第31話お風呂場騒動2
「なんで一人でかけ湯してるの?」
エスちゃんがそう私に問い詰める。それまで争っていたミスラちゃんとリルフちゃんとは直前の争いが嘘のように三人で並んで私に視線を向けている。
いや、あのー、かけ湯は普通、一人でするものだと思うのですが……。これも元・聖女の私の世間知らずなのでしょうか? 世間一般では他の人にかけ湯してもらうのが常識なのでしょうか?
「お姉ちゃんにはわたしがかけ湯したかった」
「そうですね。アルメ様のお肌をお湯が打ち、弾けるところを是非ともこの竜の双眸に刻み込みたかったです」
ミスラちゃんとリルフちゃんがそんなことを言う。
な、なんで残念がっているのか分からないけど、私がかけ湯するところなんて見てもなにもないよ?
「あ、あはは、それより三人共、かけ湯したら? 湯舟に浸かれないよ?」
「むー」
「ぬぅ」
「うーん」
私が桶を差し出して促すが、三人はどうにも納得がいっていない様子。その末に、
「アルメお姉ちゃんがかけ湯して!」
「わたしもアルメにしてほしい」
「そうですね。アルメ様にお願いします」
「え?」
瞳をキラキラ輝かせて私に迫ってくる。子供相手に大人がかけ湯することは、そこまでおかしくはないとは思うが、なんだか目が怖い。そんなに私にかけ湯してほしいのだろうか。
「ま、まぁ、いいけど」
「やった!」
「……よし」
「ありがとうございます、アルメ様」
三人は飛び跳ねる勢いで喜ぶ。というかミスラちゃんは実際にジャンプしていた。お風呂場でジャンプしたりするのは危ないし、全裸の女の子がやる行動ではないのではと思うが、勢いに圧されて注意すらできない私。本当に情けない保護者ですね……。
「えーっと、それじゃあ、ミスラちゃんから……」
私は桶でお湯をすくうとミスラちゃんを見る。ミスラちゃんがこちらに向かってこようとしたが、その体をエスちゃんとリルフちゃんが引っ張って止める。
「まて」
「なんでミスラからなんです? アルメ様」
「え、えええ?」
なんでそんな恐い顔でミスラちゃんを抑え付けるように止めているのか私にはさっぱり分からない。エスちゃんとリルフちゃんは私を見据えてそう問い掛ける。
「離せ! 二人共! お姉ちゃんからかけ湯してもらう一番手はミスラだ!」
二人を振り切って前に出ようとするミスラちゃん。一方、そんなミスラちゃんを力づくで抑え付けるエスちゃんとリルフちゃん。ずったんばったん。……だ、だから、女の子が裸でそう暴れるのはよした方がいいと思うんだけど。好きこのんで女の子の痴態を見たいワケではない。同性とはいえ、思わず目をそむけてしまう。
「ミスラちゃんの次にはエスちゃんでその次はリルフちゃん。ちゃんと三人全員にかけ湯してあげるよ?」
そう言うが、竜の子たちの不満は収まらないようだった。
「二番手……最後よりはいい……でも、わたしも一番手がいい」
「わたしが最後なのはひどくありませんか!? アルメ様!」
ど、どうして、そうなるのだろう……?
「あ、あの、三人とも、私にかけ湯してもらう順番ってそんなに大事……?」
「「「大事」」」
三人が声を揃えて頷く。さっきまで争っていた様子だったのが随分と仲がいいですね……この三人は。
「そ、そう言われても……」
誰からかけ湯をするかなんてことにそこまで意味を見出せない私としては困ってしまう。さっき言った最初にミスラちゃん、次にエスちゃん、最後にリルフちゃんという順番にも深い意味など何もない。
「……では湯舟に入るのはひとまず控えましょう」
そんな中、リルフちゃんが口を開く。
「……? お風呂に来てお湯に浸からないの?」
その真意が読めず私は間抜けな声を出してしまう。
「いえ、これから三人でアルメ様の体を洗います。それが一番上手くできた順にアルメ様にかけ湯をしてもらいましょう」
「おお! それはいいアイディアだな、リルフ!」
「わるくない」
リルフちゃんの言葉にミスラちゃんは喜色満面で頷き、エスちゃんも文句はなさそうだ。
しかし、それは流石に私が恥ずかしい。
「え、ええー? 私、自分の体くらい自分で洗うよ、三人共。厚意は嬉しいけど……」
こんな幼い女の子たちに体を洗わせるのもそうだが、私の体に同性の子とはいえ、他の人の手が直接触れて洗ってもらうというのは羞恥心が刺激される。私ももう15歳。誰かに体を洗ってもらうほどの子供ではない。
「いえ! アルメ様の大きなお胸はわたしが洗わせてもらいます!」
「あんまり大きくないけどね……」
何故か勢い込んで言うリルフちゃんに思わず突っ込んでしまったが、胸なんてデリケートなところはいくら同性の人でも触らせたくないというのが本音だ。
「リルフにしてはいい提案だけど、アルメのおっぱいはわたしが洗う」
「何を言う、エス! それはミスラの役目だ!」
「ま、また揉めるの?」
思わず困惑の声を出してしまうが、それに三人は反応した。
「揉める? お姉ちゃんのおっぱい揉んでいいのか?」
「みりょくてき」
「ああ、アルメ様! わたしたちにそんな栄誉を!」
いや、そんな意味で『モメル』ではない!
というか胸を揉まれるなんて絶対に嫌だ! いくら相手が同性でも!
はしゃいでいる様子の三人。これは、流石に。
「三人共」
「お姉ちゃんのおっぱいの感触楽しみだな」
「ふふ、よだれ、出そう」
「アルメ様、なんてお優し……」
「三人共」
私の声にビクッとして三人が私を見る。私は三人を順番に見て、言い放った。
「いくらお風呂場で浮かれているからって、あんまりおイタをしていると……私、怒るよ?」
自分でも驚くくらい恐い声が出せた、と思った。その声に三人は震えあがる。
「お、お姉ちゃん! ミスラたちは背中を流すくらいだ!」
「それ以上はなにもしない」
「そ、そうですね! アルメ様、早くお体を洗いましょう」
「かけ湯の順番で揉めるのも無しね。特に意味はないでしょう」
私の言葉に今度はコクコク頷く竜の子三人。子供に対しては時には厳しく叱責するのも保護者の役目でしょう。
体を他人に洗ってもらうだけでも恥ずかしいのですが、それに関してはこちらが譲歩することにします。
「それじゃあ、早く体を洗いましょう。湯冷めところか、お湯に浸からず、体が冷めてしまいます」
私はそう言って備え付けの石鹸とタオルに手をかけるのであった。
なんだか、普通にお風呂に入るはずがどうしてこんな妙なことになっているのでしょう?
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