第28話サラマンダーVSデーモン

 そびえ立つ魔物の全長は10メートルはあろうか。

 凶暴。その二文字を体現したような顔と体。

 人間と近い身体構造をしてはいるが、その肌は黒っぽい青に染まっており、所々に人間の体にはありえない突起物が見える。あれに突き刺さっただけで脆弱な人間など死んでしまいそうだ。そして、頭部。大きく開かれた口からは無数の牙が覗き見え、その鋭い瞳は血のように真っ赤だ。頭から二本の角が斜め上を向いて生えていて絵画などに描かれる悪魔のイメージに相違ない。


「あ、悪魔……! デーモン!」


 私は思わず声を上げてしまう。このレベルの魔物は聖女時代に何回か見たことがある。と、言うよりこのレベルの魔物が出た時に討伐のため、聖女の奇跡魔法が必要になってくるのだ。

 しかし、その時は大勢の兵士・騎士が護衛に就いており、私は後方から奇跡魔法を放てば良かっただけだ。今のように前に出る必要はなかった。


「これは思っていたより大物が出たな!」


 フィリムさんはデーモンを見上げながら、挑むように言い放つ。既に無数の魔物を斬り裂いている愛剣を抜き放つ。

 このレベルの魔物を前にしてもひるまないとは。流石は歴戦の戦士だ。


「ちょっと驚いたけど、どうってことはないぞ!」

「いける」

「アルメ様の呼び出した幻獣もいます! 大丈夫です」


 竜の女の子三人も気合いを示す。一番、恐れているのが私だと知れて恥ずかしくなった。


「サラマンダーさん、頼みます!」


 私は私が召喚したサラマンダーさんに声をかける。サラマンダーさんの巨躯が前に出る。デーモンの巨躯と相対し、お互いに唸り声を上げながら、睨み合う。

 一触即発。まさにそんな感じだ。

 先手を取ったのはサラマンダーさんだった。大きな口を開き業炎を吐き出し、攻撃する。人間、いや、並の魔物でも喰らったら一瞬で消し炭になる威力の火炎放射をデーモンは真正面から受け止める。


 ――グガアアアア!


 デーモンの咆哮が響く。直後、二本の鋭い角の間に雷が生じ、それがサラマンダーさんに襲い掛かった。

 サラマンダーさんの体を雷が走り、これには流石のサラマンダーさんも絶叫する。

 サラマンダーさんとデーモンの間に距離が空く。


「ここでサポート、といきたいな!」


 そこにフィリムさんがブーメランを投げ付ける。正確な狙いと凄まじいパワーで投げられたブーメランは空中を回転し、デーモンの横っ面に命中する。ダメージは小さい。しかし、注意を惹くことくらいはできたか。


「わたしたちも行くぞ!」


 ミスラちゃんの言葉を合図に、竜の子三人が駆ける。危険なのでは、と思うがそれぞれデーモンの足元に取り付くと思い思いの攻撃を放ち、デーモンにチクチクと少しずつダメージを与えていく。

 それをうっとうしいとばかりにデーモンの雷撃が竜の子たちにも放たれるが、その時には三人は散開して回避していた。

 なんて俊敏性だ。竜の子は伊達ではないということか。


「サラマンダーさん! 引き続き、頼みます!」


 私にできることと言ったらサラマンダーさんに指示を出すだけだ。

 サラマンダーさんが再びの咆哮を上げて前に出るが、その体をデーモンの巨腕が抑え込もうとする。巨大生物同士の取っ組み合いである。このサイズになると押し合っているだけで地響きが鳴る。揺れる大地に私が動揺しているとその横を縫って、フィリムさんが剣を手に駆ける。


「しっ!」


 フィリムさんの剣が一閃。デーモンの太い足を斬り付ける。浅い切り傷、だろう。あの程度はデーモンにとっては。しかし、サラマンダーさんと互角の押し合いをしている今なら致命的な打撃となる。

 デーモンの力が一瞬、弱まった隙を突き、サラマンダーさんはデーモンを押し倒す。デーモンの呻き声が響く。構わずサラマンダーさんは炎を吐き出した。

 今度こそ、直撃。紅の業炎にデーモンの黒い巨躯が飲み込まれていき、断末魔の叫びと共にデーモンは絶命した。


「はぁっ、はぁっ、やったか……」


 安心したようにフィリムさんがそう言い、剣を鞘に納める。他の竜の女の子三人も集まって来る。


「倒したぞ!」

「これもアルメの力」

「そうですね!」


 三人は嬉しそうに声を上げるが、私の力というのはどうだろう。

 私は何もしていない。フィリムさんやミスラちゃん、エスちゃん、リルフちゃん。サラマンダーさんの力で倒したのは自明の理だ。

 グルル、とサラマンダーさんが唸る。今回の相手は流石のサラマンダーさんといえど少し手傷を負ってしまったようだ。


「サラマンダーさん。ありがとうございました。送還しますのでゆっくり傷を治してくださいね」


 そう言うと私は召喚術で次元の扉を開き、サラマンダーさんを元の次元に送り返した。


「とりあえず……これで依頼は達成だ。これだけ派手にやったし、主の魔物も倒した。この山の魔物たちはしばらく大人しくしているだろう」

「良かった……。人々が襲われることはないんですね」

「しばらくは、な」


 安心しているのはフィリムさんも同じだろうが、フィリムさんは気を引き締めるように呟く。

 魔物たちが再び町や村を襲わない保証など、どこにもない。今の聖女ミスティアに力がなく、魔物を抑えていられない上に国家が人々を守るための兵員の配備に手間取っている以上、こういう依頼は今後も冒険者ギルドに多く来ることになるだろう。


「それに主は蘇る」

「ああ……それは知っています」


 それが魔物たちの厄介なところだ。

 今、倒したデーモンのような魔物の根城の主は倒してもいつの間にか代替えとばかりに別の主が出現して魔物たちの頂点に君臨しているのだ。摩訶不思議な魔物たちのシステムであった。


「だが、今は大丈夫だ。アルメの召喚術がなければ倒せない相手だった」

「そんな謙遜を。フィリムさんなら倒せてますよ」

「いや、流石の私でもあのレベルは無理だな……お前たちならどうかは知らないが」


 そう言ってフィリムさんは竜の女の子三人に視線を向ける。エスちゃんは平然とした顔。リルフちゃんは少し緊張した顔をしていたが、ミスラちゃんは露骨に動揺した顔をしていた。

 ちょ、ちょっと、そこはポーカーフェイス、ポーカーフェイス! なんて仮面で顔を隠している私に言う資格はないか。


「まぁ、山に入っての魔物との連戦。そしてあのデカブツだ。クレール村に戻ってたっぷり食って、たっぷり寝るか」


 そんな男らしいことを言うフィリムさん。


「あー! そういえば!」


 不意にミスラちゃんが声を上げた。


「アルメお姉ちゃん! 一緒にお風呂に入る約束だぞ!」

「そうだったね、アルメ」

「アルメ様! 帰ったら一緒に入りましょう!」


 竜の女の子三人が私を見上げながらそう言う。や、やけに主張が強い。何か二心あるのでは……いや、こんな純粋な三人に限ってそんなことあるはずが。


「え、ええ。約束だものね。当然だわ」

「やったー!」

「ふふ」

「楽しみですね」


 なんだか大喜びする三人。デーモンが倒れた時より喜んでいるような……?


「クレールの村で宿を取ってくれると言っていましたから、そこで」

「そうだな。それがいいだろう」


 私がフィリムさんに確認を取るとフィリムさんも頷く。かと思えばニヤリと私に視線を向けた。


「私も背中を流して欲しいが……今回は三人に譲ろう」

「ど、どういう意味ですか、フィリムさん?」

「いや、別に」


 なんだか企むように笑うフィリムさん。私はなんだか貞操の危機を覚えた。何故かは分からないけど。


「フィ、フィリムさんとはまた今度ご一緒しますよ」

「そうか。楽しみにしている」


 何が楽しみなんだろう……? 同性同士でお風呂に入ることに別に抵抗はないのですが。

 とにかく山に登っての魔物討伐。それが完了したようで一安心であった。

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