第22話依頼に張り切る竜の女の子たち

 私を追放し聖女の座に就いたミスティア。

 彼女が貴族たちと結託しアルカコス王国内で王族の方々の権力基盤を揺るがしているという話は放っておくことができないものであったが、今の自分にその企みを暴くことはできない。

 この身は王城と王都から追放を命じられた身であり、まともに王城に行こうとすれば斬首されても文句を言えない立場なのだ。

 しかし、放っておくワケにもいかないのもたしか。


(プリマシア王女様なら、あるいは……)


 私が聖女の頃、私にとって特に友好的だったプリマシア王女様なら追放中の身である私とも会って話を聞いてくれるかもしれない。そして、今後のことについて相談できるかもしれない。それをするためにはどうすればいいか。


「フィリム、アルメ。それにお嬢ちゃんたち。お話中のところ悪いけど、ボクからも話があるんだ」


 そう言って食堂に現れたのはギルドマスターのイルフィさんであった。


「イ、イルフィさん!」

「ギルドマスター? 依頼ですか?」

「んー、まぁ、似たようなものだね」


 私の周りにいる竜の子三人を指してお嬢ちゃんと言うイルフィさんだが、そう言うイルフィさんも同じくらい幼く見える。

 なんて思いも依頼があるというのなら抑え込んで話を聞かなければならない。


「18代目の聖女の祈りじゃ、魔物の邪悪な意思を抑え込んで人里を襲うのを防ぐことが不可能なのはもう分かっていると思うけど」


 そう前置きしてイルフィさんは話を始める。

 その通りだ。ミスティアが聖女の座に就いているが、彼女の祈りでは何かが足りないのか、魔物たちに人里を襲わせることを抑制することは不可能のようだ。

 となれば王国の騎士団やギルドにも依頼が増えることだろう。

 私が聖女をやっていた頃は魔物が人里を襲うなんてありえなかったから自衛のための魔物退治というものは珍しいことであった。

 人間の方から魔物の側に攻め入ることの方が多かっただろう。目的は魔物の牙や爪、毛皮や肉といった価値のある物を得るためだ。

 元々、ギルドの類は旅の富豪や商人の護衛などと並び、そういうものを目当てにした狩りの依頼がメインであったとフィリムさんから聞いている。

 しかし、魔物たちが人里を襲うようになったと言うのなら。


「クレールの村っていう中規模程度の村があるんだけどね。そこの近くの山々から魔物が下りてきそうな気配があるっていうんだ。聖女の加護はあの有様だし、村が山から下りてきた魔物に襲われないという保証はない。それで村の村長がウチのギルドに先んじて魔物の討伐を依頼してきたんだ」


 山の近くの村となればたしかに魔物の襲撃を警戒しないといけないだろう。森や山は基本的に魔物たちの世界だ。そこからいつ魔物たちが飛び出して来て近くの町や村を襲うか分からない。

 これまでは聖女の祈りで抑えられてきたものだが、今となってはそれはアテにできない。ならば先んじて対処しておくことも必要、か。


「わかりました。アルメ、いいか?」

「私は……」


 人々を救いたい気持ちはある。繰り返すが、私は聖女という立場ではなくなったが心まで聖女でなくなったワケではない。

 一人でも多くの人を不幸から救いたいという気持ちは強い。それは降り掛かる火の粉を払うことも同じことだ。


「それに参加することに異論はありません。クレールの村の人たちを守りたいです。ですが、王城の方も気になります」

「ふむ……」


 私の言葉にフィリムさんは思案顔になる。途中から会話に入ってきたイルフィさんはよく分からないようだ。

 だが、フィリムさんは妙案を思い付いた、と言うように笑みを浮かべた。


「王城の内部が気になるのなら招かれる程度に功績を重ねればいいのではないか?」

「え? 王城に招かれる? 私が?」

「そうだ」


 そんなことは絶対にありえない。私は追放された聖女で……と隠していることを思わず口にしそうになり、視界のすみでイルフィさんがシっと、口元に指を当てるジェスチャーを見て喉元まで出かかった言葉を飲み込む。イルフィさんは話の流れを知らないだろうが、その一を聞いて十を知る洞察力である程度は察したのだろう。


「既にアルメは王都のヒーローかもしれないが、そうやって仮面の召喚士として名を挙げていけばいずれ王城の方からお呼びがかかるかもしれない。そうすれば王城の様子も探れるだろう」

「そう、かもしれませんが……」


 フィリムさんは事情を知らないが、それは危険過ぎる。私は王城を追放された聖女なのだ。仮面を付けた謎の召喚士アルメとして王城に行っても正体がバレたらやはり斬首ものだ。


(……ですがプリマシア王女様なら)


 しかし、そこで再び自分と親しくしてくれた王女様の顔を思い出す。

 彼女だけに会って正体を明かし、王城の内情を聞くことは可能かもしれない。それが今の魔物の脅威を聖女が抑えられなくなっている問題の解決に繋がるかもしれない。

 ……そのためにはギルドで依頼をこなし、新聞の見出しなどではないが、ヒーローになることが必要、か。


「分かりました。その方針で行きましょう」

「決まりだな。それじゃあ、ギルドマスター。私たちは準備ができたらすぐに出発します」

「うん。頼むよ。お嬢ちゃんたちも付いていくのかな?」


 私とフィリムさんの意思をたしかめたイルフィさんは竜の女の子三人の方を見る。


「勿論だ!」

「いく」

「アルメ様だけを行かせるワケにはいきません」


 やはり付いて来るつもりのようだ。年端もいかない少女に見えるが、三人は竜だ。危険なこともある程度は大丈夫だろうが……。


「人目のないところならわたしの力もアルメお姉ちゃんに見せられるだろうし!」


 さらにミスラちゃんは自信満々にそう言い放つ。前々からそれをしたくて仕方がなかったという様子だ。

 ミスラちゃんの力って……竜としての力ってことよね? たしかにまだ彼女らの力は見たことがないし、一度、どれくらいのものか見てみたい気持ちはあるけれど。


「ほう。ミスラにはそんな力があるのか」

「うん!」


 案の定、フィリムさんの関心を惹いてしまったようで声をかけられる。ミスラちゃんは元気に頷くがあまり元気に頷かれても困るのだが。


「悪くはないかも」

「アルメ様に世話になりっぱなしですしね」


 他の二人の竜の子も乗り気だ。

 人気がない所と言ってもフィリムさんは一緒なワケだが、フィリムさんなら大丈夫だろうか?


「ふぅん」


 イルフィさんも意味深な目で竜の子たち三人を見る。


「まぁ、それなら行かせて問題はないね」

「そうですね、ギルドマスター。私たちが魔物の脅威を排除しましょう」

「お願いするよ、フィリム」


 イルフィさんから全幅の信頼を受けているフィリムさんはイルフィさんの言葉に頷く。私たちとしてもフィリムさんについていけば問題はないだろう。


「それじゃあ朝食を食べて準備が終わったら出発するか。そう長旅にはならないと思うが、万全の態勢で行こう」

「はい、勿論です」


 フィリムさんの言葉に私は頷いた。

 どんな案件であれ、手を抜いて挑むなど論外。それくらい聖女であって世間知らずの私でも分かる。全身全霊を尽くしてこの依頼を完遂することを目指そう。


「ふふふ、楽しみだな~」

「ミスラ、あまり調子に乗らないでね」

「エスだって楽しみにしている癖に」

「そんなことない」

「もう二人共。アルメ様にご迷惑をかけたら承知しませんよ」


 竜の女の子三人が何やら張り切っているのが頼もしいような不安なような。

 そんな気持ちを覚えつつ、私はギルドの依頼に向けてとりあえず朝食を摂ることで英気を養おうとするのでした。

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