第4話 後ろの正面だあれ? 四 後日談




「それでは、皆の活躍に対して乾杯!」




「かんぱい!」



「かんぱーい!」



カチンカチン



草薙くさなぎさんの音頭おんどに乗って何回目かも判らなくなったグラスを当てる音が響く。



私、音美おとみはほんの少しブランデーの入った薬草水やくそうすいのグラス。


桜子さくらこは、かなりブランデーの入った薬草水のグラス。


そして草薙さんに至っては、もはやウオッカの薬草水割りだ。



此処ここは草薙さんのマンションの草薙さんの部屋。

時刻は午後10時を回った頃だろうか?

慰労会いろうかいと言う名の飲み会が始まったのは。


えっと、二十歳はたち未満の良い子の皆は絶対にマネしちゃダメだからね。


さて、それでは何故このような慰労会が始まったのか? を説明せねばなるまい。




私達は光の柱を出現させて天満宮の地下に眠る全ての地縛霊じばくれいを浄化した。

しかし、それは初めて宮簀媛みやずひめの力を目一杯めいっぱい使った桜子には荷が重過ぎた。

光の柱が消滅すると桜子は倒れ込んでしまったのだ。


「桜子!桜子!」


私は顔面蒼白がんめんそうはくになって桜子を抱き起こそうとした。

でも。


「・・・あれ?」


私もその場に崩れ落ちてしまった。


「大丈夫? じゃ無さそうね、たぬきさん」


草薙さんが私と桜子を見ながら声をかけて来る。


「だから、狸って言うな・・・」


私がこのセリフをこんなに弱々しく言うのは初めてだ。


草薙さんは天満宮の境内にひざまずいてゆっくりと桜子を抱き起す。


「長老さまのネックレスでストッパーが掛かってるから命に別条は無いわ」


そして桜子を柔らかく抱きしめるとささやくように言う。


草薙くさなぎつるぎ。宮簀媛に力を与えよ」


草薙さんのお母さんの形見が静かに発光する。

そのあたたかい光は草薙さんと桜子を包み込む。

すると。


「・・・うーん」


桜子の口から呻き声が漏れる。

それと同時にお母さんの形見の発光も消える。


「これで良し、と」


そう言って草薙さんはまだ意識の無い桜子の頭を支えて口移しで薬草水を桜子の唇に流し込む。

桜子の喉を薬草水が通過するのを確認して、その身体を横たえる。


「これで大丈夫だけど意識が戻るまでにはもう少し時間がかかるわね」


それから草薙さんは私の方へにじり寄る。


「アナタは薬草水だけで大丈夫みたいね」


そして桜子にしたように私にも口移しで薬草水を飲ませる。

気管支に入らないように慎重に。


草薙さんの唇は、いつもより甘く感じられた。


それから草薙さんは自分も薬草水を飲んで、ほうっとため息をつく。

半時はんときほど座り込んでいた草薙さんは起ち上がってパンパンと身体を払う。

そして天満宮のおやしろの裏まで何かの確認に行って戻ってきた。


「いつまでも此処ここに居るワケには行かないわ。陽も傾いてきたし」


そう言って私に手を差し出す。


「どう? 1人で歩ける?」


私は差し出された手を握って起ちあがる。

そしてパンパンと身体を払う。


「私は大丈夫。でも桜子はどうするの?」


「アタシが駅までおんぶして行くわ」


「えぇっ!」


私はビックリしてしまった。

えーと、駅から此処まで結構あったよね?

それに草薙さんは小柄で華奢きゃしゃだから桜子より身体は小さい。


「大丈夫なのぉ?」


頓狂とんきょうな声を出す私を見て草薙さんはニヤリと笑う。


「アタシを誰だと思ってんのよ」


出たよ。

ドSのブラック草薙。

でも、今はそれがとても頼もしく見える。


「ただし」


草薙さんは念を押す。


「意識の無い人をおんぶするのはとても大変なんだから。アナタもちゃんとフォローするのよ、狸さん」


「だから、狸って言うな!」


それを聞いた草薙さんは「いつもの調子が戻ってきたわね」とほがらかに笑う。

私もつられて「エへへ」と笑ってしまう。


それから草薙さんは持っていたバッグの中から折り畳み式の背負子しょいこを取り出し2人がかりで意識の無い桜子を座らせて落ちないように紐で縛る。そして草薙さんは桜子を乗せた背負子を背負って起ちあがる。


私が「普通におんぶするのかと思った」と言ったら「そんなワケないでしょ」とドSの顔でツッコまれてしまった。

それから私達は駅へと出発した。

途中で桜子は意識が戻って「あたしも歩きます」と言ったけど「ムリしちゃダメ」とドSのブラック草薙に却下されてしまった。


駅に着く頃には桜子は1人で歩けるくらいに回復していたので背負子から降ろして草薙さんと私で桜子の身体の汚れを落とした。

時刻は午後5時を回っていた。

草薙さんは何やら考え込んでいる。


「やはり今の桜子をこのまま家に帰す事は出来ないわ。桜子、今夜はアタシのマンションに泊まりなさい。ご両親にはアタシから連絡しておくから」


草薙さんがこう言うと同時に2つの異なる声が上がる。


「よろしいんですか?」


「えーっ、桜子だけぇ?」


勿論、前者は桜子で後者は私だ。

再び草薙さんは考え込む。


「うーん、確かに音美は長老さまのネックレスをある程度は使いこなしてるから何かアドバイスは出来るかも」


「でしょ、でしょ。私がバッチリとアドバイスしてあげるから」


草薙さんは私の言葉を聞いてクスクスと笑いだす。


「そうね、これからアタシ達3人はチームとして動いて行かなきゃいけないから1人だけ例外を作るのは良くないかもね」


「やった!今日はお泊まりの女子会だね」


喜色満面きしょくまんめんの私に桜子も同意する。


「はい、あたしも音美さんのお話はお聞きしたいです。何より」


「何より?」


草薙さんが桜子に尋ねる。


「3人一緒の方が楽しいじゃないですか!」


この桜子の言葉に草薙さんは意外な程にマジメな顔つきになった。


「・・・楽しむ。そうね、アタシは強大な敵と闘う事でちょっとピリピリしてたかも知れない。勿論、緊張感は無くしてはいけないけど楽しむって要素は必要かもね。せっかくこの現世に生まれて来れたんだから、人生を楽しむ事は大切な事だわ」


それから草薙さんは私と桜子の家に電話して今日のお泊まり会を快諾して貰った。

そして、午後6時に私達は草薙さんのマンションに到着した。

草薙さんは急いで浴室に行き湯船にお湯を張って大量の薬草のたばを湯船に投げ入れると「ゆっくりと浸かってね」と桜子をお風呂に入れた。


それから冷蔵庫の中をチェックしたりマンションの一室の倉庫みたいな所から、これまた大量の薬草を持って来て3人分の食事を作り始めた。

私はそんな草薙さんを手伝っていると桜子が「とても良いお湯で身体も心もリフレッシュできました」と以前のパジャマパーティの時に持って来ていたパジャマ姿で現れた。

そう、私達は自分のパジャマをこのマンションに置いて行ったのだ。草薙さんがお洗濯をして日光でよく乾かして保管していてくれたのだ。


草薙さんに「音美、先に入って」と言われたので私はお風呂を使わせて貰った。大量の薬草の束から有効成分が身体と心に染み込んで来る。

今の私は薬草の種類やその効能がある程度は判るようになっていた。

私が保管してあった自分のパジャマを来てキッチンに行くと「料理をアタシの部屋に運んでね」と草薙さんは言い残して浴室に消えて行った。私と桜子が「この料理は何ですかね?」と笑いながら運んでいると草薙さんが「ホントに良いお湯だったぁ」と白地に紫陽花あじさいの花が染め抜かれた浴衣ゆかた姿で自室に入って来た。こうして飲み会じゃ無くて慰労会が始まったのだった。





「でも、2人とも良くやったわ。特に桜子は初陣だったんだから。大したモンよ」


草薙さんは既にウオッカをオン・ザ・ロックで飲んでいる。

私はそれを見ないふりをして草薙さんに聞いてみた。


「結局、どれくらいの地縛霊を浄化したの?」


「そうねぇ」


草薙さんが考え込んでいる。


「100くらいかしら」


「えっ、100の地縛霊を浄化したんですか!あたし達3人だけで」


桜子は「信じられない」と言う顔をしている。


「あら、アナタの力がとても強力だったのよ。桜子、いえ宮簀媛」


「・・・あたしの力」


桜子は考え込んでしまっている。


「あー、桜子。あなたはまた頭だけで考えようとしてるでしょ」


私はすかさずフォローを入れる。


「あまりウダウダ考えちゃダメよ。今はその力を良い方向に使うように修行してるんだから。しばらくは頭の中を空っぽにして修行に専念すべきだと思うな」


「はい、そうですね。ありがとうございます音美さん、弟橘媛おとたちばなひめさま」


「あまり空っぽにしすぎても良くないわよ。誰かさんみたいに」


草薙さんがチャチャを入れてくる。


「うっさいわ!私は私なりに色々と考えてるんだからね」


桜子はそんな私と草薙さんを見てクスクスと笑っていたが思い出したように言う。


「そう言えばあたし達が天満宮に着く直前に消えてしまった、と言う子はどうなってしまったんでしょうか?」


「それはアタシが確認したわ。その子は無事に生きたまま戻ってきたわ」


私は考えを巡らせていた。

そうだ。

草薙さんはお社の裏へ何かを確認しに行っていた。


「天満宮のお社の裏へは、それを確認しに行ってたのね」


「当たり。アタシが連れて行った女の子の横に男の子が横たわっていたから多分、あの子よ。心臓も動いてたし呼吸も正常だったわ」


と、言う事は。

今回の「かごめかごめ」事件では、あの言い伝えは本物だったんだ。

迷信じゃ無かったんだ。



草薙さんは私の顔を見て何かを察したようだった。



「昔からの言い伝えや民間伝承を迷信で片付けちゃいけない、って事ね。火の無い所に煙は立たず。つまり」



草薙さんはウオッカのグラスを片手に起ちあがる。




「そのような言い伝えがある、って言う事は何らかの根拠があるって言う事よ。勿論、その全てが正しいとは言えない。だから、そのような言い伝えや民間伝承があるのならその場所でその地域で何があったのかを自分自身で調べてみるのが重要って言う事ね」




そう言いながらグイッとウオッカを飲み干す草薙さんであった。








第1章 終わり



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る