第7話 悪鬼ふたたび 宮簀媛の力 参



午後9時50分。



私と草薙くさなぎさんが新中町の近くの公園に行くと既に国家なんとかの人は私たちを待っていた。その人は以前の事件の時と同じ人だった。


新中町はこの都市では1番の歓楽街かんらくがいだ。


この歓楽街って言うのは私には良く判らないけど、大人の人達がお酒を飲んだりするお店がひしめき合ってる場所みたい。


それ以外の得体の知れないお店もあるみたいだけど草薙さんは教えてくれない。


そして夜になると沢山の人達で賑わっている。


そう言えば「紅い剣」事件の時もこの公園だったなぁ、なんて私が思っていたら国家なんとかの人が草薙さんに話しかけて来た。


「申し訳ありません。また、未成年の貴女方に協力を要請する事になってしまいました」


「いえ構いません。アイツには警察の通常の武器は通用しませんから」


草薙さんは事も無げに答える。

ちなみに桜子さくらこは公園の1番奥深い場所にシーツの上で眠らせている。

まだ桜子は眠っている。


「ところで食人鬼は今どこに居るのか判明はしているのですか ?」


「判明もなにも」


草薙さんの問いかけに国家なんとかの人は歓楽街の外れで毛布にくるまって座り込んでいる人影を指さす。


「アイツです。アイツが食人鬼です。間違いありません」


「なるほど。アイツの目的はアタシへの復讐だから、隠れている必要も無いって事か」


草薙さんは納得したようにつぶやく。


「アイツも貴女との戦いに専念する為か1人の犠牲者を出してからは目立った動きはしておりません」


「判りました。アイツも余計な騒ぎを起こして体力を使いたくは無いでしょうから、アタシが姿を見せるまでは動かないでしょう」


国家なんとかの人は慎重に草薙さんに尋ねる。


「そのお言葉を信じても宜しいのですね ?」


「はい」


草薙さんは胸元からお母さんの形見を引っ張り出して食人鬼の方にかざす。

お母さんの形見は静かに発光している。


「今のアイツは深い眠りについています。体内に「力」を蓄えているようですね。アタシが声をかけるまでは動かない筈です」


「・・・・判りました。えっと、その。お母上の形見からは以前よりも強いエネルギーのようなモノを感じますが」


その言葉を聞いた草薙さんはニッコリと微笑む。


「サスガですね。アタシもあれから色々とありましたから。こちらの音美おとみの協力も大きいと思っています」


「貴女にもご足労をおかけしてしまい申し訳なく思っています」


え ?

なに ?

おとなしく2人の話を聞いていた私はいきなりの視線を感じてドギマギしてしまう。


「あー、えっと。私は何もしてませんよぉ。いつも草薙さんにお世話になっているだけですし。あの、頭をお上げ下さい」


私はワタワタと両手を身体の前で降る。

だって、国家なんとかの人が私に向かって深々と頭を下げてるんだもん。

私の方が申し訳ない気持ちになっちゃうよぉ。


国家なんとかの人は頭を上げて私の眼をじっと見てる。

それから少し笑みを浮かべて草薙さんに語りかけた。


「とても素直で真っ直ぐな良い眼をしていらっしゃる。貴女のパワーアップの要因が判ったような気がします」


それを聞いた草薙さんは自分がめられるより誇らしげに言った。


「はい。この狸さんの良さを判って頂けてアタシはとても嬉しく思います」


「だから、狸って言うな! 」


私は言ってしまってから赤面してうつむいてしまう。

思わずその場がひそやかな笑いに包まれる。

うぅ。これじゃ私はさらし者じゃないかぁ。


それから草薙さんは真面目な少し緊張した顔つきになる。


「アイツの事ですがアタシに復讐を挑んできた以上、アイツも何らかのパワーアップをしていると思います」


「自分もそう思います。何も出来ない自分達を悔しく情けなく思います」


国家なんとかの人は血が出るかと思うほど唇をみしめる。


「アイツは常識では計り知れない超常の生物ですから。超常の力で無ければ倒す事は出来ません。お気になさらずに」


「それでは、人通りが少なくなる午前0時に作戦決行で宜しいですか ?」


国家なんとかの人の言葉に草薙さんは頷く。


「はい、それで結構です。それまでにアイツが動き出すようなら連絡を下さい。念を押しておきますが、くれぐれもこちらからは手を出さないようにお願い致します」


「了解しました。我々はアイツの監視を続けます。それでは」


国家なんとかの人は軽く敬礼をして立ち去って行った。





「ねぇ、アイツもパワーアップしてるってホントなの ?」


音美は公園の奥深く、未だ眠り続けている桜子の横に座り込んで草薙に尋ねる。


「えぇ。アイツも無の世界からよみがえってアタシに復讐を挑んで来たワケだから。それなりの「新しい力」をさずけていると思うわ。アイツを甦らせたヤツは」


「甦らせたヤツって! 裏で手を引いてるヤツがいる、って事よね ? 」


音美の問いかけに草薙は神妙な面持ちで答える。


「そうね。無の世界から何かを甦らせるなんて普通に考えたらあり得ない事だから。因果律に反する事だから。そんな、あってはならない途方も無い事をヤツはしたのよ」


「・・ソイツがコンタの言ってた600年後の人類に干渉したヤツなのかしら ?」


音美が不安げに尋ねる。


「さぁ、どうかしらね。アタシはその可能性は高いと思うけど。現時点では情報が少なすぎて何とも言えない。これから始まる食人鬼との闘いで少しは情報が得られると良いんだけど」


草薙の言葉にしばらく黙り込んでいた音美がポツリと口を開く。


「やっと、判った。桜子を強引に連れてきた理由が」


「えぇ。桜子はまだ宮簀媛みやずひめに覚醒していないし、宮簀媛がどんな「力」を持っているのかも判らない。食人鬼との闘いではこの場で「大きな力」がぶつかり合うから、それに触発されて宮簀媛が目覚めるかも知れない。それを見極め無ければ桜子を戦闘に参加させるワケには行かない」


そう言って草薙は眠っている桜子の頬を優しくいつくしむかのように撫でる。


それを見ていた音美は嬉しそうな声を出す。


「良かったぁ。草薙さんがちゃんと桜子の事を考えてくれていて」


「そんなの当たり前でしょ。アタシ達はチームなんだから」


そう言いながらも草薙は照れたようにソッポを向く。


「あれぇ ? 草薙さん、照れてるのぉ ?」


「うるさい !アタシは 照れてなんかいない ! 」


ちゃかす音美に言い返す草薙の顔は少し赤く染まっている。


「わぁ。照れてる草薙さんって、超カワイイ! 」


「なんですって ! 」


こうして2人はしばしの間、じゃれ合っているのであった。


音美には判っていた。


私も怖いけど草薙さんだって怖いのだ、と。


怖さを知っているからこそ、人は強くなれるのだ、と。






午前0時。



草薙は毛布に包まっている食人鬼と対峙していた。


右手には光の剣が光っている。


音美と国家公安委員会の人達は公園内で待機している。


人影が無くなった通りに草薙の声が響く。


「食人鬼 ! アタシよ、草薙ターニャよ ! 2度と現れないように分子レベルで滅してやるわ ! 」


しかし、食人鬼はピクリとも動かない。

草薙が少し距離を詰めようとした、その時だった。


「死ねぇぇぇっ! 」


叫び声と共に食人鬼が飛び出して来た。

銀色の長い爪を鈍く光らせて。

草薙はヒラリと身をかわす。


振り返りざまに爪が襲いかかって来たが草薙は光の剣でそれを受け止める。

それから次々と食人鬼が波状攻撃をして来るが草薙はそれらを全て弾き返す。

風のように軽やかに。


それは可憐な少女がつるぎまいを踊っているようだった。



「スピードは以前と変わって無いわね。ヤツから新しい「力」は貰ってないの ?」


食人鬼はそれには答えず少し距離を取る。


「・・・・確かにお前は以前の2倍、いや3倍は強くなっているな」


「まぁね。答えなさい。アンタを甦らせたのは誰なの ? 滅する前にヒントくらいくれないかしら」


「ふざけるなぁぁぁ ! 」


怒り狂った食人鬼は更に激しい攻撃をして来るが、そのことごとくを草薙に弾き飛ばされる。

草薙の光の剣も食人鬼を切り刻んではいるが致命傷にはなってはいない。

一進一退の攻防が続いているが草薙の方が押しているように見える。


音美は公園内で固唾かたずを飲んで見つめていた。

両手を組んで祈るように。

その手には長老さまのネックレスが輝いている。


「戦局はどうなっていますか ?」


国家公安委員会の人物が音美に語りかけて来る。

無理もない。

通常の人間には目視できないスピードで草薙たちは戦っているのだから。


「草薙さんが押してます。いけます」


音美が静かに答える。

草薙とずっと一緒に行動して来た音美には判る。

今の草薙が食人鬼を凌駕りょうがしている事を。


「草薙さん、頑張って」


音美が組んでいる両手にも力がこもる。

長老さまのネックレスが輝きを増す。



「ハァハァハァ」


先に息が上がったのは食人鬼の方だった。


「もう、おしまい ? ホントにヤツから「力」を貰って無いの ?」


草薙は冷静に問い詰める。

そこに油断は見られない。


「ヤツの事も多分、教えては貰ってないみたいね」


息を荒らしている食人鬼は答えない。


「判った。それなら完全にお前をめっする」


草薙は息を整えると光の剣を掲げる。


草薙くさなぎつるぎ。素粒子レベルでアイツを滅せよ」



ブワッ



草薙の周囲で風が舞い上がる。

草薙の身体が金色こんじきに輝く。

そのまま草薙は高く舞い上がり食人鬼に光の剣を振り下ろす。


その時だった。


草薙は妙な違和感を感じた。

食人鬼が余裕のある笑みを浮かべている。

草薙は咄嗟とっさに草薙の剣の力を弱めた。


「かかったな ! 」


そう言って食人鬼は空に向かって叫び声を上げた。


すると。


食人鬼の周りから黒い炎のようなモノが湧き上がる。

草薙の光の剣も身体を輝かせていた金色の光も消え失せてしまう。


「チッ」


草薙は舌打ちして距離を取る。

そして公園内へと駆け出す。

食人鬼の身体が発光を始める。さっきまでの草薙のように。


その遥か上空に1つの人影があった。

重力を無視するように浮かんでいるその人影は面白そうに呟いた。


「これで草薙の剣は使えまい。どうする、草薙ターニャ」






「大丈夫、草薙さん ? 何が起きたの ?」


走り込んで来た草薙に音美はいたわるように声をかける。

しかし、草薙はハァハァと荒い息を吐くだけで喋る事が出来ない。

音美はバッグから薬草水のペットボトルを取り出して草薙に渡す。


ゴクゴクと喉を鳴らして薬草水を飲んだ草薙は、ふぅと深い息をつく。


「アイツに草薙の剣の力を吸収された。アイツにはもう草薙の剣の力は使えない」


「・・・・そんな、そんな事って」


草薙の言葉に音美は絶句する。


「事実よ」


そんな草薙の言葉が聞こえないかのように音美はうつむいて震えている。

しかし、すぐに顔を上げた。

何かを決意したように。


「判った。私が、弟橘おとたちばなが戦う」


音美の言葉に草薙は眼を丸くする。


「本気で言ってるの ?」


「当たり前でしょ。今、私が戦わなくて誰が戦うのよ! 」


草薙はそんな音美をいきなり抱きしめた。

音美を草薙の香りが包む。

あぁ、もう草薙さんとはお別れなんだ、と音美は覚悟を決める。


「ふふ、震えてるじゃないの。狸さん」


「だから、狸って言うな」


音美の声は涙声になっている。

それでもしっかりと草薙の華奢きゃしゃな身体を抱きしめ返す。

自分がこの世に生きていたあかしのように。


「ありがとう、音美。アナタの覚悟は受け取った。でもね、何か忘れてない ?」


「・・・・何か、何かって何なの ?」


音美は不思議そうな顔で聞き返す。


「アタシには草薙の剣のほかにも使えるモノはある」


「草薙の剣の他って・・・・あっ、そうか !」


音美は何かを思い出したようだった。


「そう、アレを使うのよ」


「草薙さん、草薙さん、草薙さぁん !」


音美は緊張が解けたのか大きな声で泣き始めた。

そこへ国家公安委員会の人物が駆け寄って来た。


「すみません、お話は聞かせて頂きました。まだ、策はあるのですか ?」


「はい、あります」


草薙は自信たっぷりに言い切った。


「それに」


「それに ?」


国家公安委員会の人物はいぶかし気に尋ねる。


「草薙の剣の力はそんなに簡単に使える力ではありません。アイツも吸収して戸惑っているでしょう。今がチャンスです」


「・・・・判りました。いずれにせよ自分達は貴女に託すしか無いのですから」


それから草薙の指示を聞いた国家公安委員会の人物は足早に立ち去った。

草薙はまだ泣きじゃくっている音美を抱きしめながら食人鬼の方を見つめた。

食人鬼は発光しながらも、もがき苦しんでいるように見える。


「勝負はこれからよ。食人鬼」






同時刻。




公園の奥深くで眠っていた桜子は眼を開いた。


とても強力な「力」を感じたからだ。


起き上がった桜子は、ここが新中町の外れにある公園内である事を認識した。


その強力な「力」は公園の入り口付近で感じられた。

そして、ここには自分1人しかいない事も。

つまり。


あたしは置いていかれたのだ。

足手まといになるから。

草薙さんや音美さんが死をも覚悟して戦っているのに。


桜子は右手でこぶしを作り、それを芝生に叩きつけた。


「・・・・くやしい」


桜子はまた拳を叩きつける。


「悔しい、悔しい」


桜子は拳を叩きつけ続けた。


「悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、」


桜子の右の拳は皮膚が裂け血が滲んでいたが、叩きつけるのを辞めなかった。


「悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しいよぉぉぉ!」


桜子は絶叫していた。


「草薙さんと音美さんは命を掛けて戦っている。それなのにあたしは、あたしは」


桜子の両眼からは涙が溢れている。


「宮簀媛 ! ホントに貴女があたしの中に居るのなら、あたしに力を与えてよ !」


桜子は涙を溢れさせながら、またも絶叫した。


「あたしに2人を助ける力を ! あたしはどうなっても構わない。だからあたしに力を ! 力を与えてよおぉぉぉぉぉ !」


桜子はそう叫びながら泣き崩れ落ちる。


しばらくすると自分の周りが白くなっている事に気づいた。


「なに、これは ?」


桜子は自分が真っ白な空間の中を漂っている事に戸惑っていた。







つづく




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