第10話サラマンダーの召喚


 三匹の暴れ牛、アサルト・ブルは討伐された。これも歴戦の冒険者であり、女戦士であるフィリムさんのおかげ、ということにしておきたいのですが……。


「…………」


 フィリムさんは思いっきりいぶかしむ目で私を見ている。うう……視線が鋭い。

 当然ですよね。私は召喚術なんていう現代では失われた力を使い、幻獣グリフォンを召喚。その圧倒的な力でアサルト・ブルを蹴散らしたのですから。


「なんであのお姉ちゃんは恐い顔でアルメお姉ちゃんを睨んでいるの?」

「ミスラ。頭がパーなのが分かるから余計なこと言わない方がいいよ」

「な、何を言うのよ! エス!」

「そうですね、ミスラは黙っているべきです」

「リ、リルフまで!」


 ミスラちゃんとエスちゃん、リルフちゃん。竜の少女三人が何やら仲良く喧嘩しているようだが、私はその間にフィリムさんの視線と向き合った。


「フィリムさん」

「……アルメ。魔法の覚えもなにもない、と私はお前のことを認識していたが」

「ええ……それは嘘ではありません」


 嘘を言ったつもりはない。聖女だった時期に使えた奇跡魔法だって私自身が鍛錬して習得したものではない。天から授けられた力だ。そして、今、使えるこの召喚術の力も。


「嘘ではありませんも何もないだろう。剣で戦う冒険者を無学だと思うなよ。お前が使った力は間違いなく、召喚術。今の時代では世界中のどこを探しても使い手のいない力だ。もはや通常の魔法など超越している。聖女が使う奇跡魔法にも匹敵する」


 フィリムさんはなかなか博識のようだ。その通り。普通なら召喚魔法を使える人間など存在するはずがないのだ。

 何故、私がそんな力を使えるのか。その説明を求める目で見られる。


「……申し訳ありません。私自身、何故、このような凄い力を使えるのかが分からないのです」

「ふざけるな! あれだけの力を!」

「ふざけてなどいません!」


 私とフィリムさんの言い争いに竜の少女三人は呆然とした顔になる。その末にミスラちゃんが口を開く。


「えーっと、戦士のお姉ちゃん。別にアルメお姉ちゃんが召喚術を使えるからって別にいいんじゃないの?」

「いい訳あるか! そんな凄まじい力……まさかアルメ。お前は魔族が人間に化けているのか?」

「そ、そんなことはありません! 天地神明に誓って!」


 ハッキリと私は言い返す。そこにエスちゃんも言葉を挟む。


「こだわる必要はない。アルメは召喚術が使える。それだけで」

「そんなことで納得できるはずが……」

「大丈夫。アルメ様は悪人じゃないわ。わたしたちには分かります」


 エスちゃんとリルフちゃんの私を庇う言葉に何を根拠に、と言いたそうにフィリムさんはエスちゃんを見返す。

 わたしたちには分かる。神聖なる竜の一族であるがゆえに人の善悪を見極める力でも持っているのか、それともただの勘なのか。私には分からない。

 同じく上手く誤魔化されたというように、フィリムさんは再び私に視線を据え直した。


「……とりあえず、ギルドの冒険者として戦力的には申し分ないのは分かった」


 全く納得していないのは伝わってきたが、とりあえずフィリムさんは剣を鞘に納める。今、この場で私をどうこうしようという気はないようだ。


「ギルドの冒険者として、この町と国の人々を守るため、戦うつもりです。その気持ちに嘘はありません」

「その言葉を信じよう。しかし、まさか、召喚術の使い手など……ギルドマスターにどう説明すればいいのだ……」


 やはり私の使える召喚術はとんでもない力のようだ。腕を組んで頭痛でもするのか、眉をしかめながら、フィリムさんが何かを考え込んでいる。


「あのような幻獣を他にも呼べるのか。アルメ」

「え、ど、どうでしょう? 試してはいませんが……」

「一度、やってみてくれ」


 これも、私の実力を推し測るために必要なことなのでしょう。フィリムさんの人を見極める目で見られながら、私はアサルト・ブルとの戦闘で木々がなぎ倒され、森の中に出来上がった広間を見る。あそこなら多少、大きなサイズの幻獣を呼んだところで問題は、多分、ないでしょう。


「頑張って、お姉ちゃん!」

「ま、余裕だと思うけど」

「アルメ様ならできます」


 ミスラちゃんとエスちゃん、リルフちゃんの声援も届く。これは失敗したりして恥をかく訳にもいきませんね。


「えーっと、それじゃあ……」


 意識を集中させる。先程、グリフォンを呼び出した時から大した時間は経ってないが、大丈夫だろうか。


「ん……!」


 両手を合わせる。そこから光が発し、空間の歪みが生じ、そこから姿を現したのは。


「サ、サラマンダーだと!?」


 真っ先にフィリムさんの叫び声が響いた。直後、姿を見せた大型のトカゲのような赤い体色を持つ幻獣は咆哮を上げる。

 それだけで凄まじいプレッシャーを感じる。全く鍛えていない私の細身など、叫び声だけで倒されてしまいそうなだけの力だ。


「まずい! サラマンダーが炎を噴けば、この森など丸々、焦土と化すぞ!」


 驚きの後に危機感をにじませたフィリムさんの声。

 サラマンダー。名前と能力くらいは私でも知っている。

 これまで呼んでいたグリフォンと同じく、普通に生きていればお目にかかれる機会などまずはないだろう。それが魔物の討伐を生業にする冒険者であっても。

 限りなくドラゴンに近い存在とされる幻獣だ。その最大の脅威は口から放たれる炎。サラマンダーの炎は水で消すことができない神秘の炎だという。それでも何かを燃やすことができるという特徴は普通の炎と同じだ。

 普通の炎と違うのは霊的存在などもまとめて焼き払える力を持っていることだと言うが、たしかにここで炎なんて吐かれたら、大規模どころではない大火災の発生だ。


「アルメ! 制御しろ!」

「ええっ!?」


 そ、そんなこと言われても……。

 私が召喚術を使えるようになってからは一日二日しかない。グリフォンさんは私の言うことを聞いてくれるようだけど、このサラマンダーさんは果たして。

 再びサラマンダーさんが咆哮を上げる。今にもそのワニのように大きく裂けた口から炎を放ちそうだ。


「サ、サラマンダーさん! 私の言うことを聞いてください!」


 ダメ元で私はサラマンダーさんに呼び掛ける。その声にサラマンダーさんの巨体がピクリ、と反応する。

 鋭い双眸が私を見る。しかし、それは睨み付けるという表現は似合わない。優しい瞳に見えたのは私の勘違いか、希望的観測が見せた幻だろうか。


「ここは大人しく牙を納めてください。サラマンダーさんには不本意かもしれませんけど、私たちは貴方の姿が見たかっただけなのです」


 私の言葉は身勝手な言葉だ。わざわざ呼び寄せておいて、姿が見たかっただけ。もっと言えば、フィリムさんによる私の力を計るためだけに行われたことだ。この召喚は。

 それに怒ったサラマンダーさんが私に炎を浴びせるというのなら、それを私は甘んじて受け入れよう。そう、覚悟していたのだが。

 サラマンダーさんが何事かを唸る。


「……今後は戦いの時に呼べ、だって」


 ミスラちゃんが不意にそんなことを言って、私とフィリムさんはミスラちゃんの方を振り向く。


「ミスラちゃん? 言葉が分かるの」

「うん。だって、わたしは……」

「あ、ああ! そういう魔法の使い手だったわね!」


 自分が竜であることをうっかりカミングアウトしそうになったミスラちゃんの言葉を私はやや大袈裟な声で誤魔化す。

 サラマンダーはもっとも竜に近いとされる存在。その言葉を竜であるミスラちゃんやエスちゃんが分かっても不思議ではない。もしかしたらさっきのグリフォンさんとも意思疎通ができるのではないだろうか。

 しかし、それは三人が竜の子であることを公言するも同然。チラリ、とフィリムさんを見る。


「ふむ? ……ただの子供ではないということか。人ならざるものの言葉が分かるとは」


 と、とりあえずは誤魔化せたようです。

 フィリムさんは悪人ではないと確信していますが、無暗に三人が竜であることを広めればどんな厄災の種になるか分かったものではありませんから……。


「と、とりあえずサラマンダーさんには元の場所に帰ってもらいますね……。フィリムさんも私の力は分かったでしょう?」

「充分以上……なんて言葉でも足りない。正直、警戒心が増したくらいだよ」

「あ、あはは……」


 一応、実力は認めてくれたということでしょうか。

 信頼はこれから徐々に勝ち取っていくことにして、この召喚術の力があれば私も冒険者ギルドでなんとかやっていけそうです。

 そう思いながら私は送還の術を(習った訳ではないのでそう意識しただけですが)唱え、サラマンダーさんの巨体は森の中から消え、その目に焼き付く鮮やかな紅い体色は消えて、元の森の緑色の光景が広がるのでした。

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