第6話 悪鬼ふたたび 宮簀媛の力 弐



「アイツってアイツなの!? 」



咄嗟とっさに私はワケの判らないセリフを口にしてしまった。



「アナタは誰の事を言ってんのよ。たぬきさん」



草薙くさなぎさんからはドSの眼で言い返されてしまう。



「だから、狸って言うな!」


かろうじて反撃する私の声も弱々しい。


「・・・・あのう」


そんな私に代わって桜子さくらこが質問する。


「国家公安委員会からの連絡って事は、それはつまり」


草薙さんは少し緊張した顔で答える。


「そう、食人鬼よ。アイツがまたあらわれたみたい」



食人鬼。


この名前を私は生涯、忘れる事は無いだろう。


草薙さんが左腕を切断されて私が弟橘媛おとたちばなひめに覚醒した事件なのだから。

あっ、詳しく知りたい方は第1部を読んでね。


「でも、おかしいわね」


草薙さんはあごに手を当てて考えこむ。


「・・・・アイツらは一族ごとめっした筈なのに」


「あの」


桜子がおずおずと声を上げる。


「その、滅するってどういう意味なのですか? 」


しかし、草薙さんは考え込んでいて答えない。

桜子が私の方を見る。

え ? 私に聞くの ?


「私に聞いてもムダだからね。私だってワケわかんないだから」


それを聞いた草薙さんがプッと吹き出す。

何よ。私はフツーの女子高生なんだからね。

そんな事、判るワケ無いじゃない!


「確かに音美おとみには判らないわよね」


草薙さんがクスクスと笑いながら言う。

さっきの深刻そうな顔が少しやわらいだみたい。

読者の皆様方は勘違いしてるかも知れないけど、私はえてやってるんだからね。チームの中には私みたいな潤滑剤じゅんかつざい的な存在は必要なんだから。念のためにもう1度言っておくけど。私は、あ・え・て、やってるんだからね。天然なんかじゃ無いんだからね!


「アタシは異形いぎょうのモノ。「そこには存在しない何か」はソイツが元々居たところへ帰すようにしてる。異形のモノだからと言ってもソイツらだって生きている。アタシ達とは違う生命体だとしてもいのちは命なんだから。でも」


「でも ?」


桜子が草薙さんの言葉の続きをうながす。


「アイツらは、食人鬼たちは人を喰らう事を目的としている。アタシ達にとっては明確な敵。らなけけぱられる。だからしたの。これが滅するって事。アタシは異形のモノを帰す時も滅するって言う時はあるから、ちょっとややこしく感じる事もあるかも知れないわね」


「・・・・なるほど。判りました」


桜子は納得したように頷く。


「でも、アイツが現れたって事は ?」


私の質問に草薙さんは再び緊張した顔つきになる。


「何者かがアイツをよみがえらせたのよ。無の世界から」


「そんな事が可能なの ? 」


再度の私の質問に草薙さんは両手を広げる。


「さぁね。アタシには無から「何か」を甦らせるなんて見当もつかない話だけど。でも現実に現れた、って言うんだから」


「国家なんとかの人達がそう言ってるのね」


そんな私を草薙さんは超ドSの眼でみる。


「国家公安委員会よ。ホントにいい加減に憶えなさいよ」


「うっさいわ! 」


そんな私達のやりとりを見ていた桜子が口を開く。


「あの、それで国家公安委員会の人からはどんな連絡が来たんですか ?」


「この街でまた殺人事件が起きたらしいの。マスコミには緘口令かんこうれいいてるみたい」


今度は私が質問する。


「でも、なんで食人鬼の仕業しわざって判ったの ?」


「殺人現場に血で書いてあったって。あの小娘を喰う為に俺は帰って来た、って」


私と桜子は絶句する。


特に私は身体中が震えるのを感じる。

またアイツと。

あの食人鬼と対峙しなければならないなんて。


「それで国家公安委員会の人は草薙さんに何て言って来たんですか ?」


「・・・・また、アタシ達に協力して欲しいって。勿論、強制じゃ無いけど」


桜子の問いかけに草薙さんは冷静に答える。


「私は反対だけど。でも草薙さんじゃなきゃ倒せないのよね・・・・」


「そう言う事ね。アイツには拳銃では歯が立たないし。それにアタシへの復讐が目的なら、アタシが姿を見せなきゃ犠牲者が増え続けるわ」


そう、草薙さんの言う通りなんだ。

草薙さんが姿を見せるまでアイツは人を殺し続けるだろう。

私も震えてる場合じゃ無い。


「判った。私も桜子も協力する。今度こそアイツが2度と現れないようにしようね」


「・・・・ありがとう。音美」


草薙さんが柔らかい笑みを浮かべる

うぅ、草薙さんカワイイ。特にさっきまでドSの顔をしてたから余計に可愛く見えるよぉ。

あれ ? こう言うのをギャップ萌えって言うのかな ? 知らんけど。


草薙さんの微笑みに思わず赤面してしまった私は照れ隠しの為、桜子に声をかける。


「私たちも頑張ろうね、って。どうしたのよ桜子 ! ? 」


桜子は下を向いて震えている。

そんな桜子の眼に光るモノがある。

桜子は涙を浮かべながらふるえていた。


草薙さんがゆっくりと桜子の前にひざまずき左手を肩に乗せる。


「どうしたの ? 桜子」


「・・・・怖いんです。あたし、怖くて怖くて」


桜子が震えながら呟く。


そうか。


桜子は人間以外の知的生命体と対峙するのは初めてなんだ。

これまで桜子が関わった事件では「何か」に囚われた人間が相手だったから。

ましてや、食人鬼なんて。


「誰だって怖いわよ。アタシだってそうなんだから」


草薙さんは桜子の肩を撫でながら、あやすように言う。


「・・・・判ってます、あたしだって頭では判ってるんです。でも」


「でも ?」


草薙さんは優しく問いかける。


「・・・・怖いんです。身体の震えが止まらないんです」


「・・そう」


草薙さんの右手が素早く動く。


「うっ! 」


桜子の身体がゆっくりと崩れ落ちる。


「ちょっと。桜子に何をしたの ?」


当身あてみよ。しばらく眠ってて貰うわ」


私は桜子を抱き起した。

息はちゃんとしてる。

ホントに気を失ってるだけなんだ。


「だけど、いきなり気絶させるなんて」


「時間が無いのよ。今夜もアイツは現れるだろうから」


抗議する私に向かって草薙さんは冷静に答える。


「国家公安委員会の人とは、もう落ち合う約束をしたのよ」


「それは何時いつなの ?」


私の問いに草薙さんが答える。


「今日の午後10時。さっきも言ったけど事は急を要するの。これ以上の犠牲者を出さない為に」


「了解。あっ、私や桜子の家族に連絡しなきゃ」


「それはアタシからしておくわ。女子会をするって。その方が話が早いだろうし」


確かに草薙さんから話して貰った方が話は早いだろう。

ウチの両親なんて私より草薙さんの方を信頼してるくらいなんだから。

そんな事を考えながらも私は未だ意識の無い桜子を見る。


「桜子はどうするの ?」


「勿論、連れて行くわ。この間の背負子しょいこを使ってね」


私は思わず反論する。


「無茶だよ。桜子は自分で戦った事なんて無いんだから」


「無茶は承知の上よ。桜子の精神力の強さは貴重な戦力になるし。何より宮簀媛みやずひめに覚醒するチャンスになるかも知れない。そんなに心配そうな顔をしないで。アタシが桜子は必ず守るから」


草薙さんにこんな事を言われたら私は反論なんて出来ない。

それに私だって色々な危険とも言える経験をしたから今の私がある。

これは桜子が自分のからを破って成長する為の通過儀礼なのかも知れない。


「判った。でも桜子の意識が戻ったらどうするの」


「薬草水を飲ませておくわ、睡眠作用がある。これで午後10時くらいまでは眼を覚まさないわよ」


それから私達は夕食を食べたりみそぎをしたりして食人鬼との決戦に備える事にした。

そんな中で私は聞いてみた。


「ねぇ、草薙さんは食人鬼を甦らせたヤツに心当たりがあるんじゃないの ?」


と。



「さぁ、どうかしらね」



私の問いかけに草薙さんは意味ありげな笑顔で答えるのであった。






つづく





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る