第17話追い詰められる現・聖女※
忌々しい、と私は思う。
また、王都への魔物の襲撃があったというのだ。
この私ミスティアがあの偽・聖女アルメティニスを追放して、聖女の座に就いてからというもののこれで三回目だ。
聖女の祈りの加護を受けているアルカコス王国では魔物が人里を襲うことなどありえない。
特に聖女自身が身を置いているこの王都に至っては一回あるだけで天地がひっくり返るような出来事なのだ。それが三回目。
それも一回目から二回目、二回目から三回目。その間はほとんど空いていない。
これはどういうことなのか。
私は聖女だ。
神への祈りを捧げている。
だというのに、何故、魔物が襲ってくる? 神の加護はない? 何故? 何故なのだ……。
「聖女様!」
そこに侍女の一人が呼び掛けてくる。思わず不機嫌面で睨み付けてしまった。侍女は萎縮した様子を見せるがすぐに気を取り直して口を開く。
「国王陛下がお呼びです」
「……? なんですって?」
思わず聞き返してしまう。国王陛下がわざわざ私を呼んでいる?
あまりよくない予感を覚えて、私はさらに顔をしかめる。「そ、それでは、お伝えしましたので……」と言って逃げるように侍女は部屋から出て行った。
く、忌々しい……!
国王陛下からのお呼び出し。おそらくは連続する魔物の襲撃に関することだろう。私はそれに対してどう言い繕えばいいのだ?
いや、言い繕うなんて表現もおかしい。私は聖女として役目を立派に果たしているのだ。だから、おかしくなったのはこちら側ではなく、あちら側。ひょっとしたら魔王が復活でもして、魔物たちの行動が活発になっているのかもしれない。
「ゴルドバーグ公爵は一緒にいてくれるのかしら? 彼がいてくれると安心なんだけど……」
私と共にあの偽・聖女アルメティニスを追放し、私の聖女就任に一役買ってくれたゴルドバーグ公爵。彼が同じ場にいれば私の擁護を期待できるものなのだが、果たして。
聖女の塔を出て王城の方に向かう。その途中で王女のプリマシアと遭遇した。
嫌な気分になる。この王女は自分に対してあまり良い感情を抱いていない。それを以前のやり取りで分かっているからだ。
「これはプリマシア王女」
挨拶をしたつもりなのだが、どこか怒っているような顔でプリマシア王女は私を見る。まだ幼さを残した顔たちだが、それはしっかりと感じ取れた。嫌な感じね……。
「聖女ミスティア。貴方は何をやっているのです? 魔物の襲撃もこれで三度目ですよ」
「そ、そのことを私に仰られましても……」
「前の聖女様、アルメティニス様の時もその前の聖女様の時も魔物の襲撃など一切なかったことです」
く……この王女。たしかにその通りではあるのだが。先代聖女と先々代の聖女の時は魔物が人里を襲うなどなかった。
「それは……おそらくこちらの問題ではありません。魔物の方に行動が変化する何かがあったのでは?」
「そうでしょうか……?」
「そうに決まっております。この聖女ミスティアに不足などあるはずがありません。それでは失礼」
非難するような王女の視線から逃げるように私はわきを通り、謁見の間まで行く。
全く。あの王女め。偽・聖女にして下賤の女、アルメティニスと少しばかり親しかったというのはゴルドバーグ公爵から聞いているが、アルメティニスを聖女に戻そうという考えでもあるのだろうか。
そんなことを考えているようなら、潰れてもらわなければならない。
「聖女ミスティア。ただいま参りました」
「来たか。聖女」
謁見の間の玉座に堂々と腰かける国王陛下を見上げて、私は一礼する。貴族の礼法だ。これはあの下賤の女、アルメティニスなどにはできなかったに違いない。
「報告は聞いているな? この数日で既に魔物の王都襲撃が三回。これはどういうことだ?」
く、この王も、王女と同じことを私に訊くのか。どういうこともこういうこともない。
「私にも分かりかねます。魔物の生態に何か変化があったとしか……」
「ふむ。では貴女に問題があったワケではない、と?」
「国王陛下ともあろう方が何を仰いますのか……私に問題などあるはずがないではありませんか」
何を疑ってかかっているのだ。この老いぼれめ。この私以上に聖女に相応しい者など存在しない。私の聖女としての力に問題などあるはずがない。
「その割にゴルドバーグを通じて、貴族たちと交流を結ぶことに熱心のようではあるがな」
国王陛下の言葉にドキリとさせられる。
ここ数日。私はゴルドバーグ公爵を介して、王国内の有力貴族たちと友好関係を結ぶことに専念していた。
それも見抜かれている? さすがに一歩後ろに下がってしまう。
いや、別に知られて悪いことではないはずだ。歴代の聖女は大なり小なり貴族たちとも関係を結び、お互いに支え合ってきたのだから。
「……それが、何か?」
「いや、少しばかり目に付くものでな。確かめただけだ」
「…………」
年老いてもなお、衰えない鋭い双眸が私の体を射抜く。私という人間を推し測っているようなそんな視線だ。
「私は聖女です。必要以上に貴族の方々と親しくなる気はありません」
「そうは思えんが?」
「いえ。聖女として責務を滞りなくこなすために必要な程度の関係を築いているだけです」
く、この老いぼれが……。何を勘繰る。確かに、私はこの王国内で権力基盤を固めるために貴族たちと交流を結んでいる。それは事実だ。
ああ、もう。なんでゴルドバーグ公爵がここにいないのよ。公爵がいれば私の擁護もしてくれるだろうに。
そんな私の考えを見抜いたように。
「それとゴルドバーグにも少し話を聞いておる」
「え!?」
動揺した声を上げるのを堪えられなかった。ゴルドバーグ公爵に話を……? 一体何を?
いや、落ち着け。落ち着きなさいミスティア。別に聞かれて困るようなことはしていないわ。
「最近の貴女とゴルドバーグの動きはどこか怪しい。余の勘がそう告げておる」
「は、はぁ……」
勘? この老いぼれが何を言うのか。
勘なんかで政(まつりごと)をやられてはたまらない。やはり、この王国の実権は私とゴルドバーグ公爵の一派が握る必要がある。
そのためには……。
(邪魔、ね。この老王は……!)
黒い炎が胸の中で燃え上がる。この王は邪魔な存在だ。それをハッキリと認識する。
「とにかく、これ以上、魔物の襲撃が続くようでは余としても考えなければならん。民の間にも不安が広がっているようだしな」
「で、ですからそれは私のあずかり知らぬこと……」
「現時点では騎士団で対処できているし、それにギルドに召喚術の使い手が現れたようだ」
「召喚術!?」
今は自分のことも忘れてその言葉に驚愕してしまった。
召喚術ですって!? そんなの数百年前に失われた幻の中の幻の力じゃない。
魔物などとは比べ物にならない力を誇る幻獣を呼び出してその力を借りるという。
そんな凄い力の使い手がいきなり現れた? そんなこと、あるはずがない。
「召喚術などと……どうせ根も葉もない噂に決まっております」
「だが、我が軍の兵たちはペガサスを見たとの報告がある」
「ペ……ペガサスですって?」
そんなもの本当に子供向け絵本に描かれるようなおとぎ話の幻だ。現存するはずがない。
「こ、国王陛下もまたお戯れがお好きなようで……」
私はそう苦し紛れに返すしかなかった。
本当に召喚術なんてものが使える人間が現れたというのなら今の私の地位に関わる。
召喚術は聖女の奇跡魔法と同じかそれ以上に稀少な力なのだから。
危機感を覚えつつもなんとかその場はやり過ごした私であったが、マズい、という焦燥感だけは胸の中で募って溢れてくる。
こうなれば一般大衆どもに私の力を、真なる聖女の力を見せるしかない。
そう決心し、そのための段取りをゴルドバーグ公爵と共に計画しようとした。
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