第2話最強の力



「ふぅ……この部屋とも今日で最後ね」


 私はそれなりに住み慣れた聖女の塔の自室を見渡して、呟く。


 出る声音はどうしても気落ちしたものになってしまう。


 そこまで聖女という立場にこだわりがあった訳でも、何が何でも聖女でいたいというような名誉欲はなかったつもりなのだが、これまで聖女としてがんばってきたつもりだったのに、それらを全て否定されたようで、そのことがとにかく悲しかった。


 聖女の部屋は高貴な人間の部屋とはいえ、王家や貴族の人間の部屋と違って豪華絢爛という訳ではない。


 流石に用意されている家具はそれなり以上に上質な品質で作られていものだし、ベッドのやわらかさも白いシーツの心地良さも平民時代とは比べ物にならないが、見るかに派手でお金のかかっていそうなものはない。


 食事も前も言ったが味も素っ気ない精進料理ばかりだ。


 それでも私は聖女としての生活が気に入っていた。


 それも、今日で終わり。


 奇跡魔法が使えなくなり、後任の聖女としてミスティアが来た以上、追放されるのも当然だろう。


「この部屋はミスティアの部屋になるのね……」


 聖女として人を悪く思うのはどうかと思うが果たしてあのミスティアに聖女の役割が務まるだろうかとは思ってしまう。


 私の知っているミスティアは私が聖女になる前の頃なので分からないが、彼女はそれなりの身分の家の息女として生まれたことを鼻にかけ、私のような下賤の身分の者を見下す性格であった。


 それでも奇跡魔法さえ使えれば聖女の役割は務まるのだろうか。


「聖女たる者。助けを求める者にはその者がどのような人間であれ、身分であれ、他国のものであれ、全て境無く施しを与え、人々を幸福に導く……」


 それは先代の聖女様から私に伝えられた聖女の第一の教えであった。私はそれを守り続けてきたつもりだ。


 最後に次の聖女になるミスティアにそのことだけは伝えておこうと思い、この部屋を引き渡すまでは残ろうとしたのだが。


「偽りの聖女よ」


 ノックもなしに部屋に入ってきた数人の兵士の硬質な声に意識を引き戻される。


「誰です?」

「我々はゴルドバーグ公爵麾下の者だ」

「聖女を騙った者を一刻も早くこの王城から追い出せと公爵様からご命令を受けておる」

「それはなりません。私には聖女として次の聖女に聖女の役目を伝授する義務が……」


 それは当然のことだ。そう主張したのだが、兵士たちは下卑た笑い声を漏らした。聖女の塔という一応、このアルカコス王国内で一番、神聖な場所とされている所にはまったく似合わない笑い声だった。


「まだ聖女のつもりでいるのか」

「お前はただの偽聖女だ。罪人だ」

「お前が新たな……いや、真の聖女様に教える事など何もない。とっとと出ていけ」

「ですが……」


 もう聖女でなくなった身には何を言う権利もないというのか、あまりのことに憤慨しそうになるが、それも聖女のすることではない。


 いや、元・聖女。あるいは偽りの聖女だが……。


「分かりました。出て行きます」

「それでいい」

「あの……不躾ですが、路銀はおいくらくらい、いただけるのでしょうか?」


 こんな下世話なことを訊ねるのも聖女としてどうかと思うのだが、王城を追放され王都も出るとなるとお金が必要になる。


 国王陛下に言われた通り、故郷の村に戻るつもりだが、村は王国内でも端の端。辺境にある。


 そこまで旅するのに路銀は必要だろう。まず水と食料を買わないといけないし、護衛を雇う必要もある。


 奇跡魔法が使えなくなった今の私はただの15の小娘。武芸を嗜んでいる訳でもない。野党はもちろん、下級の魔物に襲われても命が危うい。


 だが、兵士たちはまた声を上げて笑った。いや嘲笑った。


「何を生意気なことを言っている。お前は身一つでここから出て行くんだ」

「勿論、今着ているその聖女の衣は脱げよ。なんなら、オレが脱がしてやろうか?」

「金なんて自分で稼げよ。お前、顔はいいんだから、体売れば少しは稼げるだろう?」

「なっ……」


 聖女でなくなった以上、この神聖なる衣を着ることを許されないのは分かっていたがこんな下卑た言い方はないだろう。しかも、何も与えられないで出ていけというのもひどい。


 故郷の村にどうやって帰れと言うのだ。手ぶらで今すぐ王城はまだしも王都からも出ていくのでは、文字通り、路頭いやそれ以下の場所に身一つで放り出されるも同然。


 いくらお金に困っているとは、仮にも聖女であった者がまさか春を売るというのは神様への冒涜ですらある。絶対にその手段だけは実行できない。


「本来ならお前は処刑される立場だったんだ。そうならないだけありがたいと思ってさっさと出ていけ」

「それとも、ここでオレたちが殺してやろうか?」

「…………」


 貴族が抱える兵というのは基本的に私兵である。統括する主の性格が表れるものなのだが、ゴルドバーグ公爵はアルカコス王国最大の貴族とされているのにどうしたものか、と思わざるを得ない。


 人を悪く思うのはやはり聖女としてはあってはならないことなのだが。


「……分かりました。すぐに出て行きます」


 どうすればいいのかと絶望感を覚えつつも、本当にすぐに出て行かないとどうにかされかねない。せっかくプリマシア王女様の必死のご嘆願で救われた命だ。無駄に散らすことは王女様にも申し訳ない。


 ……とはいえ、幼い内に聖女候補として王城に迎え入れられ、その後は外の世界のことなどまともに知らない私が奇跡魔法も聖女の立場も失って外の世界に出てやっていけるのか。


 そのことに暗澹とした思いを抱くなというのはいかに聖女であった身としても厳しいことだろう。



 私は身なりを変えて、聖女の衣から一般の市民が着る服に着替えて、文字通り、身一つで王城から放り出された。


 流石にボロボロの服を渡されるようなことはなかったが、貴族が着るような高価な服という訳でもない。普通の平民の服だ。


 長く伸ばした髪の毛に挿していた聖女のかんざしなども奪われ、聖女の腕輪などもない今の私を見ても誰も聖女アルメティニスだとは思わないだろう。


 つまり、元・聖女ということで情けをかけてもらって見知らぬ人に助けられることはほとんど期待できないということである。


 甘い考えを抱いていたのはわかっているが、こうも厳しい現実に直面させられるとため息の一つも付きたくなるもの。


「結局、温室育ちのお嬢様でしかなかったのね。私も……」


 元が平民の出とはいえ、10歳で王城に招かれてからは生活に困ることなどなかった。そのツケが今、回ってきただけという話。


 つらくてもむずかしくても、なんとかして外の世界で生きていかなければならない。


 とりあえずまずは故郷の村に帰るだけの最低限の資金を稼がなければ。


 王城だけではなく王都からの追放も命令のうちだが、お金もなく、武器もなく、護衛もなく、城壁で守られた王都の外に私のような年若い女が出て行けばどんな目に遭うか分からないほど愚かではない。


 命令に背くことになってしまうが、せめてしばらくは王都のどこかで下働きでもしてお金を稼がないといけない。


「与えられた状況に絶望ばかりしていても仕方がない……。なるべく前向きに考えましょう。どんな状況でも前に進むという意志さえあれば希望をたぐりよせることはできるはず!」


 自分に言い聞かせるようにして私は城下町、すなわち王都に足を進める。


 その途中、いきなりトラブルに巻き込まれてしまった。


 一人の幼い少女が三人の男たちに絡まれていたのだ。いや、絡まれているどころか暴力を振るわれている。


 少女は今の私よりも余程、みすぼらしい身なりをしており、資金的に恵まれた立場ではないことが伺い知れる。


 いかに繁栄を極めるアルカコス王国の王都とはいえ、貧民層がいないわけではないのだ。


 そんな少女はなにか男たちの不興を買ってしまったのだろう。男たちは少女に殴る蹴るの暴行を加えている。


 周りの人間も見知らぬ少女を庇ってトラブルに巻き込まれるのはごめんだと見て見ぬふりだ。憲兵もどうやらこのあたりにはいないどころか憲兵を呼びに行こうとする人間すらいないようだ。


「やめなさい!」


 ここは私も他の大勢の人々同様、見て見ぬふりをして通り過ぎるのが利口。それは分かっていたが、小さな体を殴られたり蹴られたりして既に体中にあざを作っている少女を見捨てることなどできない。


 今、私が聖女としての力を失っていることなど関係ない。聖女の力も資格もないかもしれないが、先代の聖女様より教わった困っている人を助けるという聖女の精神だけは失っているつもりはない。


 男たちはとんだ闖入者の私を見て、少女への暴行をやめる。代わりに私を取り囲むようにする。


「なんだぁ。お嬢ちゃんはぁ」

「オレたちに文句があるのか?」

「へへっ、よく見ればこのお嬢ちゃん。あのガキよりよっぽど上質な女じゃねえか。ツイているぜ」


 男たちは下卑た目で私を見ながら、好き勝手なことを言う。


「…………」


 どうするか? 私は考える。


 聖女としての力。奇跡魔法が使えればこんな男三人。敵でもない。しかし、その力は既に私からは失われている。


 今の私はか弱い15の女でしかない。


「オレたちと一緒にこいよ、お嬢ちゃん。可愛がってやるよ!」


 そう言って男の一人が私に手を伸ばす私は反射的に自分を庇うように動き、


 その瞬間。


 天を割った光が男の一人に降り注いだ。


「ぎゃ、ぎゃあああああ!」


 光は男の体を跡形もなく消滅させた。


 何が起こったのかは私自身ですら分からない。


 聖女の力を失った私が何をしたというのだ? いや、これはそもそも私がしたことなのか?


「な、なんだ、こいつ!?」

「や、やばいぞ!」


 言っている内に残った男二人は逃げていく。


 私は自分の身に起こったことが理解できず、助かったという安堵以前に呆然としてしまうのだった。



 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!

 追放された聖女アルメティニスはやさしき心を抱いたまま最強の力を手にしどん底から成り上がり、可愛いロリたちなど仲間に恵まれ、やがて最強に至ります。

 一方で追放した者たちは没落していきます!

 追放もののテンプレを踏襲しつつ、この作品ならではの面白味で盛り上げていきます!


 どん底からのアルメティニスの成り上がりが楽しみ! 最強召喚術の無双が見たい! 追放者ミスティアたちのざまぁが待ち遠しい。


 そのように想ったり、期待された方はよろしければ☆ポイント評価やフォローをしていただけたり、感想をいただけると非常に励みになります!

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