第21話翌日の朝刊でのヒーロー扱い
「バッチリ載っていますね……」
翌朝。ギルド『ドラゴンファング』の食堂で今日の朝刊を目にした私は嬉しいやら驚くやら嘆くやらなんとも言えない気持ちで新聞の紙面を見つめた。
仮面の救世主! 王都の危機を救う! ……の見出しがデカデカとプリントされ、いつの間に撮られたのか魔術式カメラで撮影された私の姿が新聞の一面を飾っている。
こんなこと聖女時代にもなかった。聖女の神聖なる姿をカメラに収めるなど無礼千万ということで聖女の姿をカメラに映すことは禁じられていたからだ。
それ故に聖女の顔を知っている者も少なく、今、私がこうして『ドラゴンファング』にいられるのですが。
「恥ずかしいです……」
隙を見て撮った写真だ。真正面から私を捉えているワケでもなく、その顔も仮面を付けているとあっては胸の膨らみやスカートがなければ男か女かも分からない程の画質の写真であったが、それでも自分の姿が堂々と新聞の一面を飾っているのは羞恥心を刺激される。
「わー! いいじゃない! いいじゃない!」
「ふむ」
「アルメ様のお姿ですね。でも、写りがよくありませんね」
よくなくていいんです、リルフちゃん。
竜の子三人は新聞を広げて椅子に座っている私の体に自分たちの小さな体を接触させながら、体ごと覗き込む形で新聞を見る。
やわらかい女の子の感触を感じる。これで正体が竜なんて、疑うワケではありませんが、信じられないことです。
「ははは、これは痛快だな! こっちの記事を見てみろ!」
「ってフィリムさん!」
そう思っているといつの間にか隣の席に座っていたフィリムさんが豪快な笑い声を上げた。その手には私の手にあるのと同じ朝刊が。
「第18代目聖女、就任早々の汚点、だとさ」
「ああ……」
新聞を読んでも召喚術を使って王都を守った私を称える声と同じくらい新たな聖女へのバッシングの声も取り上げられていた。
ミスティアには申し訳ないけれど、自分がいるから安心と言っている最中に魔物が襲って来たのだからこう言われても仕方がないだろう。
ミスティアは何か派手なパフォーマンスをして、人心を得ようとしたようですが、とんだ藪蛇になってしまったようです。
「しかし、笑ってばかりもいられないな」
ひとしきり笑い終わると、それまでの表情が嘘のようにキリっと表情を引き締めてフィリムさんが言う。
私も思わず姿勢を正して聞こうとして、体にまとわりついている竜の女の子三人を振り払うことになることに気付き、無礼ですが、そのままの体勢でフィリムさんの言葉を聞くことにする。
「これで今の聖女に魔物から町を守る力がないのはハッキリした。薄々は分かっていたがな」
「あの聖女は先代の聖女が偽の聖女でそれゆえに魔物の襲撃があったと言っていましたが……」
白々しいことを私は言う。その先代の聖女が私だ。私が聖女であった時期には魔物の襲撃はなかった。それがミスティアに聖女が代替わりした途端に魔物の襲撃が発生し出したのだ。私はそれを知っているが、何も知らないふりをした。
「あれもどこまで信用していいものか。むしろ逆なんじゃないのか。あの聖女に変わったから魔物が襲ってくるようになった。そう考えた方がしっくりくる」
「何故ですか?」
「簡単さ」
フィリムさんはそう言うと新聞を丸めてテーブルの脇に置き、コーヒーカップを手に取る。
「先代……第17代目聖女アルメティニスが聖女になったのはだいぶ前だ。それから最近まで魔物の襲撃なんてものはなかった。それがいきなり魔物の襲撃が起こり、18代目聖女が現れて聖女が代替わりしたなんていうんだ。18代目の聖女になったせいで魔物が襲ってくるようになったと考える方が筋が通っている」
「それもそうですね……」
まさしくフィリムさんの言う通りの事実があるのだが、得心したふりをして私は頷く。
「つまり今の聖女はへっぽこなのか?」
「使えないわね」
「その先代の聖女はどこへ行かれてしまったのでしょうかね。帰ってきてはくれないのでしょうか。そちらの聖女の方が頼れそうです」
ミスラちゃん、エスちゃん、リルフちゃんちゃんがフィリムさんの話を聞いて感想を言う。
先代の聖女は、まぁ、目の前、いえ、この体勢だと目の上にいるのですが、帰るに帰れない事情があります。
召喚術という奇跡魔法に匹敵する絶大な力を得た私ですが、聖女の資格はあくまで奇跡魔法。それがない限り私が再び聖女になることはできませんし、国王陛下から出された王城と王都からの追放命令は未だ撤廃されていません。
本来ならこうして今も王都にいることも国王陛下の命に背いていることになるのですが、今はそこはあまり考えないことにしましょう。
「偽りの聖女とあの聖女は先代聖女のことを指して言っていたが、王城内で何かあったのかもな」
フィリムさんはそんなことを言い、コーヒーをすすった。
そこから先は私も分からない点だ。何故、私が奇跡魔法を使えなくなったのか。そして、タイミング良く現れたミスティア。彼女が奇跡魔法を使えるようになっている理由。様々な偶然とは思えない要因が重なって私は聖女を追放され、今、ミスティアが聖女になっている。
憶測は邪推になり、考え出せばキリがない。
「けんりょくとうそう?」
エスちゃんが拙い発音でそんなことを言う。権力闘争、ですか。私が知り得る限りでは私が王城を去るまでの王城にはそのようなことが表立ってあった様子はないのですが。
「その可能性もあるな」
フィリムさんは肯定するが、王城の内情を多少以上は知っている私としては異議を唱えてしまう。
「ですが、そのようなことがあれば一般にも噂話くらい流れて来るのでは? 聞いたこともありませんよ、貴族の権力争いなんて」
自分の正体を隠しながらの私の反論をフィリムさんは冷静に否定する。
「何も表立って貴族たちが対立しているだけが権力闘争じゃない。歴代の聖女は大なり小なり貴族たちとつながりを持っていたという話だ。そして先代の聖女アルメティニスは歴代の聖女でも貴族とのつながりの薄い聖女だと言われていた」
「でしたらそれを不満に思った貴族たちがその先代聖女を追い出したということですか?」
「賢いな、リルフは。その可能性も充分考えられる」
私の目の前で交わされる私に関する会話に私は驚嘆の思いを顔に出さないようにするのに苦労した。
そういえば確かに私が奇跡魔法を失った後の処遇をどうするか、その時のゴルドバーグ公爵の様子は少し変だった記憶がある。
まさか、アルカコス王国でも最大の力を持つ貴族のゴルドバーグ公爵がミスティアと結託してさらなる権力獲得のために動いた?
そんな考えが脳裏をよぎる。
「それにアルメの言う通り、いかに王城内のことでも噂はこちらにも流れて来るものだ。今、ホットな噂があるぞ」
フィリムさんがニヤリと笑って告げた言葉は私の注意を惹くのに充分なものだった。「それは?」と思わず訊ねてしまう。
「聖女が貴族たちと結託して王族の権力を削ぎにかかっているという噂だ。昨日のお披露目会より前から少しずつ言われていたことだ。やっているのは先代の聖女ではなく、今の聖女、あのミスティアという聖女だな」
「そんな! 聖女が王族の方々の権力を奪いにかかるなんて!」
ミスティアはそんなことに加担していると言うのか? とても信じられない。そんな無礼多いこと……。聖女であった私に親しくしてくれたプリマシア王女様のお顔を思い出し、私は悲痛な思いを抱く。
今、一体、アルカコスの王城内で何が起こっているのか。それを知りたい、と私は急く思いにかられる。
それを知ることが魔物がアルカコス王国を襲ってくるようになった原因を突き止めることにつながるかもしれないと、こう言うのは何だが、聖女の直感で思った。
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