第5話 悪鬼ふたたび 宮簀媛の力




ソイツが眼をましたのは漆黒しっこくの闇の中だった。




光を一切感じられない、正にうるしり込んだすみの色のような黒さだった。


ソイツはゆっくりとき上がった。


まわりを見渡したソイツは自分の身体の感触を確かめた。



その時、不意に声が聴こえた。


「やっと目覚めざめたな、食人鬼しょくじんき


その声に抑揚よくようは感じられ無かった。

男なのか女なのか、年齢も判らない声だった。

食人鬼のソイツでさえ不気味に感じる声だった。


「このまま眼を覚まさなければ永遠に、このの中に置いておこうと思ったが」


「何だと? お前は何者だ?此処ここ何処どこだ?」


「質問は1つにしろ」


その声は相変わらず抑揚の無い声音こわねで言った。


「此処は無と呼ばれる空間だ。お前たちがあの小娘に飛ばされたな」


「・・・小娘? ・・・そうだアイツだ。アイツにって俺達はめっせられたんだ」


食人鬼はギリギリと歯軋はぎしりをした。


そうだ。


俺達の一族はあの小娘に滅せられたんだ。


あの、草薙くさなぎターニャと言う小娘に。



「私が何者かは訊くな。私にも明確な答えは出来ない」


「俺達の一族はどうなったんだ? 此処には俺しか居ないのか?」


その声は少し苛立いらだに言った。


「質問は1つにしろ、と言ったはずだが」


声に始めて感情らしきモノが感じられた。


「やはり、お前も無のままにしておくか」


「ま、待て。それだけはめてくれ!」


食人鬼はあせったように叫ぶ。


「この無の中でお前を再生してやったのだ。どれ程の力を使ったと思っている。因果律いんがりつそむく事をしたのだ。ありがたく思え」


「わ、判った」


食人鬼も理解した。

この声の持ち主は桁外けたはずれれのパワーを持っている、と。


「それでは1つだけ訊く。何の為に俺を再生したんだ?」


「ククククク・・・」


その声は冷たいふくわらいをした。

食人鬼でさえ身体が震えるような笑い声だった。


「お前はあの小娘を喰ってみたいのだろう? それをかなえてやる為だ」


「それだけの為に俺を再生したのか?」


しばしの沈黙の後、その声は言った。


「私は、あの草薙ターニャと言う小娘に興味がある。お前と闘わせる事で新しいデータを得られるかも知れない」


「おかしな事を言うな? 俺があの小娘を喰ったらお前の興味もそれで終わりだ」


「ククククク・・・」


その声はまた含み笑いをする。


「お前に喰われるのなら草薙ターニャは私の興味にあたいしない存在だったと言う事だ。しかし、お前は草薙ターニャを喰えると思っているのか? 前回は敗北したのに」


「あ、あれは小娘に力を補充しているヤツが異常とも言えるパワーを放出したからだ」


その声は食人鬼に答える。


「それは認めよう。しかし、それを差し引いても今の草薙ターニャはあの頃の数倍は強くなっているぞ。だからお前には新しい力をさずけてやる」


「新しい力? ぐわっ!」


食人鬼は頭を抱えてうずくまる。

そして、しばらくしてからうめくように言う。


「何だ? 俺に何をした?」


「それは草薙ターニャと闘えば判る。お前は現世げんせに戻って食糧を補充しろ。そうすれば、あの小娘も動き出すだろう」


その言葉が終わると同時に食人鬼は無の空間から現世へと引き戻されていた。






「ふぅ、今日もキツかったぁ」



私、橘音美たちばなおとみは草薙さんのマンションで大きな声を出していた。


今日は土曜日。


私と桜子さくらこはいつものように草薙さんのマンションで修行をしていた。


最近では修行と言うより実践的なたたかいの訓練が増えてきた。


今日も午前中は私と草薙さんは身体は座ったままでお互いの「力」のみで闘う訓練をしていた。

勿論もちろん、私がコテンパンにやられてるんだけど。


弟橘おとたちばなはサポートキャラなんだから。勝てるワケ無いじゃない」


そう言ってぶうたれる私に草薙さんは涼しい顔で言う。


「アタシだって草薙くさなぎつるぎの力は使って無いわよ。アナタも自分の身は自分でまもるくらいの戦闘力は身に付けて置かないとね」


「確かに600年後の未来から来たコンタの言う事は気になるけど。ホントに私達がその「桁外れのパワーを持つ強大な敵」とやらと戦わなきゃいけないのぉ」


草薙さんは腕組みをしている。


「アタシはそう思ってる。音美と桜子は自分自身が闘った事は無いから少しでも慣れておかないと。おっと」


草薙さんのスマホから通話の着信メロディが流れている。

草薙さんはスマホを取り上げて「はい、草薙ですが」と言いながら部屋を出ていく。

残された私は桜子に声をかける。


「どうしたの、元気が無いみたいだけど」


すると桜子が顔を上げる。


「音美先輩、あたしはこのままで良いんでしょうか?」


「えっ、桜子は良くやってるよ。宮簀媛みやずひめの力も使ってるし」


「その宮簀媛なんですけど」


桜子は下を向いてしまう。


「あたしは宮簀媛に覚醒かくせいしている訳では無いですから。そもそも宮簀媛の立ち位置って何なのでしょうか? 戦闘にいて役に立つのでしょうか?」


私が返事にきゅうしていると通話を終えた草薙さんが神妙な面持ちで部屋に入って来た。



「どうしたの? 何かあったの?」



私の問いかけに草薙さんは深刻な顔になった。



「悪いしらせよ」



「悪い報せ?」



草薙さんがうなづく。




「国家公安委員会からの連絡だった。また、アイツが現れたみたい」








つづく




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