第15話聖女みたいな……


「おはようございます、フィリムさん」


 翌朝。ギルド内の宿泊施設で一晩を明かした私はフィリムさんと出会い、挨拶をした。


「ああ。おはよう。アルメ。他の三人は?」

「まだ眠っています。小さい子ですから」

「それもそうか」


 本当はあの三人は竜の少女で、私たちよりも歳をよっぽどとっているようなのですが、ここはそういうことにしておきましょう。


「いきなりで悪いが依頼が入っている。なかなか難しそうな依頼だ」


 フィリムさんは前置きもなく、そう切り出してきた。


「依頼、ですか? また魔物の凶暴化とか?」

「凶暴ではないんだが、大型の魔物が一匹、峠の道を塞いでいるらしくてな。旅人や商人が通れないということでこちらに討伐の依頼が回ってきたんだ」

「なるほど。ですが、それだけの規模なら騎士団が討伐に赴くのでは?」


 私の疑問にフィリムさんは苦い顔になる。


「良く使われる道じゃないんだ。それで国も後回しにしている。だが、その道が使えなくて困る人は確実に存在する」

「そうですか。それでしたらギルドの出番ですね。分かりました。やっちゃいましょう」

「……意外と過激なことを言うんだな、お前は」

「そうですか?」


 意気込みを表しただけなのだが。そう思っているとミスラちゃんとエスちゃん、リルフちゃんも起きてきた。


「おはよー、アルメお姉ちゃん」

「おはようございます」

「アルメ様、おはようございます」

「三人とも、おはようございます」


 竜の少女三人が起きて来たので挨拶をする。


「とりあえず朝食だな。それが終わったら依頼だ」


 寝ぼけまなこのミスラちゃんを見て苦笑いしながらフィリムさんがそう言う。エスちゃんとリルフちゃんは平然としているのだが、朝に強いのだろうか。



「やったー! ご飯だ!」

「楽しみ」

「遠慮なくいただきますね」


 それでも三人してこんなに素直に喜ぶあたり、やはりまだまだ子供なのだろうか。


「朝食は外で?」

「いや、ギルド本部内に食堂がある。丁度いいから案内しておこう。依頼に行くまでまだ時間もあるしな」


 そうして、私たちはフィリムさんに食堂の場所を始め、訓練所、書庫、倉庫などギルド『ドラゴン・ファング』の本部ビルの中を案内してもらった。

 朝食を食べた後、問題の峠へと向かう。


「できれば峠の魔物さんも傷つけたくはないですね」

「甘いことを言っているな。そんな調子では返り討ちに遭うぞ」

「それは分かっていますが……」


 それでも話を聞く限り、今回、問題となっている魔物は峠で通行の邪魔になっているというだけだ。積極的に人を襲っているワケではない。

 それなら魔物といえど、無暗やたらに命を奪ってしまうのはどうかと思ったのか。


「見えてきた」

「あれじゃないのかしら!」


 エスちゃんとミスラちゃんが口を開く。見てみればたしかに巨体の魔物が峠に佇んでいた。


「ジャイアント・バクか」


 フィリムさんがおそらくその魔物の種族名を口にする。


「強い魔物なんですか?」

「いや、大したことはない。温和な魔物だしな。ただタフネスは厄介だ」


 温和な魔物か。ならばより一方的に討伐するのはよくないと思えてくる。のだが。


「グオオオオオ!」


 ジャイアント・バクはこちらを見ると一直線に突っ込んできた。慌てて全員で避ける。


「お、温和な魔物!?」


 私が思わず抗議するような声をフィリムさんに向けてしまう。


「そ、そのはずなんだが、虫の居所でも悪いのか!?」


 これはフィリムさんも想定外のようだったが、素早く腰のブーメランを抜き放つとジャイアント・バクに投げ付ける。

 ブーメランは中空を回転し、ジャイアント・バグの体に命中した。しかし、大したダメージは与えられていないようだった。


「く、頼みます! グリフォンさん!」


 私は召喚術を唱えて、幻獣グリフォンを呼び出す。鳥の上半身と獅子の下半身を持つ幻獣のジャイアント・バクにも負けない巨躯が現れ、ジャイアント・バクに攻撃を仕掛ける。

 その一撃にジャイアント・バクの巨体が後退する。


「相変わらず頼りになる……」


 フィリムさんがそんな事を言いつつも自身も剣を抜いて構える。

 グリフォンさんの突撃攻撃でジャイアント・バクの体がさらに後退する。ジャイアント・バクの巨体も凄いのに、それを易々と押しのけるグリフォンさんのパワーも凄い。


「一気に斬り付けて……!」


 フィリムさんが剣を構えて突っ込もうとするが、私はそれに待ったをかけた。


「待ってください! この魔物は多分、邪悪な存在ではありません! 話せば分かってくれるはずです!」

「話せば分かるだと!? 誰が話してくれる!?」

「それは……」


 私はチラリとミスラちゃんとエスちゃん、リルフちゃんを見る。竜の子である彼女らならこの魔物の言葉も分かるはずだ。そこでなんとか平和的にことをおさめることはできないだろうか。

 グリフォンさんは口からブレス攻撃を繰り出し、ジャイアント・バクを沈黙させる。やはり強い。グリフォンさん。私の召喚術で呼んだとはいえ、私自身が戦ったワケではないのでそこで思い上がったりはしないが。


「三人とも。あの魔物さんと話をしてくれる?」

「分かった!」

「了解」


 そうして、地面に倒れ込んだジャイアント・バクの前にミスラちゃんとエスちゃん、リルフちゃんが出て行き、何事かを話す。それを見ていたフィリムさんが怪訝そうな顔をする。


「どういうことだ?」

「あの三人は魔物の言葉も分かるんです」

「ほう……?」


 そういうこともできるのかと思いつつも納得していないのは明白だった。

 ミスラちゃんとエスちゃん、リルフちゃんはジャイアント・バクと何事かを話しているようであった。そこに攻撃をしようとしたグリフォンさんを私は抑える。


「ダメですよ、グリフォンさん」

「グルル……」


 グリフォンさんは声を漏らすも私の指示に従ってくれた。


「よく使いこなしている」

「え? そんなことはないですよ」


 何故かフィリムさんに感心されてしまったが。

 そうすると三人が戻ってくる。


「話を聞いて来たわよ!」

「ミスラちゃん。どうだった?」

「うん……それがね」


 なんでもジャイアント・バクは以前住んでいたところを不気味な霧と魔物に占拠されて追い出されてしまったらしい。それでこちらに出てきたそうだ。


「それならその以前の場所を取り戻せば帰ってくれますね」

「ここで討伐しないのか!?」


 私の言葉にフィリムさんが驚いた声を漏らす。


「だって、ジャイアント・バクさんに罪はないじゃないですか」


 私がそう返すとフィリムさんはポカンとした顔の後、笑った。


「あはは。たしかにその通り! いいだろう。お前の慈悲深い心に乗ってやろう」

「……? 私は当然のことを言っているだけですが」


 何故、笑われたり、感心されたりしているのだろう?


「ではミスラちゃん、エスちゃん、リルフちゃん。ジャイアント・バクさんの元の住み家に案内してもらうよう頼んでください」

「分かった」


 エスちゃんが返事をして、ジャイアント・バクさんと何やら話している。その末に戻ってきた。まだ住み家を聞けたワケではなさそうだが……。


「どうしたの?」

「なんで自分を助けてくれるの? って言っている」

「え? そんなの当然じゃない。困っている人がいたら……人じゃないけど。助ける。当然のことよ、って伝えて」


 再びミスラちゃんとエスちゃん、リルフちゃんはジャイアント・バクさんの前に行き、話しかける。


「こっちだって言っているわ」

「驚いてるよ」

「どうしてでしょう?」


 何故、驚かれるのか分からない。


「このジャイアント・バクさんは人に無害そうですし、それで困っているなら当然、助けるべきです。そうでしょう、フィリムさん?」


 私はフィリムさんの顔を見たが。


「……お前はまるで聖女みたいだな、アルメ」


 そんなことを言われてしまうのであった。

 たしかに私は元・聖女でしたけど、何故、そんなことを言うのでしょうか? 聖女らしさは隠しているつもりなのですが。

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