第7話舞台裏で活躍する元・聖女
宿屋で目を覚ます。
安宿であるだけあり、ベッドは昨日まで過ごしていた聖女の塔の聖女の私室と比べれば硬いものだったが、贅沢は言ってられない。
それも元々平民(の中でもかなり下の方)の身分の私は聖女になる前は床で雑魚寝している経験もあるので一応はベッドの上でシーツを被って横になれるだけでも幸せに思う。
そう思っていた私だが、シーツの中に何かが入り込んでいるのに気付いた。シーツが明らかにふくらんでいる。
なに? と思ったも、すぐにその正体は判明する。
「ん~、むにゃむちゃ……」
ミスラちゃんが私のベッドに潜り込んで来てその幼い肢体を私の体に押しつけてきていたのだ。いくら女同士とはいえ、さすがにどうかと思うのだが、相手はまだ幼い女の子。そんなにとやかく言うまい。
とは思いつつも幸せいっぱいという顔で熟睡しているミスラちゃんは両手両足で私の体をガッシリとホールドして離さない。これは困った。
これでは私が起きられないではないか。
「ミスラ。アルメ。朝ごはんの時間」
そんなこと言っている間にエスちゃんが部屋に入ってくる。一応、四人部屋を取ったので二階建てベッドが二つで四人が眠るスペースは充分ある。エスちゃんとリルフちゃんは自分のベッドで眠ったようなのに、ミスラちゃんはなぜ、私のところに入り込んできているのか。
「…………」
エスちゃんに呆れた目で見られる。私は慌てて弁明した。
「ち、違うのよ、エスちゃん! これはミスラちゃんが……」
「それくらいは分かっている。ミスラに呆れている」
「そ、そう……」
さすがにエスちゃんはミスラちゃんと付き合いは長いようだ。性格もよく知っている。
「でも、早く起こそう。宿の女将さんは遅れたら朝ごはんは抜きだと言っていた」
「それは困るわね……リルフちゃんは?」
「先に行っている」
これがそれなりの高級宿なら朝食の時間などいくらでも待ってくれるのだろうが、今泊っている宿は少し広めの家屋を改築した感じの宿に過ぎない。長々と朝ごはんを出しっぱなしにしておく余裕もないのだろう。
「とりあえずミスラを起こす」
「起こすって言ってもどうやって……」
エスちゃんの言葉に私は疑問を呈するが、エスちゃんはトコトコとベッドに近付くと。
「えい」
言葉は穏やか。しかし、思いっきり、ミスラちゃんの頭に拳を振り下ろした。
「いったぁ~~!」
当然、ミスラちゃんは飛び起きる。というか涙目だ。それだけ本気でエスちゃんはパンチを喰らわしたのか。
「うう~~。なに~~? わたしを夢の世界から引きずり戻すのは……」
「ミスラ、朝」
「エス! あんた! また!」
ベッドから飛び出てエスちゃんに掴み掛らん勢いで抗議するミスラちゃんだが、エスちゃんは素知らぬ顔だ。これも二人にとってはいつものことなんでしょうね……多分。
「はいはい。二人共。ケンカしてないで。朝ごはんを食べに行くわよ」
「朝ごはん! 行く行く! アルメお姉ちゃん!」
「わたしはケンカなんてしてない」
ごはんと聞くと目を輝かせたミスラちゃんとは対照的にエスちゃんは少し不服そうだ。
エスちゃんは大人びているというかクールな性格に見えるから子供のように扱われるのが嫌いなのかもしれない。
でも、いくら実年齢が高くても、その外見は10歳そこそこの女の子にしか見えないわけで……。
「エスちゃん……?」
「ううん、なんでもない。行こう、アルメ。ミスラは放っておいて。リルフが待っている」
「ちょっとエス~~!」
さらりと毒舌を吐くエスちゃんに食って掛かるミスラちゃん。うーん、ケンカするほど仲が良いということでいいのかしら?
宿の朝食はパンに目玉焼きにサラダにスープ。定番と言えば定番。豪勢なものではないが、貧相な食事と言うつもりはない。
私は聖女になる前の片田舎で暮らしていた頃はこのくらいの食事がいつものことだったし、聖女になった後も精進料理ばかり食べていたのであまり脂っこいものは食べていないのだ。
「もぐもぐ、ぱくぱく、美味し~い!」
ご飯を食べながら天真爛漫な笑みで大声で喜びを表明するミスラちゃん。その微笑ましさに宿の女将さんたちが笑っている。私も思わず釣られて笑顔になる。
「ほら、ミスラちゃん。パンくずが付いてますよ」
「あー、ありがとう。お姉ちゃん!」
私はミスラちゃんのほおに付いているパンくずを取ってあげる。私には弟や妹はいないけど、いたとすればこんな感じなのかしら。
「はぁ……まったく。ミスラは」
「お行儀が悪いですね」
そんなミスラちゃんを見てため息をはくのはエスちゃんとリルフちゃんだ。子供なんだからそんなに深刻に思うこともないと思うんだけどな。私は。
「それよりアルメお姉ちゃん」
「何でしょうか?」
「どうして昨日、お姉ちゃんが退治した魔物たちが騎士団が退治したことになっているの?」
ドキリとして思わずミスラちゃんの口をふさぐ。
そのことはあまり周りに知られたくはないことだ。
昨日。ミスラちゃんとエスちゃんとリルフちゃんの服を買った後、宿を探している最中、城壁を破って魔物が王都内に侵入してきた場に居合わせたのだ。
その時は聖女の祈りの加護があるこのアルカコス王国の王都に魔物が入ってくるなんて、と驚いたが、冷静にミスラちゃんとエスちゃんを助けた時の感覚で力を振るうと幻獣・グリフォンが現れて圧倒的な力で魔物たちを蹴散らしてくれたのだ。
その姿を見た人間がいないという訳ではないが、私は王城から、国王陛下から、この王都からの追放命令も受けている身。
周りに知られて、万が一にも騎士団に事情を聞かれでもしたら堪らないと二人の竜の少女を連れてその場から足早に立ち去ったのだが、そうしている間に王都に入り込んだ魔物は騎士団が撃退したことになっていた。
「アルメの力なのに、なんで騎士団の功績に」
「そうですねアルメ様がやったのに」
しかし、そのことに不満があるのか口数少なくクールなエスちゃんと穏やかな口ぶりのリルフちゃんまでそんなことを言う。私は別にそんなに不満に思っていないのだが。
「騎士団としてもこれまでずっと給料泥棒と言われ続けてきましたからね。何か功績を立てないといけなかったんでしょう」
「それにしても理不尽じゃない? あれはアルメお姉ちゃんの力なのに……」
「この町の美奈はアルメ様の力を知るべきです」
ミスラちゃんも不服そうに唇を尖らせる。リルフちゃんはまだ言っている。私としてはあまり自分の力を知られても困るのだけど。
「私としては自分が周りに称賛を受けたいとは思っていないので構いません。それより気になるのはこの王都にああも簡単に魔物が入ってきたことですね」
このアルカコス王国は聖女の加護を受けて繁栄している国だ。元・聖女であった私にはそれを誰よりも知っている。
聖女の力があるからこそ、作物の実りは良くなり、井戸から汲める水の水質も良くなり、そして、魔物たちが人里を襲うことななくなっている。
だが、昨日はそれを破って魔物が、しかも明らかに強い力は持っていない低級の魔物がこの王都に侵入したのだ。
そちらの方に私は危機感を抱く。
「聖女様の祈りがあればあのような魔物がこの王都に入り込む余地はないはずですが……」
私の言葉にミスラちゃんとエスちゃんも頷く。
「そうだよね! ミスラもそう聞いていたよ!」
「聖女の力が衰えたと、アルメは考えている?」
「わたしはそう考えますが、アルメ様は?」
「そこまでは言わないけど……」
私に成り代わり新たな聖女になったミスティア。彼女はたしかに奇跡魔法が使える。聖女としての力がない、ということはありえないのだが、ならばこそ、聖女がいるのにあんな低級の魔物が町の中に入ってくるのもありえない。
「聖女はサボっているんじゃないの? 祈りを」
「そんなことは、ないと思うのだけど……」
本当にどうしてしまったのだろうと思いつつもそのまま朝食を全て食べ終えて食後のコーヒーを飲む。あまり高い豆は使えてないだろうが、私にとっては美味しいコーヒーだった。
「……なにこれ、泥水?」
「人間の飲み物って変なの」
「……そうですね。わたしたちの故郷の水の方が美味しいです。アルメ様には申し訳ありませんが
竜の女の子三人には不評のようだった。
「それよりこれからどうするか、ね」
聖女の炊いt場から追放された私は一応、故郷の村に帰ろうと思っていたのだが、竜の女の子二人と知り合うという予想外の展開を迎えてしまった。
さらに二人が言うには近い内にこの国に厄災が訪れるというのだ。
これからどう行動するかは考え直す必要がある。
「うーん、それなんだけど」
「アルメ。冒険者ギルド、って知ってる?」
「この町にあると聞きました」
迷う私に三人の竜の子たちが方針を指し示す。
「冒険者ギルド?」
「そう。アルメの力ならすぐにS級冒険者にもなれると思うの」
冒険者ギルド、か。聖女だった頃に聞いたことはありましたが、そこに自分が所属するかどうかを考えるなんて想像したこともありませんでしたね。
「アルメ様のお力であればきっと重宝されるはずです! 是非とも向かいましょう」
リルフちゃんの一押しもあり、冒険者ギルドに行くということで方針を固めることにした。
本当に私の力が必要とされるのか、疑問ではあったのだけど……。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
ここから冒険者ギルドに所属し、本格的なアルメの召喚術無双・成り上がりが始まります。
主人公の無双・成り上がりが楽しみ。
竜の子三人と百合百合なやり取りが見たい。
追放者のざまぁが待ち遠しい。
そのように思われたり、期待された方は☆評価やフォロー、感想をいただけると励みになり、大変嬉しいです!
よろしくお願いします!
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