第6話ほころび※


「聖女様!」


 王城の敷地内に神意を帯びてそびえ立つ聖女の塔。その聖女の私室で私は忌まわしげな表情を隠せなかった。


「何ですか?」


 入り込んできた侍女の一人を睨み付ける。侍女は怯んだ様子を見せたが、なんとか踏みとどまり、言葉を発する。


「魔物が王都内に侵入したようです」

「それがどうかしたの? それくらい知っているわよ。騎士団が撃退したんでしょ? 何も問題はないわ」


 そんなことくらい伝えられるまでもなく私は知っている。

 この私、聖女ミスティアはあの偽・聖女アルメティニスを追放し、聖女の座に座った身だ。

 それにはこのアルカコス王国一の大貴族ゴルドバーグ公爵の力に大いに助けて貰っている。

 勿論、私自身が聖女として絶対の資格であり、稀少中の稀少の力、奇跡魔法の力に目覚めたのが何よりも大きいのは当然のことなのだけど。

 言っておくけれど、私はただ祈りを捧げて民を守るだけみたいな聖女で終わるつもりはない。

 聖女の立場を活かして、この王国内でも権力を握るつもりだ。

 そのためにゴルドバーグ公爵とは強固な協力関係を結んでいる。あの偽・聖女であり、下賤の身であるアルメティニスを首尾よく追放できたのもそのおかげだ。

 だから、ゴルドバーグ公爵のルートで王都に魔物が侵入し、そして、騎士団の手によってすぐに撃退されたことくらいは知っている。この侍女は私を馬鹿にしているのかしら?


「で、ですが……」

「何よ。何が問題あるというのですの?」

「い、いえ。聖女様がいらっしゃるのに魔物が王都に侵入するなんてことは先代の聖女様の時も先々代の聖女様の時もなかったことですので……」


 その言葉にカッとなった私はツカツカ、と意識して足音を立てて侍女に歩み寄ると思いっ切り平手打ちをかました。

 悲鳴を上げて、侍女が倒れ込む。


「だから、何よ? 私の聖女としての力が劣っているとでも言うの? 先代の聖女が偽物であったことは貴方たちもよく知っているはず。あの偽・聖女、アルメティニスに劣っているなんてことは絶対にありえないわ」

「は、はっ……」


 見れば侍女の頬は腫れている。いけない。つい力が入っちゃったかしら。


「ですが、聖女様……」

「うるさいわね……出て行きなさい! 私は忙しいのよ! これからゴルドバーグ公爵の紹介で他の有力貴族の方々とお会いしなければいけないのだから」

「そ、それは聖女様のすることではありません! 聖女様は偉大なる神に祈りを捧げ、この王都を、いえ、この国を守護の力で守って……」

「もう古いのよ。そういう聖女」


 全く。この侍女にはイライラさせられる。

 分かってはいたが、この侍女は先代聖女。偽・聖女のアルメティニスに思い入れがあるようだ。あんな下賤の女で、しかも奇跡魔法だって偽物だったのに、何を慕っているというのか。


「聖女もこれからは新しくなければなりませんわ」


 私は言葉を取り繕い、そう話す。何か言いたそうな目で侍女が私を見ていたが、「分かりました」と頷くと侍女は退室する。

 ふん。ムカつく女ね。聖女の権限で首にしてあげようかしら。

 この聖女の塔の侍女たちが日々食い扶持にありつけているのも全ては私という聖女がいるおかげだというのに。

 それが町に少し魔物が侵入した程度でなんだというのだ。

 騎士団がすぐに撃退できたと言うし、大体、下賤の者が何人か犠牲になったところで別に構いはしないではないか。


「それよりゴルドバーグ公爵だわ。この国で力を持つ貴族の方々に顔を覚えていただかなければ」


 片田舎とは領主の家に生まれた私には高貴な血が宿っている。あの偽・聖女アルメティニスなどでは私の品格の足元にも及ばない。だから私はそれに相応しい人間になる必要があるのだ。

 そのためにまずはこのアルカコス王国で絶対的な地位を得る。そのために多くの貴族と交流を持たなければならない。

 貴族たちと交流を持つことはアルメティニスだってやっていたというのだから聖女としてそこまで異端というわけでもないだろう。そのためなら一般大衆に対する祈りなんて後回しにするというものだ。


「ふん。衛兵、付いて来なさい。聖女たる私に何かあったらどう責任とるつもりですか?」

「はっ!」


 聖女の塔内に配置された衛兵二人を引き連れて私はゴルドバーグ公爵の所に向かうことにする。だが、その途中で思わぬ人物と出会った。


「聖女ミスティア様……」

「あら、これはプリマシア王女様。ご機嫌麗しゅう」

「あまり麗しくないのですけどね」


 何があったのかプリマシア王女は幼く可愛らしい顔たちに嫌悪の色を浮かべて私を見る。そんな顔をされればこちらも不機嫌になるのが世の道理。


「……何か、言いたいことでも?」

「……王都に魔物が侵入したそうですね」


 ああ、こいつもその話か、と私は嘆息したくなるのを堪えた。

 だから、なんだと言うのだ。王都に魔物の一匹や二匹が入ろうと聖女たる私には関係ないではないか。


「アルメティニス様が聖女の頃はこのようなことはありませんでした」

「…………」


 だから……なんだというのだ! 思わず私は王女を睨み付けていたが、王女も負けじと私を睨み返す。


「アルメティニス様はこの国の民の平和を第一に考え、一心に神に祈りを捧げる聖女様でした。貴方は、それを行っているのですか?」


 この王女は……子供の癖に分かったような口を利く。

 そういえばプリマシア王女はアルメティニスと親しかったとゴルドバーグ公爵から聞いたわね。アルメティニスから聖女の立場を奪い、追放するのにも最後まで反対したとか。

 お仲間がいなくなって情緒不安定にでもなっているのだろう。王女とはいえ、まだ子供なのだ。

 それを思えばよくできた性格の私は大人として、聖女として、諭してあげなければならないだろう。


「プリマシア王女様が先代聖女と親しかったのは聞いております。今もそれで不機嫌なので……」

「不機嫌なのはそれだけが理由ではありません」

「あら、では理由の一つとは認めるということで?」


 まさに言葉尻を捕らえるというヤツだが、それくらいの話術がなければ魑魅魍魎あふれる王城の中では生き残っていけない。

 王女は言葉に詰まった。


「これから私には聖女としての大事な用事がありますので。これで失礼しますわ」

「……民のためを思って祈ること以上に聖女として大事な用などないでしょうに」

「何か仰いましたか?」


 王女の態度は相変わらず不快だ。思わず足を止めて、王女を睨み付ける。王女もこちらを睨み返したままハッキリと言った。


「先代聖女、アルメティニス様に貴方は遥かに劣りますね」

「はっ……私があの女に劣るとは、ご冗談もほとぼどに」


 馬鹿なことを、と怒鳴りたくなるのを必死の理性で堪える。一応、聖女と王女ではどちらが立場が上かは曖昧なところがあるのだが、一方的に怒鳴りつけるとさすがに角が立つ。

 煽ってきた王女の側にも非は充分にあるとは思うのだが。

 それにしてもアルメティニスなんて下賤の女に劣るなんてことはありえない。私の方がよほど、聖女の座に相応しい。天もそれを望んでいるからアルメティニスから奇跡魔法の力を取り上げ、まるで代わりのように私にその力を授けたのだ。


「天意は私を選んだのです。あの女ではなく。それは王女様とて認めるしかないことですよ」

「果たしてそうでしょうか……?」


 この女……今後に及んでまだ私に、聖女にケチを付けようと言うのか。生意気な女だ。ガキの癖に。


「まぁ、私はゴルドバーグ公爵と用事があるので二回目ですが、これで失礼しますわ」

「失礼ながら、何の用事ですか?」

「……無論、聖女の役目を果たすための用事です」


 ハッキリと私は言ってやり、何かを言いたそうな顔になった王女には構わず、衛兵を連れてその場を立ち去る。


「あのように私欲に満ちた者が聖女など……」


 後ろで王女が何か言っていたようだが、聞こえなかった。

 私は私の栄光のための第一歩を踏み出すべく歩き出す。堂々とこの王城のレッドカーペットの上を歩ける。そのことに我が身の栄光の運命を確信しながら。



 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 魔物撃退の裏には主人公たちの活躍がありますが、それは次の話で!

 この調子で主人公たちは活躍し、追放者はどんどん凋落していきます。


 主人公の召喚獣無双が見たい。

 百合百合な女の子同士のほんわかやりとりが見たい。

 追放者がこのままざまぁされていくのが楽しみ。


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