第9話謎の力・召喚術を使っての強敵討伐


 先導する冒険者ギルド『ドラゴン・ファング』所属の冒険者さん、フィリムさんに続き王都を歩く。私の後ろには竜の女の子、ミスラちゃんとエスちゃん、リルフちゃんが続く。

 どうやら王都をぐるりと囲む四方向の門の内、北の門に向っているらしい。

 王都の北は深々とした森が広がり、その先には山しかなく、別の町や国に繋がっている訳ではない袋小路だ。故に何か目的がなければ訪れる者はいない。

 大体は狩りが目的で人々は北門を出て森に踏み入る。森の中に生息する動物・魔物を狩り、それを換金して日々の糧とするのだ。

 そんなことを私が竜の女の子たちに説明しているとフィリムさんに意外そうな目で見られた。


「何ですか?」

「いや、博識だと思ってね。身元も良く分からない。武器も荷物も何も持たずギルドに入れてくださいなんて言ってやってきた割には」


 嫌味にも聞こえる言葉だが、嫌味で言ったつもりはないだろうというのは竹を割ったようなフィリムさんの性格から分かる。表情にも他意はない。元・聖女だけあり、他人の表情・感情を読み取ることに関しては普通より長けているつもりだ。

 そして今、私が述べた知識も聖女として王城で暮らしている中で身に着けたものに過ぎない。

 聖女が人々を導き、人々に希望を与える存在である以上、覚えておかないといけない知識は山ほどあるのだ。


「まぁ、それなら魔物との戦い方も手慣れているか」

「そうですね。全く経験がないという訳ではないです」

「頼もしい」


 フィリムさんの言葉に頷くとニヤリとフィリムさんは笑った。

 聖女の奇跡魔法。その力が必要になるほどの強大な魔物が現れたと聞くと私は奇跡魔法を使ってそれを撃退するために駆り出された事も数えるほどしかないとはいえ、経験している。

 今は奇跡魔法は使えなく聖女の座からも追放された身だが、代わりに何故か召喚術の力がこの身に宿っている。

 この力が何なのか。何故、私が使えるのか。具体的にどういう力なのか。それらは分からないが、今の私はこの力をアテにして戦うしかない。

 エスちゃんが言うには召喚術の知識も技術も太古の昔に失われたものらしい。王城での学習に全く出てこなかったのも納得だ。


「ですが、森の魔物はブル……牛なのでしょう? それなら一般の狩人でも対処できるのでは?」

「そう甘くはいかないのさ。確かに普通ならアサルト・ブル程度。そこいらの狩人でも狩って食卓に焼かれた肉が並ぶ。だが今回、出現しているヤツは普通じゃないみたいでね……」

「普通じゃない……?」


 だから、わざわざ冒険者ギルドの冒険者に討伐の依頼まで来たというのか? そんなことを思っている間に森の入り口に到着していた。


「ついでに言うとかなり森の浅い所でも出るんだ。だから即急に対処しないとあぶないってことでね」

「なるほど」


 森の深部に身を潜めてなかなか姿を現さないのならまだ火急の案件と言えないかもしれないが、浅い所でも出てくるとなれば確かに放ってはおけない。


「ミスラちゃんとエスちゃんとリルフちゃんは私の後ろに隠れていてね」

「ミスラも本気だせば牛さんくらいは……」

「ミスラ。ここはアルメたちに任せよう」

「そうですね、ここは慎むべきです」


 私が三人の子を気遣って声をかけるとミスラちゃんが反論しかけたが、本気を出すということは竜の力を解放するということなのか、あるいは本来の竜そのものの姿に変身(いや、戻る?)することなのだろう。

 そのようなことをすれば無用な騒ぎを生む。なるべく避けたいところです。いえ、私の召喚術も充分それに値するとんでもないものなのかもしれませんけど……。


「言っている間に来たよ!」


 フィリムさんが声を発する。それはこれまでに聞いていた粗野な感じの中にもやさしさの混じっていた声ではなく、敵を前にした時の鋭く威圧感に満ちた戦士の声。

 私が前を見ると確かに。大型の牛の魔物が三匹ほど、悪路をものともせず、こちらに突っ込んできている。そのスピードは速い。


「この!」


 フィリムさんは腰にぶら下げていたブーメランを構えると勢いよく投げ付ける。空中を回転して放たれた刃はそのまま中央の一匹に命中し、アサルト・ブルが悲鳴を上げる。その間にも他二匹は突っ込んでくる。

 フィリムさんは剣を抜いた。短剣という程、短くはないが、長剣という程の長さもない。あれがフィリムさんの獲物なのでしょう。


「アルメ! 一匹は任せていいかい? 戦えるんだろう?」

「は、はいっ。任せてください!」


 そう言われつつも戦いの経験自体は私にはあまりない。

 奇跡魔法を使って強大な魔物を撃退する時も騎士団の護衛があり、前線を騎士団の兵士たちがカバーしている状況で私は後方から奇跡魔法を放つだけだった。

 が、今はこうして矢面に立って戦わなければならない。


(これも人々のため……!)


 この凶暴な魔物たちを放っておけば、アルカコス王国の国民たちに危害が及ぶかもしれない。それなら放っておける話はない。私は聖女ではなくなったかもしれないが、人々のことを想う気持ちはなくなったわけではない。


「グリフォンさん……」


 召喚術の発動のため、精神を集中させる。昨日初めて使えた技能だが、昨日と同じ感覚でやればできるはず。

 そんなやや根拠の薄い自信でなんとか自分を奮い立たせて私は聖女時代と同じように祈りを捧げる。


「お、おい!」

「アルメお姉ちゃん!」

「アルメ様!」

「アルメ」


 周りが騒がしい。目を開けば既に眼前に迫っているアサルト・ブルの姿。まずい、やられてしまう。

 そう思った瞬間。


 ――クォォォォン!


 森の木々を振るわせる雄叫びが響いたかと思えば上半身は鷲。下半身は獅子の生物が出現して、その巨体でアサルト・ブルを踏みつけた。

 これに突進のパワーを全て殺され、アサルト・ブルは地面に叩き付けられる。

 アサルト・ブルも大きいが、グリフォンさんはそれよりも遥かに大きい。


「なっ! アルメ! それは……」


 見ればフィリムさんが剣で自分の迫ってきたアサルト・ブルと戦いながら視線をこちらに向けて驚愕の表情を浮かべる。


「グリフォンさんがどうかしたんですか?」

「どうかしたもこうしたもあるか! お前、その力はまさか!」

「あ! 危ないですよ! フィリムさん!」


 私の警告にフィリムさんは前に向き直り、再び攻撃を仕掛けて来たアサルト・ブルに剣を振るう。

 少し手際を見ただけだが、見事な剣術だ。このアサルト・ブルたちが少々、強力とはいえ、フィリムさんなら大丈夫だろうと思い、私も目の前に視線を戻す。

 グリフォンさんに踏みつけられたアサルト・ブルはそれだけでかなりのダメージは受けたようだ。上にのしかかるグリフォンさんの体をはねのけようとしているようだが、それもできていない。


「無駄な殺生はしたくありませんが……この場合は仕方がありません。グリフォンさん!」


 私の声に応えたようにグリフォンさんは羽ばたき一旦、空に浮かびあがる。

 拘束から解放されたアサルト・ブルは怒り狂い、私に狙いを定めるが、そこに。


 ――クォォォオン!


 グリフォンさんが口を開き、そこから渦巻く風の刃が放たれる。

 ブレスによる攻撃。これだけなら今の世のそこいらの魔物でも難しいことではないのだが、威力が段違いだ。

 グリフォンさんのブレス攻撃は一撃でアサルト・ブルの体をバラバラに引き裂き、ぬかるんだ土や草の生えた地面をも大きく抉った。


「お前……その力は……」


 呆然としたフィリムさんの声が聞こえる。どうやらあちらもカタが付いたようですね。

 だけど、まだ一匹、残っています。

 最初にフィリムさんが不意打ちでブーメランを投げ付け、勢いを止めていた最後の一匹が。


「フィリムさん、今は討伐を完了することを考えましょう」

「……そうだな。依頼が優先だ」


 何か言いたそうなのは雰囲気で分かったが、それを後回しにして、残った一匹のアサルト・ブルに二人して狙いを定める。

 剣だけでアサルト・ブルを退治できるフィリムさんに、古代に失われた力を秘めている幻獣グリフォンさん。

 もう勝負は見えたようなものだった。


(後でフィリムさんに追及された際になんて言おうかしら……)


 やはり召喚術は稀少な、いや、稀少どころではないありえない能力のようだ。歴戦の戦士といった雰囲気のフィリムさんでも露骨に驚いた様子を隠し切れてなかった。

 これが何かの災いに繋がらなければよろしいのですが……。

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