第42話真の聖女、偽りの聖女
王都を出て数日の行程の末に私と竜の女の子三人、そしてフィリムさんはケープの村に到着した。
その道中で魔物の襲撃が何度かあったもののフィリムさんの巧みな剣技や竜の女の子三人の力で軽々撃退された。
私は戦っていない。私の召喚術はこんなところで使って無駄に消耗してはいけないとフィリムさんに言われ、見ているだけだった。
たしかに私の召喚術は強力な力だし、使う度に私自身が消耗してしまう。無駄に出張って力を使うことの方が愚かなことであり、フィリムさんの言い分が正しいとは理解できるものの、それでも、つくづく自分の非力さが嫌になる。
私は召喚術が使えるだけで自分自身で戦う力は持っていない。歴戦の女戦士であるフィリムさんは勿論、自分が保護者のようなものだと認識している竜の女の子三人にも遥かに劣る。
こんなていたらくで仮面の救世主、仮面の召喚士などと言われているのが恥ずかしくなる。
そんな風に少し落ち込んでいたところでケープの村に到着したワケだが、先日のクレールの村と同じくケープの村の村人の皆さんは熱烈な歓迎で私たちを迎えた。
「仮面の救世主様だ!」
「よく来てくださりました!」
「お待ちしておりました!」
村人総出で仮面を付けて現れた私の姿に熱狂の声を上げる。仮面で視えないだろうが、私の表情は見るに耐えないものになっているだろう。
私はそんな立派な者ではない。称えられるものでもない。それをこの村までの道中で再認識したからだ。救世主なんて私には勿体なさすぎる言葉だ。
「ふふ、流石の人気だな、アルメ」
フィリムさんは我が事のように喜び、私に声をかけてくれる。
「アルメお姉ちゃんの人気は凄いな!」
「それもとうぜん」
「アルメ様のお力を思えばこれくらいは当たり前ですね」
竜の女の子たち、ミスラちゃん、エスちゃん、リルフちゃんも自分のことのように喜びの声を上げるが、私は素直に頷けなかった。
私はそれほどの存在だろうか、と思ってしまう。
聖女の座を追放されてから常に胸の中でくすぶっていた感情がここにきて火がついた感じだ。仮面の救世主。その名に相応しいだけの存在なのだろうか、私は。
「アルメ?」
私の様子がおかしいことにフィリムさんは仮面越しでも気付いたのだろう。怪訝そうな声をかけてくる。
「……いえ、なんでもありません」
「そうか? それならいいが。この依頼の鍵はお前だ。よろしく頼むぞ」
「……はい」
フィリムさんの言葉に自分自身に喝を入れる。私が救世主の名に相応しいかはともかくとして今回の依頼を果たし人々を救うためには私の召喚術の力が必要なのは分かる。非力な私だが、少しでも自らの力で人の役に立てるのならその力を行使することにためらいはない。
この依頼を私たちに持ち込んだギルドマスターのイルフィさんの狙いはよく分からないが、そうやって私が名声を高めることでこの国、アルカコス王国に迫る危機への対処につながるということだ。それならばハリボテでもなんでも私はヒーローにならなければならない。
卑屈になっている暇はない。
「皆さん。お待たせしてしまいました。私がアルメです」
虚勢でもなんでも仮面の救世主としての役割が私に求められているのなら、それを果たさなければならない。聖女だった頃にもやっていたことと何も変わらない。役割が先にあって、それに自分を合わせる。本来は順序が逆なのかもしれないが、歴代の聖女の方々と比べれば遥かに短い聖女としての生活では常にそうであった私にはそれをこなすことへの抵抗も薄い。
そして、聖女の時は奇跡魔法という力。今は召喚術という力。他の人にはない力を持っており、他の人にはできないことができるということにも変わりはない。
私の名乗りに村人たちは歓喜の声を上げた。
「救世主様!」
「この村を救ってください」
「このままでは村の滅亡の危機なんです」
人々が私の周りに駆け寄ってくるが、それをさりげなくフィリムさんと竜の女の子三人がガードする形に入った。
「失礼。そちらの事情は分かるが、そう一斉にこられては救世主といえど困ってしまう。まずは問題の再確認をしたい。代表者はどなただろうか?」
毅然とした声でフィリムさんが告げる。これに村の人たちは足を止めた。
熱狂する人々を一声で抑えるフィリムさんの場慣れした対応だ。ギルドの戦士として、冒険者として、私とは経験の違いが明白に分かる。
聖女時代には人々の前に出ることはあっても、こんなに近くまで出ることはなかったし、その上で騎士や兵士の皆さんの護衛も就いていて熱狂する人々を抑えてくれていた。今はその代わりをフィリムさんや竜の女の子たちがやってくれた形だ。
つくづく私は一人では何もできないと思ってしまうが、卑屈にならないと今さっき思ったばかりのことだ。私は周りが私に期待してくれているような全能の人間などではないが、できることをするだけだ。
フィリムさんの言葉を受けて村人の中から一人の老婦人が前に出る。
「これは失礼しました。救世主様がた。何分、我々としても死活問題であったためご容赦ください」
「いえ。そちらの事情は分かっております。私にできることならいくらでも力を振るいますのでご安心ください」
老婦人の丁寧な言葉に私も静かな声で返す。
「……透き通るような声ですな」
「えっ」
いきなり老婦人に言われた言葉に私は困惑の声を返してしまった。
「救世主様はまるで聖女様のような綺麗な声です。聞いているだけで人を安心させる……」
「そ、そうですか……?」
二重の意味で驚いてしまう。私の声にそんな力があるのか、と言うことと、私が元・聖女であることを見抜いているかのような言動に。
「ああ、聖女様と言っても今の偽りの聖女などではありませんよ。先代の聖女様です。私は先代の聖女アルメティニス様のお声を聞く栄誉に恵まれたことがありまして」
「そ、そうなんですね……ですが、私は聖女様などではありませんし、今の聖女様を偽りの聖女などと言うのは……」
この老婦人は聖女だった頃の私と接触があったのか。失礼ながら、私の方は覚えていなかった。やはり正体を見抜かれたようで驚いてしまうし、私を追放した今の聖女・ミスティアを偽りの聖女などと称したのも驚いた。
「無礼なことですよ、今の聖女様をそのように言うのは……」
ミスティアが聖女としての責務を果たせていないとは私も思うが、そのように言うのは流石にどうなのかと思ってそう口にするも……。
「いや、今の聖女は偽物だ!」
「ミスティアとかいう今の聖女、あの聖女に代替わりしてから魔物が人里を襲うようになった!」
「あいつは聖女なんかじゃない」
一時は静かになっていた村の人々は老婦人の言葉を肯定するようにそんな声を上げる。
「今の聖女の評判の悪さは王都以外にも広まっているんだな」
呆れるように嘆くようにフィリムさんが口にする。
「あのミスティアとかいう聖女なら仕方がないだろう」
「あの聖女は聖女らしくない」
「わたしもあの聖女よりはアルメ様の方がよほど聖女に見えますわ」
竜の女の子三人もそんなことを言う。やはり私が今の聖女ミスティアに聖女の座を奪われ追放されたことを見抜かれているようで私は仮面の下で冷や汗を流してしまう。
「ダメですよ。三人とも。人の悪口で盛り上がるのは。村の皆様もです」
私は竜の子たちと村の人々に対して諭すように言う。
「今の聖女様がお力を発揮できていないのは事実ですが、何らかの事情あってのことでしょう。それで困っている人が出るのなら私のような者でよければ手助けをします」
私の言葉に再び村の人々は静まり返った。
「……お前はやさしすぎるぞ、アルメ」
感心しているのか呆れているのか分からない声でフィリムさんが私に耳打ちする。私も私から聖女の座を奪い、さらには今は聖女として役目を果たすどころかその権限を逸脱して、貴族たちと結託して王族の権力を削ぎ、アルカコス王国を危機に陥れている現聖女ミスティアに思うことがないと言えば嘘になるが、人の悪口で盛り上がるなんてのはやはりよくないことだ。
そもそも私が奇跡魔法の力を失わなければミスティアが聖女になることはなかった。それを考えれば全ての罪は私にあると言えるかもしれない。
……もしかしたらその奇跡魔法の喪失にもゴルドバーグ公爵やミスティアが絡んでいるかもしれないのだが。
「やはり貴方は救世主様ですね」
老婦人は穏やかな笑みを浮かべて言う。こちらが仮面で素顔を隠しているのが申し訳なくなるくらいの温和な笑顔であった。
「私が救世主の名に足りるだけの者かは分かりません。ですが、できることは全てやります。皆様のために」
「よろしくお願いします。それでは、こちらへどうぞ」
そうして、私たちは老婦人の案内でケープの村で問題が発生している農業地帯へと向かうのだった。
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