第46話大気と風の精霊

 光り輝く。

 太陽の光とは明らかに異なる青みを帯びた光が周囲を照らす。その輝きの色には神聖さを否が応でも感じてしまう。

 不気味な雰囲気はなく、崇高な宗教画の描かれたステンドグラスを見上げる時のような穏やかで透き通るような胸の気持ちを味わう。

 私の召喚術は成功した。そのことをまず、確信する。


「人の子よ……」


 その存在は口を開く。なんて綺麗な声だろう、と思った。私の声も綺麗な声と老婦人は言ってくれたし、竜の女の子たち三人も綺麗な声をしていると思うが、この声はそういうものとは根本的に異なる。自然が口を開いた。緑の萌え木が、蒼天の空が、そのまま語りかけてきた。思い上がりかも知れないが、そんな感覚を抱いてしまう。


「我が名は大気と風の精霊、シフル。救済を求める貴方の声を聞き、貴方の人々を救わんとする慈愛の心を感じたため、召喚に応じ、参上いたしました」

「大気と風の精霊……シフル、さん」


 オウム返しにその名を呟いてしまう。聖女であった頃に王城の書物で読んだことがある称号と名前であった。この自然界を司る偉大なる精霊の一人。吹き抜ける風を司る精霊、シフル。

 その姿は無礼ながら外見年齢は私と変わらないまだ幼さを残した15歳くらいの少女のものに見えた。そして、とても美しい。だが、全身から放っている存在感が人間のそれとは段違いだ。このアルカコス王国の国王陛下と謁見した時とは違う意味で思わず膝を折り、頭を下げてしまいたい衝動が胸の奥からこみ上がってくるが、それをグッと堪えるのを意識する必要があった。


「ありがとうございます。シフルさん。私の名前はアルメ……いえ」


 私の正体、先代聖女アルメティニス。そのことを隠している仲間のフィリムさんや竜の女の子三人がすぐそばにいる。それを承知で本名を名乗りたくなる。正体を覆い隠すこの仮面を剥がし、素の顔で接しなければ無礼であるとの強い衝動にかられたがそれを制するようにシフルさんは微笑んだ。


「今はそれでだけいいでしょう。アルメ。仮面の召喚士。貴方の心は感じ取れています。何も気にする必要はありません」

「……申し訳ありません」


 全てを悟っているような優しい声音にそれだけしか応えられなかった。その全てを見通すような空色の瞳はこんな仮面なんて貫いて、私の素顔が見えている気がした。

 精霊の召喚。その事態に後ろで息を呑んでいたフィリムさんと竜の女の子三人が前に出てくる。


「これは……いや、失礼。貴殿が精霊か」


 流石のフィリムさんも精霊の姿をこうして見るのは初めてなのだろう。表情と声に驚きの感情がにじみ出ていた。


「ミスラたちに近い感じだ!」

「おなかま」

「初めまして精霊様」


 一方、竜の女の子三人、ミスラちゃんとエスちゃん、リルフちゃんはどこか気安い感じの態度を取る。無礼とも思ってしまうが、正体が竜である彼女らにとっては同じく幻想の頂点たる精霊は私のような人間よりもある意味、親しみを感じる存在なのかもしれない。

 三人のことも見抜いているかのように精霊、シフルさんは穏やかに微笑みを返した。

 が、それも少しのこと、すぐに私の方に視線を向ける。やはり、この崇高なる瞳で射抜かれるとつい膝を折りたくなってしまいますね……。


「アルメ。貴方は何を望みますか?」


 おそらくそれは既に承知の上なのだろう。偉大なる精霊シフル。その洞察力を持ってすれば私の考えていることなど私が話すまでもなく、お見通しに違いない。しかし、私の口から発した言葉でそれを聞きたいのだと察することができる程度には私も一応、先代の聖女なんて立場でいた人間であった。想いは言葉として口から発する。人間の内から外の世界に吐き出すことで初めて力を持つものだという認識はあったから。

 あるいは私の対応次第ではシフルさんは今見せているこちらへの協力的な態度を取り下げて帰ってしまわれるかもしれない。そのことへのおそれも胸のどこかにはあったが、それ以上にこの存在に対しては嘘偽りなく自分自身の真なる想いを伝えなければいけないと感じ、私は口を開く。


「こちらのケープの村の農業地帯。それが何らかの悪しき力により被害を受けております。この農地はケープの村の人々にとっては明日を生きるための重要なもの。それが脅かされているのであれば私はケープの村の人々の力になるため、驕り高ぶった傲慢な考えながら、ケープの村の人々を救うために、その悪しき力を払いたいと思います」

「承知」


 私の言葉にシフルさんは短く答える。やはり口にするまでもなく、こちらの心の内など把握していたのだろうが、満足げにシフルさんは笑みを浮かべた。


「たしかにこの地には悪しき呪いの力が働いています。その力は世界の裏側からにじみ出てきたもの」

「世界の裏側……?」

「どういうことだ?」


 悲惨な状況になっているケープの村の農業地帯の作物に視線を向けてシフルさんは語り出す。思わず私とフィリムさんは反応してしまうが、竜の女の子三人はそれが何か分かっているかのように何も言わなかった。


「これまでは聖女の祈りの力で抑えられていたもの。それがこの現世にあふれて出している」


 続くシフルさんの言葉にハッとさせられる。やはりこのケープの村の惨状も聖女の加護がなくなったことが原因だというのか。

 私を追放し、代わりにその座に収まった現・聖女、ミスティアはその力を有していないということなのか。


「今、この場は私の力で災いを払いましょう。ですが、これだけでは終わりません。この現世は遠からず同じような混沌に襲われることになる」


 真剣な表情でシフルさんは告げる。

 ケープの村の惨状は解決する。そうと告げているにも関わらず、私の胸の内には言い表しようのない不安が芽生えてしまうのだった。

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