第3話 後ろの正面だあれ? 参 光の柱




「アナタは誰? その女の子の身体を使ってアタシ達に伝えたい事はアナタ達を救って欲しい、って事らしいけど。もう少し詳しく説明して」




草薙くさなぎさんは「その声」に詰問きつもんする。




「全ては今から153年前に起こりました」




「その声」が答える。



「・・・153年前。・・・そう言う事か」



草薙さんは納得したようにつぶやく。



「えっ、何? 153年前に何が起きたの?」


さっぱり意味が判らない私、音美おとみ頓狂とんきょうな声を出す。


戊辰戦争ぼしんせんそうですよ」


隣にいる桜子さくらこが教えてくれる。


「そう。明治維新の時の薩摩と長州を中心とする官軍と、それに反抗する旧幕府軍との戦争ね。日本と言う国家においては最大の内戦と言える。詳しく説明すると途轍とてつもなく長くなるから今は辞めておくけど。今の東京の上野公園でも上野戦争があったのよ。この時に有名なのは彰義隊しょうぎたいね」


「・・・はぁ、なるほど」


草薙さんがかいつまんで説明してくれるけど、私には何の事やらだ。

勿論、私だって明治維新は知ってる。

でも上野戦争なんて知らなかったよ。


「でも、変ね。ここの藩は官軍側にいた筈だけど」


草薙さんの問いかけに「声」が答える。


「はい、仰る通りです。・・・しかし」


「声」が複雑そうな声音こわねになる。


「・・・わたし達は260年もの間、武士として誇りを持って生きて来ました。それなのに、いきなり刀をてろまげを切れと言われても・・・わたし達は最後まで武士としていさぎよくく死にたかったのです」


ギリギリと歯ぎしりをするような音が聞こえてくる。


「・・・アナタ達の気持ちは判らないでも無い。でも、それはここの藩主様がお決めになった事でしょ? アナタ達は主君である藩主様にそむいいたの?」


滅相めっそうもありません」


「声」は少し落ち着きを取り戻したようだった。


「わたし達は有志30人ほどで、この藩から脱藩だっぱんする計画を進めました。脱藩さえしてしまえば、わたし達はこの藩とは無関係になりますからこの藩や藩主様、ひいては残された家族にも迷惑をかける事はありません。官軍は上野戦争の後、会津への進撃を始めていてこの藩の間近まで迫っていました。もう一刻の猶予もありませんでした」


「なるほど。それで?」


草薙さんは「声」に話の続きをうながす。


「そんな時でした。いきなり藩主様から直々に我ら有志とその家族に「この場所に来るように」との書状が参りました。藩主様のめいには逆らえませんから我々は家族を連れてこの場所にやって来ました」


草薙さんは無言で話を聞いていた。


「こうなったら、わたし達は藩主様に直接脱藩を願い出ようと決めました。しかしその日、藩主様は現れませんでした。代わりにわたし達を出迎えたのは、最新式の銃を持った藩の歩兵隊でした。わたし達とその家族は歩兵隊の一斉射撃を浴び、その全てが絶命しました」


「・・・そんな、そんな事って!」


私は思わず悲鳴を上げていた。


「この藩で何が起きていたのですか?」


桜子も悲痛な声を出した。


「恐らく、藩の重臣達は官軍と繋がっていたんでしょうね。藩主様の意向とは関係なく。いくら脱藩をしたとしても、この藩と繋がりがあった者達が官軍に歯向かう事を良し、とは出来なかったんでしょう。新しい明治政府から冷遇れいぐうを受けない為に」


草薙さんが冷静な声で私と桜子に答える。


「・・・仰る通りです」


「声」は振り絞るように言った。


「わたし達の絶命を確認すると歩兵隊はわたし達の亡骸なきがらをこの地に埋め、この場で起きた事は無かった事にされました。家族を呼んだのも後に余計な事を喋らせない為だったのでしょう」


「それでアナタ達は成仏じょうぶつできずに地縛霊じばくれいとなってしまった、と言う訳ね」


草薙さんがあわれむように言う。


「・・・はい、誠にお恥ずかしい話ですが。明治になって天満宮が造られましたが、こんなモノでわたし達の無念が晴らされる事はありませんでした。それからこの境内で「かごめかごめ」をした子供達はわたし達のうらみの対象として、わたし達と同じ地縛霊になってしまうようになりました」


「何の関係も無い子供達を犠牲にしたって言うワケ?」


草薙さんの声が怒りを含んだものになる。


「地縛霊となってしまったわたし達には、どうする事も出来なかったのです。わたしは貴女達が放っている「力」によって153年ぶりに自我を取り戻すことが出来たのです。ですからわたしは貴女達にすがるしかありません。どうか、わたし達を浄化し成仏じょうぶつさせて下さい。再び輪廻りんねの輪に戻れるように。どうか、どうかお願い致します」


「声」は泣いているようだった。




「・・・どうします?」


桜子が草薙さんに問いかける。


「決まってるでしょ!成仏させてあげるのよ」


私は涙まじりの声で訴える。


「しかし、どれだけの数の地縛霊を浄化すれば良いのか。そんな事が、あたし達に可能かどうかも」


「いいえ、やるわ。全てを浄化できるかどうかは判らないけど」


桜子の声をさえぎるように草薙さんが言った。


「でも、そんな事をしたらあたし達も無事でいられるかどうか」


桜子も必死になって草薙さんに問いかける。


「リスクを考えてばかりいたら何も出来ない。これはアタシ達がやらなきゃいけない事なのよ」


草薙さんは笑顔で、しかしキッパリと桜子に答える。


「草薙さんなら、そう言うと思った」


私は涙を拭きながら草薙さんに駆け寄る。


「他人事みたいに言わないの。アナタもやるんだからね、狸さん」


「だから、狸って言うな!」


そんな私達に桜子も笑顔になっている。


「ですね。考えてばかりでは何も出来ない。行動する事が大切なんですね。また、あたしの至らない面が出てしまいました」


「桜子はそれで良いのよ。何事にも慎重に。それがアナタの役割だと思うから」


草薙さんはそう言って上空の女の子に声をかける。


「出来るかどうかは判らないけどやってみる。アナタもその子の身体から離れて。でないとアナタも浄化できないから」


「かたじけない。宜しくお願い申し上げる」


「声」の感じが変わったけど、これがのこの人なんだろうなぁ。

なんて私が考えていると女の子がゆっくりと上空から降りて来て境内の真ん中に横たわる。

草薙さんが駆け寄って脈とか呼吸を確認して「大丈夫、気を失ってるだけ」と言って天満宮の建物の裏手の方に連れて行った。



「さてと」


草薙さんはお母さんの形見を首にかけて私と桜子に声をかける。


「2人とも長老さまから頂いたネックレスを首にかけてアタシと手を繋いで。これから何が起きるか判らないから絶対に手を離しちゃダメよ」


「了解」


「判りました」


草薙さんと私と桜子は手を繋いで「かごめかごめ」のようなを造る。


「いくわよ」


草薙さんはフウッと深呼吸をすると叫んだ。


草薙くさなぎつるぎ弟橘媛おとたちばなひめ宮簀媛みやずひめの力を借りてこの地に呪縛じゅばくされている魂を浄化せよ!」



ブワッ



草薙さんのお母さんの形見から物凄い光がはっせられた。

それと同時に私と桜子のネックレスも発光する。



ドドドドド



地面が激しく揺れる。


「何、地震?」


思わず声を出してしまった私に草薙さんのげきが飛ぶ。


「集中して!これからよ」




ドガァァン




凄まじい音がして境内の真ん中に大きな穴が開く。



そして。



その穴から光の粒子りゅうしが舞い上がる。


その粒子の数はみるみるうちに増えていって。


いつしか私達の前には巨大な光の柱が出現した。


その光の柱は真っ直ぐに天空に向かって伸びて行く。


光の柱は境内から天空へと一直線に空間をつらぬいている。


私の頭の中に様々な人達の声が響いてくる。




ありがとう、ありがとう、と。





私もまばゆい光の柱を見つめながら微笑んでいた。






良かったね、と。



輪廻の輪に乗れたら、今度こそ幸福な人生を歩んでね、と。










つづく




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