第53話隠しきれぬ聖女の慈愛


 ケープの村の農業地帯から家々があるところに戻り、問題はとりあえず解決したことを伝える。

 今さっき、自らの正体を竜の女の子たちやフィリムさんに告げたばかりなのに、再び私は仮面を付けてのことであるが、申し訳ないが許して欲しい。

 まだおおっぴらに先代聖女アルメティニスと触れ回るワケにはいかない。今は仮面の謎の召喚士アルメとして人々を助けることが私の限界だ。


「おお! 日も変わらぬ内に問題を片づけてくれるとは!」


 私の言葉に村人たちの筆頭格の老婦人は感激の声を上げ、感動の目で私を見る。


「やはり救世主様……そのお力は素晴らしい」

「よしてください。私はそんなに大それた者では……」

「いや! 貴方は救世主だ!」

「俺たちの明日が懸かった危機をこんなに簡単に解決してくれるんだからな!」


 他の村人たちも集まってきてわいわいと騒がしくなってくる。聖女であった頃にも今のように問題の解決に沸き立つ人々の姿を見ることはあった。あの頃は今のように人々との距離は近くはなかったが。

 あの頃は奇跡魔法。今は召喚術。傲慢な自己満足かもしれないが、自分の力で少しでも人々の心が救われることがあるのなら、それは私自身としても満足で、そして、安堵できることだ。


「まぁ、謙遜しすぎだな、たしかに」


 フィリムさんが苦笑いする。彼女は竜の女の子たち三人と共に村人に問題の解決を報告する私を少し離れたところで見守ってくれている。

 一応、私たちのリーダーはフィリムさんなのだから彼女が報告するのが妥当では、と提案したのだが、今回の問題はお前一人が解決したことだし、村人たちも救世主のお前の口から吉報を聞きたがっている、と言われて丸め込まれてしまった。

 ですから私は救世主なんて凄い称号を受けるほどの人間ではないと思うのですが……。


「フィリムお姉ちゃんの言う通りだぞ、アルメお姉ちゃん」

「アルメはもっとむねをはっていい」

「アルメ様のお胸なら張る価値はありますわ。少し小さいですけど、美乳ですし……」


 竜の子たちも異口同音に同じ事を……ううん? リルフちゃんが言ったことは何か違うような……? 思わず自分の胸に手をあてて、サイズを確認してしまう私である。

 小さい……? それはフィリムさんと比べれば小さいかもしれません……ですが、こう言うのもなんですが、リルフちゃんよりは大きいんだけどなぁ。でも、美乳と言ってくれたからには褒められている……?

 ……ああ、何を私は子供相手に胸のサイズで張り合ったりしているのでしょう。私もまだ15の子供ですが。

 そんな私の謎の行動に気付かず村の人たちは感謝の瞳で私を見る。やはりこちらは仮面をして顔を隠しているのが申し訳ない気持ちになる。

 私が召喚し、この村に発生していた怪奇を解決してくれた精霊シフルの言葉によるとこの村に起こった事態はこれからこの世界に起こる災いの序の口に過ぎないという話だが、それは今は村の人たちに言うべきことではないだろう。知らない方が幸せ、などと自分を上の立場と思い込み、相手を見下して言うワケではないが、イタズラに不安を煽るだけになるのはやめておきたい。

 聖女だった頃にもハッタリで人を安心させることがあった。根拠がなくても聖女だった私が「もう安心です」と言えばそれだけで多くの人は安堵してくれていた。無責任な物言いと言われるかもしれないが、そのような方法でも少しでも人の心が救えるのであれば間違ったことはしていないと思う。勿論、明らかに問題が起きているのに問題は何もない、などと目の前の現実を完全に無視するほどのことを言ったりはしない。それはさっきも村の人たちにこの村の怪奇を解決できると100パーセント保証はできないと伝えたのと同じことだ。


「とにかく救世主様、お疲れでしょう? 宿を用意しております。お連れの方々と一緒にどうぞ」

「は、はい」


 老婦人の勧めに私は頷く。お連れの方々呼ばわりされて竜の女の子たちやフィリムさんは不快な思いをしたかと心配したが、その様子はなさそうだった。


「ありがとうございます、聖女様。やはり貴方は今の偽りの聖女とは違う」

「えっ!?」


 囁かれた老婦人の言葉に私は思わず振り返ってしまったが、そこにはどうしたのでしょう? とでも言いたげな老婦人のイタズラっぽい顔があった。


「どうかなさいましたか、仮面の救世主様」

「い、いえ……何も……」


 この婦人は見抜いている? 私の正体を?

 最初の話で老婦人は聖女時代の私と言葉を交わしたことがあると言っていた。失礼ながら私の方はその時のことは覚えていないのであるが、それならば私の正体を見破ってもおかしい話ではない。老婦人の慧眼もあってのものだと思うが。

 老婦人のとぼけたしぐさと私だけに聞こえるように囁かれた声のボリュームから、分かっていて黙っていてくれるつもりだ、と察した私はそれに乗ることにする。相手の気遣いを無下にはしたくはない。


(……分かる人にはやはり分かってしまうものなのでしょうか)


 元・聖女であることはできる限り隠して振る舞っているつもりなのだが。それは嬉しくもあり、困ったな、と思うことでもあり複雑な想いを抱きながら、私たちは老婦人たちの案内に従い宿への向かうのだった。

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