第13話現・聖女の苛立ち※
あの下賤の娘・アルメティニスを聖女の座から追放し、私、ミスティアが代わりに聖女の座に収まった。
そして、あの女を追放し、私が聖女になるのに手助けしてくれたこのアルカコス王国最大の貴族、ゴルドバーグ公爵と懇意の仲になり、公爵から大勢の貴族たちを紹介してもらい、顔見知りになった。
ゆくゆくは聖女である私を旗頭にゴルドバーグ公爵の一派がこのアルカコス王国を牛耳る予定だ。それこそ王室をも超える権力をもって。
その際にはそれに協力した聖女の私の地位も高いものになるだろう。私の栄光は約束されている。後はそこに向って突き進むだけ。なのに。
「また魔物が出たというのですの?」
ゴルドバーグ公爵の配下の兵が聖女の塔の聖女の部屋、いや、私の部屋に訪れてそんな忌々しいことを伝えてきた。
「はっ、聖女様。それも前回のような小規模ではなく、かなりの規模の襲撃でした」
「もう。どうなっているんです。私は聖女として祈りを捧げているのに魔物どもが襲ってくるなんて」
このアルカコス王国で聖女が優遇され、権威を持つことができるのは聖女がいることで魔物たちが町などを襲ってこなくなるからだ。
少なくとも先々代の聖女と、先代のあの粗野で下賤な女、アルメティニスの時は魔物の襲撃などなかったと聞いている。
だというのに、何故、今になって襲ってくるのか。
「ゴルドバーグ公爵からは聖女様には一層の祈りを捧げていただき、魔物が寄り付かないようにしてほしいと……」
「そんなことは分かっています! まさか、貴方は私の祈りが足りないから魔物が襲ってきたとでも考えているのですか!」
「そ、そのようなことは……」
嘘だ。顔に書いてある。
前の聖女の時はこんなことはなかったのに、と。
怒りのあまりこの兵士の首を刎ねるようにゴルドバーグ公爵に讒言しようかと思ったが、すんでの理性で思いとどまる。
「……まぁ、いいです。前回より大規模な襲来とはいえ、撃退できたのでしょう? それなら問題ありません」
「は、はぁ、それが……」
私の言葉に何やら歯切れの悪い答えを返す兵士。それが私の勘に触った。
「なんだといいますの!?」
「い、いえ! 魔物たちを撃退したのは我らアルカコス王国騎士団ではありません!」
「は?」
思わず呆気にとられる私。この国の騎士団ではないというのなら一体、誰が魔物たちを撃退したというのか。
「……ああ。冒険者ギルドとかいう下賤の身分が集まって腕っぷしだけでお金を稼いでいるところ? あそこがやったのね」
が、私の賢い。すぐに正解に辿り着く。
この王都で騎士団以外に戦闘力があるといえば、冒険者ギルドしかない。
あそこは正式に王城の騎士や兵士になることすらできなかった、下賤の身分の者たちが集まっている。
下賤ではあるが、腕前はそれなりにたしかという話で民草どもから依頼を受けて魔物退治をしたり、旅の商人の護衛をしたりしているようだ。
そこのギルドの者たちが魔物たちを撃退したに違いない。そう、思ったのだが。
「……いえ、冒険者ギルドでもありません」
私の考えを兵士は真っ向から否定した。
「じゃあ一体誰が!? 魔物の集団はそれなりの規模だったのでしょう?」
「それが……その……」
「それがでもそのでもありません。その歯に物が挟まっているかのような話し方はやめなさい。不愉快だわ」
私がギロリ、と兵士を睨み付ける。兵士は萎縮した様子で続ける。
「……ペガサスです」
「は?」
再び言われた言葉も私は理解できなかった。
「ペガサスって何よ」
「ですからペガサスです。突然の魔物の襲撃に我ら騎士団は混乱して苦戦していましたが、そこに天より突如、巨大な羽を持った巨大な白馬が舞い降り、魔物たちを蹴散らしたのです。圧倒的な力でした」
「何を馬鹿を言っているの……?」
この兵士は戦場に立った恐怖で精神に異常をきたしてしまったのか?
ペガサスなんてそんなのおとぎ話の中だけの話ではないか。
そんな存在が現れてこの王都に襲いかかる魔物たちを撃退して去って行くなどありえるはずがない。
「あれはまるで神話に語られる救世主の伝説のようでした。舞い降りたのは天使ではなく天馬でしたが……」
何やら陶酔した様子で兵士が語る。それは素晴らしいものを幸運にも見ることができた、と言外に言っているようで、そこが私の勘に触った。
「ふざけないで! 貴方たちは兵士でしょう! ペガサスなんてそんなの偽物に決まっているわ! そんな訳の分からないモノに手柄を取られてどうするのよ!」
「……はっ! 申し訳ありません! ですが、あれは断じて偽物などではなく!」
「偽物よ! 先代の聖女・アルメティニスと同じく偽物に決まっているわ!」
私は怒りを込めて叫ぶ。
そうだ。あの下賤の女・アルメティニスが偽の聖女だったのと同じようにそのペガサスとやらも偽物に決まっている。そうに違いない。
「そ、それが、その……」
「まだ何かあるの!?」
これまででさえ、私は不機嫌だというのに、さらに私を不愉快にさせることを言おうというのか。この兵士は。本当に首を刎ねるわよ?
「そのペガサスは聖女様の祈りが呼んだ奇跡だと噂が広まっておりまして」
「は? 私はそんなこと……」
そう言いかけて、一旦、言葉を止める。これは、チャンスだ。私の頭の中が高速で計算をし、自分にとって都合の良い結果を導き出す。ここで私が言うべき言葉は一つだけ。
「……ええ、そうよ。私が神様に祈りを捧げたの。どうかこの町をお救いください、と」
ペガサスを呼ぶなど全く覚えのないことだが、そういうことにしておいた方がいいだろう。
そうしておけば祈りが足りないから町が魔物に襲われるようになったなどと言われても上手く切り返せる。
「やはりそうでしたか、聖女様」
「そうよ。感謝しなさい。この町を、この国を救ったのは聖女たる私のおかげ。これまでも、これからも、私が聖女である限り、この国は安全よ」
堂々と言ってやる。誰がどうやってペガサスを招いたのかは知らないが、それを存分に利用させてもらうことにする。
なんて上手いこと世の中は私を中心に回っているのだろう。まぁ、私ほどの高貴な身であればそのくらいの幸運は当然なのだが。
「このことは大々的に喧伝しなさい。聖女の奇跡が天馬を呼んだ、とね」
「はっ! 公爵に伝えます」
「ええ。よろしく頼むわ」
そうして、兵士は踵を返して去って行く。今、気付いたが、一般兵にしては着ている鎧が豪華で紋章も刻まれている。
あの兵士もそれなりの立場の兵なのかもしれないが、聖女たる私の足元にも及ばないのは言うまでもない。
「ふふふ……偽・聖女アルメティニス。私は栄光を手にしてみせるわよ……。貴方は野垂れ死にした後、悔しそうにそれ草葉の陰で見ていることね」
私は自分が追放したあの女の顔を思い浮かべつつ勝利を確信した笑みを浮かべる。
無一文で武器も護衛もなしに王城から放り出されたあの女。まだ餓死するには少し早いが、お腹を減らして町中をさまよっているのか、それとも無謀にも故郷に帰ろうと町の外に出て、聖女の加護が及ばない領域で魔物に食い殺されるか、野党に襲われでもしているのか。
どうせ、ロクな末路は辿るまい。まやかしの術でなった偽・聖女にはそれくらいがお似合いだ。
「誰だか知らないけど、ペガサスなんてものを呼んでくれた人には感謝しないとね」
これで私の聖女としての威光も高まるというものだ。
とはいえ、魔物たちが町を襲うようになったというのは見過ごせない問題だ。
聖女の祈りにより町の外の平原や森、山はともかく人の住む集落を魔物が襲うことはない。
それくらいは私も知っていたことなのだが。
「どうして、私が聖女になった途端、二回も魔物の襲撃があるのよ……!」
それが不可解で私を苛立たせるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます