第11話王都の危機
今度こそ王都の北の森を後にして王都に戻る。
私の召喚術を見て、フィリムさんは未だに私に疑念の目を向けていましたが、とりあえずは実力は認められたようで私はギルド『ドラゴン・ファング』に入ることができそうです。
私が冒険者ギルドに入ることになるなんて、思ってもいませんでした。
元々、辺境の狩人の家の娘として生まれた身。それが奇跡魔法なんて凄いものを使えるようになって王城に迎え入れられ、先代の聖女様から聖女の座を譲り受けて、聖女として過ごしてきましたが、今思えばこれもただの村娘の私にとってはまったく想定していない出来事です。
そこから奇跡魔法を失い、同じ村の出身で私を見下していたミスティアに追い出される形で聖女の座を追放されて、ミスティアが代わりの聖女になった。
大人しく村に帰って目立つことはしないで細々と残りの人生を過ごそうと思っていたのですが、王都でミスラちゃんとエスちゃん、リルフちゃんという竜の少女三人と出会って彼女たちを助けると決めた以上、冒険者ギルドに所属することは妥当な判断だと思います。
「冒険者ギルドかー、楽しみだなー!」
ミスラちゃんが上機嫌に言う。その隣ではエスちゃんが相変わらずクールな顔で、リルフちゃんは生真面目な顔で何も言わずに先を歩く。
正直、王都に近いと言ってもさっきまでいた森までの距離を往復するのは普通の人間の女の子ならツラいはずなのだが、三人とも何事もなさそうで息を切らした様子も、足が痛くなっているようにも見えない。
そのあたりはやはり人間の女の子に見えても竜の少女ということでしょうか。
むしろ、体力的には私の方が消耗しているくらいです。
「……アルメ。疲れてる?」
「え? い、いえっ、私は別に……」
「嘘です。わたしたちの目をあざむけるとお思いですか?」
エスちゃんとリルフちゃんに見上げられながらそう言われる。竜の鋭い慧眼から逃れることはできないということですか。
「召喚術というものはそれだけ体力を消耗するものなのか」
フィリムさんが純粋に疑問だというように訊ねてくる。
彼女も森までの行程を歩き倒し、森の中では剣を振るって戦ったはずなのだが、全く消耗した様子は見られない。歴戦の女戦士といった外観そのままのワイルドな女性だ。私がこれまで出会った女性の中で一番、強いかもしれない。
「そ、そうですね。召喚術には凄く魔力を消費しますから……」
私はでっち上げを言う。そういうことにしておいてくれた方が都合がいいからだ。
正直、召喚術を行使したことでの消耗はほとんどない。それが召喚術というものなのか。それとも私の召喚術が特別なのかは分からないが、グリフォンさんとサラマンダーさんを呼んだ後の今でもそれで消耗した感じはありません。
私が疲れているのは……単純に王都から北の森を徒歩で往復することで体力を使い切ったという情けない理由です。
以前は聖女として王都から外に出向くこともありましたが、その時も私は馬車に乗ってのことでした。自分の足でこんなに歩いたのは王城にくる前の故郷で暮らしていた時以来かもしれません。
あの時期よりも私の体力は衰えているのでしょうか。
「そうか。まぁ、あれだけの力だ。消耗もするか」
フィリムさんは納得してくれたようだ。
うう。追放された元・聖女とはいえ、こうも堂々と人を騙すのはやっぱりダメですね……。
「どうする? ギルドマスターに紹介するのは明日にするか? 疲れているのなら宿で休んだ方がいい」
「い、いえっ。お気遣いありがとうございます。ですが、今日でないと……」
「何か理由があるのか?」
真剣な目でフィリムさんに見られる。
理由。それはあるにはあります。ですが、とても口に出せたことじゃ……。
「戦士のお姉ちゃん。ミスラたち、お金ないの」
「今晩、宿に泊まるなんて、不可能」
「そうなんです。だから明日というワケにはいきません」
私が口ごもっていると遠慮なく竜の少女三人が真実を暴露する。
……その通りなんです。私は無一文で王城から放り出された身。昨日こそ幸運に恵まれそう多くはないとはいえ、お金を手にすることができましたが、それらは竜の三人にまともな服を買ってあげるのと安宿に一晩泊るだけで使い切ってしまいました。
「本当か、アルメ?」
「……お恥ずかしいことですが、無一文、です。今の私は。ですから今の私を襲っても何も奪えるものはありません」
「そ、そうなのか……王都にいる割に無一文などというのは珍しいな」
そのことに疑念が再燃したのだろう。探るような目でフィリムさんは私を見る。その視線を受け止めていた私だが。
「……ふむ。よからぬことを考えているわけではなさそうだな。もう日も沈みかけているが、無理ではないだろう。今日の内にウチのギルドに来てもらう」
「助かります。フィリムさん」
「今日のアサルト・ブル討伐はお前の召喚術の世話になったしな。その恩義くらいは返さなければ」
「ええ。ですが、二回目ですけど、私が召喚術を使えることはなるべくギルドの人にも秘密にしておいてくださいね?」
「あ」
呆けた顔になったフィリムさんを見て、思わず苦笑いしそうになる。完全に私の言葉を忘却していたようだ。召喚術が使える人間がいるなんておおっぴらになったら大変だというのに。
「すまん。召喚術などというおとぎ話の中でしか見たことがないものを見てな。……子供っぽいと言われるかもしれないが、興奮した」
「女の人が興奮した、なんて言うのはどうかと思いますよ……」
おとぎ話の世界を現実に見れて嬉しいと女性らしいことを言ったかと思えば、男勝りなことを言ってのける。
そのアンバランスさに再び苦笑が漏れる。
「くっ、何を笑う!」
「いえ、別に……」
「くそっ、どうせ私は召喚術なんて高等なものは使えない。剣を振るうしか能がない脳筋だ!」
やけくそ気味にフィリムさんがそんなことを大声で言う。その剣技だけでアサルト・ブルなんて強力な魔物を倒せるのだから大したものだと思うのだが。
「お姉ちゃん!」
「二人ともじゃれ合ってる暇はない」
「仲がよろしいのは結構ですが、問題が発生しているみたいですよ」
そんな時、竜の少女三人が私たちに声をかける。
「どうしたのミスラちゃん、エスちゃ……」
三人に問いかけようとしてい、顔を上げて、気付いた。
王都の周辺に魔物の群れがたむろしている。
既に防衛の兵士たちが出て戦闘が発生している。
王都が、魔物に襲われているのだ。それも昨日のような小規模なものではない。
「なんだと!? 聖女の祈りはどうしたんだ!? 聖女の祈りがあれば魔物が王都を襲うなど、ありえないはずだが……」
驚き、そして、憤るようにフィリムさんが言う。
それには同感だった。今の聖女、ミスティアは何をやっているのか、と思ってしまう。私が聖女だった時も、私の先代の聖女様の時も、王都が魔物に襲われるなんてことは一回もなかった。
「あれは……放っておけませんね」
だが、ミスティアに憤るより先に王都を襲う魔物をなんとかしなければ。町中に入られて住民に被害が出るのは勿論、防衛に出ている兵士の皆さんに負傷者、最悪、死者が出るような事態は何としても防がなければならない。そのためには。
「もう一度、召喚術を使います」
それしか方法がないだろう。血相を変えてフィリムさんが私の方を向く。
「だが、それではお前の消耗が」
「ここで私一人の体を気遣って、大きな犠牲を出すわけにはいきません」
ただ前を私は見据える。一人でも多くの人を救う。どんな人でも救う。それが先代の聖女様から教わった心意気だ。
既にこの身は聖女ではないが、それだけは今でも胸の中で生きている。
「この状況に適した幻獣は……!」
とにかく脳裏に迅速に戦場に駆け付けられるイメージを浮かべる。この場所から戦場までの距離は離れている。
のん気に近寄っていては手遅れになるかもしれない。一人でも取り返しのつかない重傷者や死者を出した時点でこちらの負けなのだ。
私の声に応えて、現れた幻獣は……。
「ペガサス……。これなら」
フィリムさんが感嘆したように呟く。
普通の馬より遥かに大型の体躯を持った白亜の馬が、巨大な翼を背中に生やしてこの地に降り立った姿が私にも見えた。
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