第23話竜の力、聖女の力、仮面の救世主


「わ~い! 旅だ! たっびっだぁ~!」


 竜の女の子三人のうち一人、一番活発なミスラちゃんがイメージ通りに楽しげで嬉しそうな声をあげる。

 今はまさに依頼にあったクレールの村に向かう途中の平原である。

 王都を出て少し歩いたところでまだクレールの村の近くにあるという山々の山肌が地質から窺い知れることはない。

 ちなみに私は聖女のお披露目会の時に付けていた仮面を再び付けている。仮面のヒーローとして有名になってしまった以上、これから先は何をするにも仮面を付けておいた方が何かと都合がいいだろうというイルフィさんとフィリムさんの判断だ。

 実際、先代聖女の私の顔は分かる人には分かるので顔を隠すのは今更過ぎるが、妥当だと私自身も思う。


「はぁ、全くミスラは」

「困ったものですね。アルメ様にもご迷惑をかけて」

「あ、あはは。私はまだ迷惑はかけられてないから大丈夫だよリルラちゃん」


 仲間の竜の子のはしゃいだ姿に呆れた様子のエスちゃんとリルラちゃん。迷惑はかけられていないが、まだ旅と言える程の距離を歩いたワケでもなく、クレールの村も旅と言える程、王都から離れているということはないのであるが。


「ふ、子供が元気なのはいいことだ。私の弟のことを思い出すよ」


 そんなミスラちゃんを眩しげに見つつ、フィリムさんが笑う。


「フィリムさんって弟さんがいらっしゃるんですか?」

「ああ、まぁな」


 それは初めて聞く話だ。思わず確認してしまった私にフィリムさんは少しさびしげに笑って頷く。


「今のミスラを見ていると昔の弟のようで……」


 昔はともかく今は仲が良くないのかもしれない、となんとなく察した。これでも仮にも聖女だった身だ。そのあたりは表情や言葉のニュアンスで分かると言うか。

 と、そんなのん気なことを言っている場合ではなかった。


「マズいぞアルメ!」

「え?」


 フィリムさんは既に腰にベルトで止めた鞘から剣を抜き放ち駆け出している。何事かと思って見ればミスラちゃんの周りに狼型の魔物が数匹群がってミスラちゃんを襲っている。

 いつの間に! この見晴らしのいい平原で!? 気配を殺して獲物が来るのを待ち構えていたというのか。


「くそっ、ミスラから離れろ!」


 フィリムさんが慌てた様子でブーメランを投擲する。それは狼の一匹に見事に命中して、その首の骨をへし折ったのか、狼が倒れて動かなくなる。

 私も何かしないと! と思う私であるが、召喚術を使うには時間がかかる。私の召喚術で呼ばれる幻獣さんたちは強力無比で魔物などには全く後れを取らないが、瞬時に呼び出すというワケにはいかない。

 今はフィリムさんに頼るしかない状況だ。私が竜の女の子たちの保護者を気取っていたのに、なんて不甲斐ない、と私は自分を責める。


「大丈夫。アルメ」


 そんな私の心を読み取ったかのようにエスちゃんがポツリと呟く。


「ミスラなら心配はいりません」


 リルフちゃんもそれに続く。心配いらないということはないでしょう、と私は再びミスラちゃんの方を見るが。


「お前たち、ミスラと遊びたいのか?」


 襲い掛かって来た狼の突撃を軽快にミスラちゃんは体を動かし回避していた。さらにそのまま反撃とばかりに回し蹴りを繰り出し、狼を跳ね飛ばす。

 もう一匹の突撃に至っては正面から受け止めて、突き立てられる牙と爪を素肌で受け止めてそのまま狼を掴んで放り投げてしまった。


「ミスラ!?」


 フィリムさんが驚きの声を漏らす。私も驚いていた。


「ああ見えて竜ですから」


 フィリムさんに聞こえないようにリルフちゃんが私に耳打ちする。

 そうだった。この子たちは竜の子。年端もいかない女の子に見えて実際には絶大な力を秘めた最強種、竜の一族なのだ。


「で、でも最初に会った時には男の人たち相手に……」


 私は困惑の声を漏らす。

 竜の女の子たちとの出会いを思い出す。悪漢たちに言い寄られた彼女たちは私の助けがなければどうなっていたか分からない。そんな危機的状況だったはずだ。


「あの時は何故か力が出せなかった。何故かは分からない。わたしは聖女の力のせいだと思っているけど」

「聖女の力……」


 エスちゃんの言葉にハッとする。そういえば彼女らと初めて会ったのは私が聖女を解任され追放されたすぐ後だ。そして、今はそれから時間が経っている。


「でも、あのミスティアとかいう聖女。あの聖女にそんな力があるとは思えない」

「そうですよね。あの聖女に私たちの力を抑える力があるとは思えないのですが……実際に今はミスラの力を抑えれていないようですし……」


 エスちゃんとリルフちゃんは不思議そうに話す。

 まさかとは思うが、私が聖女であった時の加護が王都を覆っていたから竜の女の子たちの力を抑制していたというのか。

 竜は神聖な生き物だが、それでも魔物に分類される。それなら聖女の力で抑え込まれるのは理に適っている。

 普段は王都になど来れないが、今は何故か来れたとも言っていた。それは私が聖女から解任されたからで、私が聖女から解任され王都を覆う聖女の力が微妙な力加減で残っていた。魔物の侵入を拒むまではできずとも、力を抑える程度には。

 そう考えてしまうのは自分の聖女の力が王都を始めとするアルカコス王国の町や村を守っていたと思いたい私の思い込みだろうか? 今の聖女、ミスティアと違って魔物たちの力を抑える力が自分にはあったと思いたいくだらないプライドに過ぎないのだろうか?

 そんなことを考えている内にミスラちゃんを襲った狼たちは全て退治されたようだ。


「ふむ……ミスラ、やるな」

「フィリムのお姉ちゃんも相変わらずだな。スパッと狼の首が斬れたぞ」


 ミスラちゃんとフィリムさんが笑い合っている。フィリムさんの剣には狼型の魔物の青い血が付着しており、それを布でフィリムさんは拭っている。

 剣にいつまでも斬った相手の血を付けていると金属の腐食の元で、すぐに剣がダメになってしまう。腕のいい戦士は自らの武器の手入れも一人前。これらはフィリムさんから聞いたことだ。

 が、対するミスラちゃんはと言うと……。


「もうミスラちゃん。服がひどいことになっているじゃない」

「ん? そうか? アルメお姉ちゃん」

「そうよ。ところどころ破れて……恥ずかしくないの?」

「ミスラは別に恥ずかしくないな!」


 笑顔で言い切られる。最初にあった時はもっとボロボロの服を着ていたんでしたっけ。エスちゃんに至っては裸でしたし。

 女の子とはいえ、竜の子。人間と違って羞恥心はあまりないのかもしれませんが……。


「そんな格好では依頼主の方々からも不安がられるわ。これを羽織っておいて」


 私は自分のコートをミスラちゃんに羽織らせる。とりあえずこれでなんとか誤魔化せないこともないだろう。


「ありがとう! アルメお姉ちゃん! アルメお姉ちゃんの臭いがする!」

「なっ! 私の臭いなんて……」


 流石に自分の臭いを嫌な臭いだ、などとは謙遜でも言えない。私も女の子だ。かといって、いい臭いがすると断言できるほど体のお手入れに普段から気合いを入れているワケでもない。


「汗臭い私よりはいい臭いだろう。多分」

「もう、フィリムさんもそんなことを言って!」


 話が面白そうだと思ったのか、話題に乗っからなくてもいいのに乗っかってきたフィリムさんがイタズラっぽく笑う。


「あはは。フィリムのお姉ちゃんも汗臭いなんてことはないから安心して!」


 ミスラちゃんは笑う。


「ふ、まるで嗅いだことがあるかのような言い方だが、犬とかじゃあるまいし、こっちの臭いなど分かるまい」

「そ、そうですよね……」


 苦笑するフィリムさんに私も苦笑で応えるが内心はヒヤヒヤだった。

 おそらく竜の女の子三人の鼻なら犬にも負けないレベルで相手の臭いを嗅ぎ取ることができるのだろう。ミスラちゃんはフィリムさんの臭いを知っているに違いない。

 そんなこともありながらクレールの村を目指す私たちである。

 クレールの村までそれ以降、魔物の襲撃はなかったが、翌日、村についた途端、こちらが仰天させられることになった。


「おお! 仮面の救世主様がお越しになられたぞ!」


 村人一同がそう言って、私に頭を下げたのだから。

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