第54話ギルドマスター・イルフィの謎
ケープの村での厚い感謝を受けて、私たちは王都に帰ってきた。ケープの村の問題が解決できたのは喜ばしいことだが、それに喜んでばかりはいられない。その時に私が呼んだ精霊シフルが告げたこの世界にいずれ訪れる災いのこと。それが竜の女の子たちがこの世界にやってきた役目と関わっている可能性。それらのことをギルドマスターのイルフィさんと話し合う必要がある。
勿論、私の正体や竜の女の子たちの正体に関してもイルフィさんに話すつもりだが、イルフィさんは既に私が先代の追放された聖女アルメティニスであることは見抜いているし、もしかしたら竜の子たちの正体も見抜いているかもしれない。
とはいえ、隠し事をしていたことは事実だし、改めて話し合う意味はあるだろう。フィリムさんにも真実を話したことだし、いくら同じギルド内でもこれ以上広まるのは避けたいが、イルフィさんとだけ真実を共有して先の問題への対策を練るよりはフィリムさんの知恵も借りられる方が絶対に良いはずだ。
私は元・聖女とはいえ、知らないことは多い世間知らずの15の小娘に過ぎないし、イルフィさんも年齢不詳で底知れない叡智を秘めていることは分かるが、それでもやはり人間一人が思い付くことには限界があるだろう。様々な視点からの意見を集めることでより有効な対策が視えてくる。その意味でもフィリムさんも含めた話し合いを行いたい。勿論、竜の子たちも。
船頭多くして船山に上る、大工が多いと歪んだ家が建つ、コックが多くてスープが台無しになる。そのようなことわざもあるが、三人寄れば文殊の知恵とも言う。力と知恵を合わせるのは悪い事ばかりではないはずだ。
なので帰還早々、ギルドマスターのイルフィさんに時間を取ってもらい、私、フィリムさん、そして竜の子たちも連れて話をすることになったのだが。
「あー、やっぱり竜だったかぁ。まぁ、いいよ、別に分かっていたから」
竜の子たちの正体を話した途端、さして驚いた様子もなくそう返されてしまっては流石に閉口してしまう。
「ギルドマスターは知っていたのですか?」
私よりもイルフィさんと長い付き合いであろうフィリムさんもその反応に少し驚いたようで詰め寄るように訊ねる。「まぁね」とイルフィさんは頷く。
「なんとなく察しは付いていたよ。明らかに身にまとうオーラが人間のものじゃなかったし……もののけの類が人間に化けているにしては邪気がない。それに何より、崇高すぎる。これはもしかしたらもしかするかも、って」
「流石ですね……」
ギルドマスターならもう気付いているかもしれないとはフィリムさんも言っていたものの、いざ本当にそうだと自分の上司のとんでもなさに衝撃を受けてしまったのだろう。
「むぅ、イルフィお姉ちゃんは凄いな……」
「ちょっとおどろき」
「聖女であったアルメ様でもこちらから打ち明けるまでは分かりませんでしたのに……」
竜の女の子たちも露骨に驚いている。
とはいえ、流石に竜とまでは想像できなかっただけで、私も明らかに普通の人間ではないとは思ったし、フィリムさんもそれは同じだ。
それを考えればもう少し能力を抑えて正体を隠すようにするべきとこの子たちに言っておくべきかもしれない。この年端もいかない外見の女の子たちが魔物相手に楽々戦えるのを見れば誰でも普通だとは思わないだろう。
年端もいかない外見の女の子と言えばイルフィさんもそうなのだが……。
「イルフィさんの正体も願わくば知りたいところですけどね……」
嫌味な言い方にならないように気を付けつつ、私は口にする。この謎の年齢不詳のギルドマスター。とてつもない叡智を秘めていることは分かるが、それ以上は分からない。決してイタズラに詮索しているのではなく、お互いの胸の中を全て打ち明けてから話した方が建設的なのでは、と思ってのことだ。
「いやー、それは乙女の秘密ってことで」
が、はぐらかされてしまう。これに不満を持ったのは私だけではなかったようだ。
「ずるいぞ! イルフィお姉ちゃん」
「わたしたちは話した」
「ここはイルフィ様もお話になるべきでは?」
やはり竜の子たちもイルフィさんが普通ではないことは分かっているのだろう。それだけではなく。
「失礼ながら、私もアルメたちと同じく知りたいですね。ギルドマスターのこと」
フィリムさんまでそう言ってイルフィさんを追及する。これには私は驚いた。フィリムさんがイルフィさんとそれなりに長い付き合いなのは分かる。フィリムさんはそれでもイルフィさんのことをほとんど知らないようだが、それはそれで良し、と思っていた節があるからだ。
イルフィさんもこれには少し目を細めて、見極めるようにフィリムさんを見る。
「へぇ……今更それを言う? フィリム」
「ギルドマスターに疑念があるワケではありませんが……いい加減、知っておきたいと思ったのですよ。私が子供の頃から外見、変わっていませんよね」
「まぁね」
フィリムさんが口にした事実も驚くべきことであったが、あっさりイルフィさんは肯定する。
20代半ばくらいに見えるフィリムさんが子供の頃からイルフィさんの外見は変わっていない? それは人間であればまずありえないことだ。
少なくとも10年の時を成長も老いもせずに過ごしていることになる。
これがイルフィさんの外見がある程度、年齢を重ねた大人であれば10年くらいでは風貌の変化が少ないのもありえることだが、イルフィさんは先に言ったように年端もいかない少女の姿。その姿で10年の時を不変でいられるのはおかしい。
「まさかイルフィさん……貴方も、竜、なんですか?」
真っ先に思い付いた推測を私は口にする。
「さて、ね」
肯定・否定、どちらとでも取れる曖昧な言葉を放つイルフィさんは不敵に微笑むのだった。
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