感触を私は覚えてしまった。イルフィさんには最初に会った時からいきなり元・聖女だと見抜かれるなどで圧倒されっぱなしであるが、彼女に恐怖を感じたのはこの時が初めてであった。

 この人は、本当に一体何者なのか……。


「堂々とぶっちゃけましたね」


 付き合いの長いフィリムさんはそんなイルフィさんにもあまり驚いた様子はなく嘆息している。以前からイルフィさんのこのような一面を見る機会もあったのだろうか。


「流石にここまできてただの人間です、って言い張るのは無理があると思うしね」


 怖い笑みを引っ込めて温和に笑うイルフィさん。だが、私は背筋の凍り付いた感覚をなかなか振り払えなかった。


「……それで竜でもないとすれば何なのですか。まさか精霊の類? それともよもや魔性の類……」


 ややおびえた様子を見せながらもリルフちゃんが問いを投げかける。凄い度胸だと思う。少なくとも私ではそこまで突っ込んだことは言えない。


「ひどいな~、リルフちゃん。ボクはそんな酷い存在じゃないよ」

「そ、そうですよね、イルフィ様……」

「……とはいえ、魔性と似たようなものかもしれないけどね」


 イルフィさんはリルフちゃんを安心させるように言ったかと思えば直後に脅すように言い放つ。これにひっ、とリルフちゃんが声を上げてしまったのは仕方がない。


「でもボクは少なくともフィリムやアルメ。それに竜の子たちやこのギルドのメンバーの害になることはしないつもりだし、このアルカコス王国にあだなすつもりもない。それは信じて欲しいな」


 かと思えば真面目な表情になってそう宣言するイルフィさん。やっぱり食えない人だ……。でも、その言葉に嘘はない、と思えた。


「……分かりました。信じます」

「アルメお姉ちゃん!?」

「しんじるの?」

「……アルメ様」


 私の言葉に驚いた声を上げる竜の女の子たち。それも無理はない。客観的に見て今のイルフィさんは明らかに怪しい。でも。


「あっさり信じてくれることにボクの方が逆にびっくりなんだけど……。ボクって普通にひどくない? 君たちの秘密は聞いておいて、こっちの秘密は話せない。それでも信じてくれって」

「そうですね、ひどいです」

「それもあっさり肯定するんだ……」

「元・聖女が嘘を言えませんから」


 拗ねるような顔になったイルフィさんに私は笑みを浮かべる。多少は意趣返しができただろうか?


「……私は力を失って追放された元・聖女。とはいえ、人の善悪を見極める程度の目は今でも持っているつもりです」

「ふむ。アルメはその目で見て、ギルドマスターに悪意はないと判断した、と」

「そうですね、フィリムさん。私がフィリムさんを信頼しているのと、フィリムさんがイルフィさんを信頼しているのと同じことです」

「そういう恥ずかしいことを惜しげもなくよく言えるな……」


 フィリムさんの言葉は皮肉っぽくあったが、やはりその声音に悪意の色はない。


「綺麗事を堂々と言えるようでなければ聖女など務まりませんから」

「これはボクの方が一本取られたかな? ホント、アルメは正真正銘の聖女だね。なんで君を追放するように企む輩がいたのか理解に苦しむよ」

「そうですね、ギルドマスター。それは私も同意です。アルメを追放しておいて、代わりに据えた新聖女もあの有様ですからね」


 参った、とばかりに言うイルフィさんにフィリムさんも頷いている。


「アルメはいいとして、竜の子たちはどうなのかな? ボクのことを信じられる?」


 続いてイルフィさんは私の後ろの竜の子たちに視線を向ける。流石にこの子たちは自分を信じてはくれないだろう、と思っているような声音だったが。


「ああ、信じるぞ!」

「……! これまた拍子抜けというか、なんというか……」


 即答したミスラちゃんにまた毒気を抜かれたような顔になるイルフィさん。


「アルメがしんじるなら、わたしたちもしんじる」

「そうですね。アルメ様の慧眼に間違いはありませんから」


 そこまで無条件に私の判断を信頼してくれるのは嬉しくもあるが、逆に気恥ずかしくも、これでいいのかと思うものもあるのだが、元とはいえ聖女であった自分の判断に間違いがあるとも思えない。素直に自分への信頼を寄せてくれる竜の子たちに感謝するべきだろう。


「慕われているね、アルメ」


 再び温和な笑みを浮かべるイルフィさんに私は「そうですね」と素っ気なく言ってしまったが、照れ隠しを多分に含んだ声音であることをこの人なら簡単に見抜いているであろう。

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