第41話新たな依頼。精霊召喚の期待


「また新しい依頼か!」

「これでアルメ様の名がさらに高まりますね!」


 新たな依頼の話を竜の女の子たち三人に話すと活発なミスラちゃんは嬉しげに声を上げ、リルフちゃんも悪からぬ反応を返した。

 リルフちゃんの言葉はまるで既に私が依頼をやり終えて名声を高めた後のような言いようだ。まだこれから挑むところであり、私としてはそこまで名声を得ることにこだわりはないのだが。

 本音のところでは富と名誉よりも魔物などに苦しむ人々を救いたい。少しでも理不尽な目に遭う人を減らしたい。犠牲になる人をなくしたい。

 その想いが強い。それは聖女だった頃からの信条であり、聖女の座を追放された今でも胸の中に根付いている。


(とはいえ……)


 ギルドマスターのイルフィさんに言われた通り今の私は名声を得ることも大切だ。

 この国、アルカコス王国に忍び寄っている不穏な気配。それらを探り、王国を守るためにも名声を高める必要はある。下世話な目論見、と思ってしまうが王城のプリマシア王女と接触することはどこ馬の骨とも知れない輩ではできないことだ。世間が煽り立ててている仮面の救世主なる二つ名は大仰すぎると思ってしまうものの、本当に誰もが救世主と認めるくらいの活躍はしなければ。

 それがこの国を救うことに繋がるのなら名声を求めることにも積極的にならなければいけない、と思いを決める。


「ふたりともはしゃぎすぎ」


 ミスラちゃんとリルフちゃんに対して、竜の子たちの中で一番クールなエスちゃんが注意する。けれど、エスちゃんもはしゃぐ時は一緒になってはしゃぐんだけどね……と私は微笑ましい思いを抱いてしまう。


「アルメ、依頼の内容は?」


 エスちゃんは私を見上げてそう言う。依頼内容。それはイルフィさんから既に聞いている。


「うーん。調査……かな?」

「調査? 魔物を倒すのではないのか?」


 私が曖昧に答えるとミスラちゃんが首を傾げる。このギルドに所属してから主に魔物の討伐など分かりやすいと言えば分かりやすい戦いの依頼ばかりだったのでその反応も無理はないのかもしれない。


「先日言ったクレールの村とは反対方向にあるところにケープの村っていう村があるんだけどね。そこは農作物を多く作っているの」

「それがどうかしたのか?」

「うん。ミスラちゃん。その農作物の一部がいきなり枯れだしたって話でね」


 私もイルフィさんから聞いた話だが、ケープの村の農作物の一部が不自然に枯れ始めたらしい。今のところは全ての農作物が全滅などという致命的な事態には陥っていないようだが、このまま放っておくとそうなる可能性も否定できない。そうなってしまえば村としては大打撃だ。


「作物の不作は天災でギルドが関与することではないのでは?」


 リルフちゃんが当然とも言える疑問を挟む。たしかに作物の不作は普通は天災だ。人間の手である程度は対策できるだろうが、それにも限界がある。ましてや戦いを主な仕事とする冒険者ギルドにその解決の話を持ちかけるのはおかしな話と思っても仕方がない。


「それが明らかにおかしい枯れ方らしいの。こういうのは長年、農業をしている人たちには分かるものよ。自然に枯れているのか、何らかの力の影響を受けているのか」


 その点は私も元は狩りを生業としている家の生まれだから全く理解できないということはない。農業と狩猟では少し違うのだろうが、狩りの獲物がいきなりいなくなることは普通はありえない。獲物となる動物が減るのは人為的なものでなかったとしても何らかの原因と兆候があるはずだ。それらをすっ飛ばしていきなり獲物が減ったのであれば何かの関与を疑うのが当然だ。農業の方もそれと似たものがあるのだろう。


「なんらかのちから。のろい?」


 エスちゃんが口を開く。呪い。あり得る話、と元・聖女の知識で私は判断する。そこに声がかけられた。


「それを調べて欲しいということだ」

「フィリムさん」


 このギルドでお世話になっている先輩にして、このギルドの最強の戦士である女傑、フィリムさんがいつの間にかそばにやって来ていた。

 イルフィさんからはこれまでの依頼同様、フィリムさんと一緒に今回の依頼もこなして欲しいと言われているので驚くことではないのだが、フィリムさんは少し意地の悪い笑みを浮かべた。


「出世したな、アルメ。私をすっ飛ばして先にギルドマスターからこんな重要そうな依頼の話を受けるなんて」

「え? フィリムさん、先にお話を聞いていなかったのですか?」

「ああ。私よりお前の方が優先、と言うワケだ」


 苦笑いして肩をすくめるフィリムさん。

 それは、なんというか、申し訳ない。私なんて仮面の救世主とか言われているが、まだまだこのギルドに入ったばかりの新人に過ぎないのに大ベテランのフィリムさんを差し置いてしまうなんて。


「す、すみませんっ!」

「謝る必要はない。今や世間的には私などよりお前の方がよっぽど有名だからな。実力の方もそうだ」

「そ、そんなことは……!」


 過大評価だ、と思ってしまう。いくら召喚術が貴重な力でそれを私が使えると言っても、私なんて一人では未だに依頼を完全にこなせる自信もなくフィリムさんのお世話になりっぱなしだと言うのに。


「まぁ、今回も一緒の依頼だ。よろしく頼むぞ、アルメ。それにチビたち」

「こ、こちらからお願いしたいくらいです」


 さっきの言葉は嫌味のつもりで言ったワケではようだ。快活な笑みを見せるフィリムさん。そんな器の小さい人ではないことはこれまでの付き合いで分かっているが。


「チビってひどいぞ。フィリムのお姉ちゃん!」

「チビって言う方がチビ」

「わたしたちは子供じゃありませんよ、フィリム様」


 フィリムさんにチビ呼ばわりされて竜の女の子三人が一斉に反発する。たしかに彼女らは子供の外見だが、私たちなどより遥かに歳を重ねているのだが、その反応は子供だと思ってしまう。


「ははは、悪かったよ、三人共」


 笑いながら謝罪するフィリムさん。子供たちはまだ不服そうだったが、とりあえず矛を収めたようだ。


「ですが、フィリムさん。今回は調査という少し変わった依頼内容ですね」

「ああ。そこでもお前の力が活きるなアルメ」

「そ、そうでしょうか……?」


 私が召喚術で呼び出す幻獣さんたちはたしかに凄い力を持っているが、それは強大な敵を倒すことには長けていてもこういう調査にはあまり向いていない気がするのだが。


「精霊の類の召喚をして欲しい、と私は思っている」

「精霊、ですか……初めてですね」


 幻獣と精霊は微妙に異なる存在だ。どちらも人知を超越した力を持っているのは同じだが、精霊の方がまだ人間に親しみがあり、敵を倒す以外にも……分かりやすく言えば細かいことをすることができる。それも人間にはできない精度で。

 このケープの村の問題が呪いの影響であるのならたしかに精霊の力を借りるのは解決への近道だ。


「私に呼べるでしょうか?」


 だが、私は幻獣を呼ぶことはそれなりの回数をこなしているが、精霊を呼ぶのは初めてだ。理論上は同じ召喚術で呼べるはずなのだが。


「大丈夫だ。お前ならな」


 期待の言葉と共に肩に手を置いてくれるフィリムさん。

 この期待を裏切るワケにはいかない。そして、ケープの村の人たちが困っているのならそれを助けないワケにもいかない。

 私は意を決して、フィリムさん、そして竜の女の子たち三人と共に王都を出発するのだった。

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