第47話精霊の力、アルメの力、そして追及


 結果だけを言うならば私の呼び出した精霊・シフルさんの力によりケープの村の問題は解決した。

 かの偉大なる精霊はいかなる力を使ったのか手をかざし、そこから放たれた神聖なる青き輝きを枯れ果てた作物に帯びさせるだけで作物の生命を蘇られ、作物は瞬く間に生気のない灰褐色からみずみずしい緑の色へと変わったのだ。萎れて地を向いていた稲たちは再び蒼天の空に向かって背伸びするように立ち上がった。息を吹き返した、死んでいた稲たちが生き返ったのだ。その力は聖女の奇跡魔法にも匹敵する……あるいは上回るかもしれない。

 シフルさんはそれを見届けるとこちらに微笑み、すぐに消えて元の幻想世界に戻っていった。


「上手くいったな、アルメ」


 予想外のスピード解決に上機嫌になっているフィリムさんが私に快活に笑いかけてくる。肉体派の彼女なら私の肩なり背中なりをバンバン叩いたりしてきそうなのだが、それをしないのは貧弱な体の私のことを気遣ってくれたのか。


「そ、そうですね、流石は精霊様です。あのようなお力は私にはとても……」

「何を言うんだ、アルメお姉ちゃん?」


 私が精霊の崇高なる力に感激し、同時に自分の無力さを痛感した声を発すると不思議そうに竜の女の子三人の一人、ミスラちゃんが私を見上げた。


「精霊をよんだのはアルメの力」

「アルメ様の力なくして、かの精霊はこの地に姿を現せませんでしたのよ?」


 エスちゃんとリルフちゃんも続き、そう言う。とどのつまり、私の力のおかげでこの村を襲っていた問題は解決した、とみんなは言いたいらしいが……。


「いえ。私の力なんて……全て精霊シフルさんのおかげよ」

「常に驕らず謙遜を忘れないのはお前の美徳かもしれないが、行き過ぎると卑屈なだけで自分にとっても周りにとっても良くないぞ」


 私に対して、呆れた、まではいかずとも困ったようにフィリムさんがやれやれ、と腕を組む。その表情はやさしいことから悪い感情で言っているのではないことは分かる。純粋に私のことを気遣ってくれているのだろう。


「今回の依頼の円満解決はお前の力あってのものだ」

「フィリムさん、私は本当にそんな大した存在じゃ……」

「アルメお姉ちゃんは凄いぞ! 救世主なんてみんなが言うのも当然だ!」

「アルメはもっと自信をもって」

「そうですわ、アルメ様」


 私がさらに否定の句を紡ごうとすると竜の子たちが総がかりでそれを否定する声を発する。純粋無垢な彼女たちだ。本心からの言葉だと疑う余地はないが……。


「…………」


 やはりどうしても私自身は納得できない。自分をあまり卑下しない、自信を持とうとは既に何度も思ったことだが、今回の件に関しては明確に私の力ではないと言い切れる。

 私がやったのは精霊をこの地に呼び寄せただけで後のことは全て私の声に応えてくれた精霊・シフルさんが全てやってくれた。私の力が貢献した余地など一切ない。普段の魔物との戦いにしたって、私がやるのは幻獣を召喚するだけで後の戦いは私の声に応えてくれる幻獣さん任せだ。己の力で前線で戦うフィリムさんや竜の女の子三人とは、戦ったと同じ言葉で言っても中身が違い過ぎる。


「まぁ、アルメの力は本人より依頼してきた人間が定めるものだ。村の方に戻るぞ。きっとみんな喜ぶ」

「村の人たち喜ぶだろうなー」

「ミスラ、とうぜん。みんなこれであんしん」

「村の方々にとって生きた心地もしなかったであろう不安な日々は終わったのですからね」


 フィリムさんと竜の子三人は嬉しそうに、楽しそうに語り合いながら、踵を返して村の方に帰ろうとする。農業地帯で起きている問題を解決し、村からの依頼も完遂したと言えるのだから、一刻も早くこのケープの村の人々にその吉報を伝えてあげるべきなのかもしれないが、私は難しい顔で彩り豊かに並ぶ平常を取り戻した農作物たちを見ていた。仮面にさえぎられて私の表情をうかがい知ることは私以外にはできないだろうけど。


「アルメ……お前まだ自分には力がないとか悩んでいるのか?」

「それは否定しません。ですが、今考えているのはそのことではないです」


 仮面で表情は見えずとも察し良くフィリムさんがこちらに声をかけてくる。後輩の面倒見の良い先輩だ。これも彼女の人間的魅力なのだろうと思う。実際、自分には力がないとは思うが返答に嘘は言っていない。今、考えているのは別のことだ。


「精霊シフルさんが言っていたことが気になって……」

「このせかいにはのちにわざわいがおとずれる」

「そのことですね。アルメ様」


 私の曖昧な言葉にエスちゃんとリルフちゃんが先回りして正解を言い当てる。一を聞いて十を知る。賢い子たちだ。この子は、と思う。流石は竜の子とでも言うか。


「凄いわね。みんな。その通りよ」


 それでもよく分かったな、という声音で言ってしまう。相手は子供とは言え、決して侮っていたワケではない。純粋に驚いただけだ。


「最初に会った時に言ったはずだぞ、アルメお姉ちゃん。ミスラたちが王都に来た目的を」

「目的……? ああ……」


 ちょっと心外だ、と言いたげにミスラちゃんが口を尖らせると私は遅れて思い出す。

 そんなに時間は経っていないはずなのに、もうずいぶん、昔のことのように思える彼女たち、竜の子たちとの出会い。その際に竜なんて凄い存在がどうして人の世に姿を見せたのかを問うた私に彼女たちは言ったのだ。

 この地に災いの気配がする。自分たちはそれを防ぐためにやって来た、と。


「ミスラちゃんたちは精霊シフルさんが言ったのと同じ……この世界に訪れる災いを防ぐために来たんだったわね」

「ほう? チビたちにそんな凄い目的が」


 フィリムさんが反応した。そういえばそれも言ってなかった。あちらはこちらに全幅に信頼を寄せてくれているのに申し訳なくなるが、ミスラちゃんたちの正体が竜であることもまだ隠したままなのであれこれ話せるものでもない。繰り返すが、あちらはこちらを信頼してくれているのに本当に申し訳ない話なのだが竜なんて存在が人の世に出てきているだけでも大ごとだ。フィリムさんを信頼していないワケではないが、人の口に戸は立てられない。フィリムさん自身には悪意なくうっかり情報を漏らしてしまうかもしれない。竜の女の子たちの正体を知っている人間は最低限にしておかなければどのような事態を招くか分からない。

 それを思えば、口を滑らせてしまった。フィリムさんに私が今言った言葉を上手く誤魔化そうとするが……。


「フィリムお姉ちゃん! チビはやめろと言ったぞ!」

「そうだったな。悪い悪い」

「ミスラたちは凄い役目を担ってやってきたんだ。アルメお姉ちゃんはそれに協力してくれると言ってくれたんだ! それでフィリムお姉ちゃんたちのギルドにも入ったんだし!」

「ほぉ」


 なのだが、ぺらぺらとこちらの情報を喋ってしまうミスラちゃん。どこまでフィリムさんが本気にしているかは分からないが、少なくともエスちゃんは無表情をミスラちゃんに文句を伝えたい感情でか微妙に歪ませ、リルフちゃんに至っては露骨に頭を抱えている。


「詳しく聞きたい」


 短く言い放ったフィリムさんの言葉。何気なく言ったようであって、その声音はたしかな強さをもって私に届いた気がした。

 誤魔化しはきかない。そんな予感を覚える私であった。

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