第18話第18代目聖女のお披露目会

 私がギルド『ドラゴン・ファング』に所属してからしばらくが経った。

 幸いにしてこのギルドはギルドの所属メンバーには衣食住を保証してくれるようで王城から追放された時は一文無しだった私でも日々を暮らしていく事はできる。

 といっても流石に一人一人、個室というワケにはいかず、私はミスラちゃんとエスちゃんとリルフちゃんと四人部屋を使っているのだが。


「アルメお姉ちゃん、お腹が空いたわ」

「それじゃあ、朝ごはんを食べに行きましょうか。エスちゃんは?」

「わたしも」

「わたしもです」


 どうやら三人ともも空腹のようだったので今日の朝食を食べに行くことにする。フィリムさんと会えればいいな、と考えていたのだが、その望みは食堂への道中で叶った。


「あ、フィリムさん。おはようございます」

「アルメか。おはよう。ここでの生活には慣れたか?」

「ええ。おかげさまで」


 先輩ギルド冒険者にして熟練の女戦士フィリムさんに挨拶をする。そして、気になっていたことを訊ねることにした。


「私たち、あれから依頼の一つもこなしてませんけど、いいんでしょうか?」

「そのことか。お前の召喚術の力は強力だからな。ギルドマスターとしてもここぞという場面で使いたいようだ」


 たしかに私が何故か使える召喚術の力は強力無比だ。

 呼び出される幻獣、グリフォン、サラマンダー、ペガサス、ボール・ライトニング……。それらの力はそこいらの魔物が百匹いようと一方的に蹴散らせるだけの力を秘めている。

 その力の使いどころを間違えるワケにはいかないというのは戦いに疎い私でも分かることだが、温存しっぱなしというのもどうだろう。私としてもただ飯食らいになっているのは居心地が悪い。


「既に噂は広まっている。『ドラゴン・ファング』には召喚術の使い手がいる、とな」

「ええっ!? それってマズいんじゃないですか?」

「ギルドマスターは上手く利用するつもりのようだ」


 ギルドマスター……イルフィさんの顔を思い浮かべる。私やプリマシア王女よりも幼く、ミスラちゃんたちと同年代に見える外見だが、ああ見えて年齢はかなり重ねているようだ。

 悪い言うようでなんだが、老獪なる知恵というモノは持っているだろう。ならば、私の召喚術の力の扱いも上手くやってくれるかもしれない。

 少なくとも私自身が無用に力を振るうよりは安心できる。

 朝食時の食堂はギルドのメンバーたちで賑わっていた。

 聖女として精進料理ばかり食べていた身にはここで振る舞われる肉中心の料理には未だ戸惑いがあるのだが、私のような例外はいれど基本的には体を張ってやらなければ務まらない仕事。強靭な肉体を作るためには肉中心のメニューになるのは無理のない話だろう。


「うんうん! ウマいウマい!」


 ミスラちゃんなどは小柄な体に似合わず、食事を大量にたいらげていく。そこら辺はやはり竜の一族かと思うが、同じ竜の少女のエスちゃんやリルフちゃんはそこまででもないので性格かもしれない。

 私も食事を進める。同席したフィリムさんも豪快に肉をほおばっていく。

 もう聖女ではないのだから慣れないといけないとは思いつつも聖女として叩き込まれたテーブルマナーの習慣は簡単には抜けてくれない。


「おおい! 大変だー!」


 そう思っているとギルドの冒険者の一人が食堂に駆けこんできた。


「どうした?」

「ああ、姐さん。なんでも第18代目聖女様のお披露目会をやるって話ですぜい」

「第18代目聖女……聖女が代替わりしたとの噂は本当だったか」


 フィリムさんとその人のやり取りにドキリとする。第17代目聖女の私は奇跡魔法を失い無理やり聖女の座を奪われた。そして、その後釜に座ったのが私を下賤の女と見下していたミスティアだ。


「お披露目会ねぇ」

「噂では最近の魔物の王都への襲来は聖女が変わったせいだって言うじゃないか」

「その18代目の聖女は信用できるのか?」


 他の冒険者たちがミスティアに対して辛辣な意見を述べる。

 私から聖女がミスティアに変わったことはおそらく今回のお披露目会までは公には発表されていないことのはずだが、どこからか噂は広まっていたのだろう。


「聖女がいれば魔物は襲ってこないの?」


 ミスラちゃんが無邪気な顔でそう口にする。本当にふと疑問に思っただけなのだろう。

 その口元にお肉の食べかすが付いているのを見て、私はさりげにナプキンでそれをぬぐい取ってあげる。


「少なくとも第17代目の聖女アルメティニス様の時まではそうだったな」

「今はそうではないのね」


 含んだフィリムさんの言葉にエスちゃんが鋭い言葉を返す。

 その通りの事態になっている。私が聖女を追放され、ミスティアが聖女になってから少なくともこの王都は三度の魔物の襲撃を受けている。

 こんなこと私が聖女だった頃や私の先代の聖女様の頃にはなかったことだ。


「このアルカコス王国が国土の広さの割に魔物の襲撃による被害がほとんどないのはひとえに聖女の祈りによる加護のおかげだ。いや、だった」


 フィリムさんがコーヒーを口に含みながら、語り出す。


「ところがここ数日で既に三度も、しかも、もっとも聖女の力が大きいはずの王都が魔物の襲撃に遭っている。それもアルメの召喚術の力がなければ危なかったところだ」

「いえ、私の力なんて……」

「アルメお姉ちゃんの召喚術は兵士百人以上の力だからね!」


 謙遜する私をミスラちゃんが称える。

 たしかに私が呼び出した幻獣の力は普通の兵士百人以上の力くらいはあると思うが、それは幻獣の力であって、私の力とは言い難いと自分では思う。


「今の聖女が信頼に値するかどうか。そのお披露目会。見に行く価値はあるかもな」


 飲み終えたコーヒーカップを置き、フィリムさんが不敵な笑みを浮かべる。

 聖女の素質がどの程度か、試してやろう。そんな思いが感じられた。


「わ、私は遠慮しようかと思います……」

「何故だ、アルメ」

「アルメ?」


 そこで発した私の言葉にフィリムさんとエスちゃんが疑問の眼差しを向ける。

 隠しているが、私は話題になっている先代の聖女。第17代目聖女アルメティニスだ。

 第18代目聖女ミスティアのお披露目会とあれば、ミスティアの周りには王城の貴族たちなど聖女と関りを持った人間が集まるだろう。そこに素顔を晒してのこのこ出ていくのはマズいと思う。

 一応、私はこの王都からも追放を命じられている身なのだ。


「問題ないよ、アルメ」


 そんなことを思っていると不意に声。


「ギ、ギルドマスターさん!?」

「ギルドマスター!?」


 振り返ればギルドマスターのイルフィさんが幼い風貌を笑みに変えて立っていた。いつの間に……。素人の私であるが気配は全く感じなかった。

 戦いのベテランのフィリムさんも驚いているところを見るとイルフィさんの気配を察知できなかったのは私が素人だからというワケではないようだ。


「これを付けていきなよ」


 そう言ってイルフィさんが差し出したのは……仮面だった。

 重鎧の兵士が纏うフルフェイスマスク、とまではいかずとも目元は完全に隠せるデザインになっている。覗き穴は見当たらず、こんなものを私が付けると前が見えないのでは、と思ったが。


「あれ? 見える?」


 試しにそれを装着してみると不思議なことに仮面越しに前方の風景が見えた。これは……。


「ちょっとした魔法で加工した仮面だからね。後は髪型をちょっと変えていけばアルメの心配は無用の心配になると思うよ」

「ギルドマスター? アルメの心配とは?」


 この中で私が先代の追放された聖女アルメティニスだと知っているのはイルフィさんだけだ。フィリムさんも、ミスラちゃんもエスちゃんもリルフちゃんも不思議そうにイルフィさんを見るが、イルフィさんは笑って誤魔化す。


「ま、見せてもらおうじゃないの。新しい聖女様の力をね」


 いたずらっぽくイルフィさんはそう微笑むのだった。



 第18代目聖女のお披露目会。

 その場に立って、私、ミスティアの心は晴れやかだった。


「ふふふ……愚鈍な民衆どもに私の力を見せつけてあげますわ。そうすれば聖女の力不足で魔物が町を襲っているなどと言う者たちもいなくなるでしょう」


 グズで愚かな下賤の民どもは聖女の奇跡の力を少し見せてやればすぐにひれ伏すことであろう。

 あのアルメティニスでもできていたことなのだ。全てにおいてアルメティニスの上を行く私にできないはずはない。

 ああ、楽しみだ。

 できるだけ大勢の人間が集まればいい。

 そこでは私への、真の聖女への賛美の言葉と視線で溢れかえることだろう。

 そうすれば今頃、どこかで野垂れ死んでいるであろうアルメティニスも草葉の陰で悔しがることだろう。

 本当に楽しみだ。世間が私の力を認める時が、すぐそばに迫っているというのは……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る