【32】bullet

「なんか二年の紹介から先になっちゃったけど、三年生の皆さんお願いします!」


 菜乃花から促されて、まずは男子達から自己紹介が始まった。

 最初に口を開いたのは部員たちの中で一番背が高い男子生徒の方だった。


「俺、石動いするぎ春満はるま。三年でリベロやってる。

そんでこっちのバンダナの奴はここの主将でミドルブロッカー」


 春満がリベロと聞いて蓮奈は少し驚いた。


 リベロはレシーブやトスなどの守備専門のポジションで、スパイク・ブロック・サーブができない代わりに、後衛の選手と何度でも交代できるという特徴がある(ミドルブロッカーと交代することが多い)。


 特にスパイクなどをすることがない点から、リベロは概ね身長の低い選手が任されやすい。逆に言えば身長に左右されにくいポジションだ。


 だが先ほどリベロだと言っていた春満の身長は充分に高い。


 そのような選手であれば、ブロッカーやスパイカーのポジションに行くのがほとんどなのに。


「おい春満、紹介するならちゃんと名前言ってくれよ! 人をポジション名で紹介すんな」


二多宮源三郎おまえはミドルブロッカーが本体やろ」


「意味わからんわ。それと主将の扱い間違ってるだろ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ三年男子を置いて、次はあの眩しい美少女がなめらかな声で自己紹介を始めた。


「三年生でウィングスパイカーの三生みお聖歌せいかだ。

私は水星人だから、地球人の皆とは異なる言動を取るかもしれないが、その辺りは指摘してくれると助かるよ」


 聖歌の自己紹介を聞いて一年生たちはもれなく驚きの表情を浮かべた。好奇心を顔に浮かべた灯が率先して質問する。


「えっ水星人てことは水星から来たんですか!?」


「そう留学生だ。高校一年の時にこっちへ来たんだ。地球で学ぶためにね。

とは言ってもアーマーバレーどころかバレーボール自体、技術はまだまだなんだ」


 バレーボールの経験は浅いと苦笑いする聖歌の肩を、横から菜乃花がぽんぽんと叩く。


「聖歌さん運動神経良いから、私が去年誘ったの。でも、もう全くの初心者レベルではないでしょ。サーブもレシーブも基本的なことはできるじゃないですか」


「そりゃあ、あれだけシゴかれればね……初心者相手に容赦無かったよね」


「ま、まあほら! 聖歌さんには期待してるからってことで」


 しどろもどろに返事をする菜乃花と聖歌のやり取りを見ながら、蓮奈は目の前に水星人がいるという事実を夢現つな気分で受け止めるしかなかった。


 もはや国が違うのではない。住んでいた星が違うのだ。

 そこまで行くと飛行機で行き来するのに数時間かかるとか、そういう次元の話ではない

 途方もない距離の彼方の星にいる、そんな人が今ここにいるのだ。


 宇宙開発技術の進歩によってまだまだ制限は多けれど、月や他の星にも行ける時代である。

 とはいえ、蓮奈は未だ地球の外に出たことは無い。


 いつも地表から星を見上げるだけの蓮奈には、今こうして聖歌が目の前にいるだけでも途方もない話で、まだ現実味がないというのが正直なところだ。


 たとえば明日、君は異なる世界の人に会うと言われたら、人は信じるだろうか。


「すごいですね……。そんな遠くから留学に来るなんて……。」


「だよねっ水星ってどんな所か聞きたい! 地球とぜんぜん違うんですか!?」


 ただただ驚くばかりの蓮奈と興奮する灯に対して、聖歌は二人を落ち着かせるように微笑みかけた。


「もちろん、地球の人に僕たちのことを知ってもらうのは大歓迎だよ。

けれど僕のことについてはまた後で話そう。まずは残りの部員も紹介しなきゃね」


 残り?と蓮奈は首を傾げた。

 目の前にいる二年生も三年生も全員、自己紹介をしてもらったはずなのだが。

 すると聖歌は口に手を当てて、蓮奈たち一年生の後ろに向かって声を張りあげた。


「おうい、角谷くん! 後輩たちに挨拶したまえよ」


 蓮奈たちが驚いて後ろを見ると、部室の隅っこに体を丸めて座っている男子生徒がいた。

 今まで影も形も無かったが、どうやらいつの間にか部室に入ってきていたらしい。



「角谷いたのか! びっくりしたあ!」

「ほんと三生はよく気付くよなあ。でも主将は気付いてやれよ」

「俺も気を付けてはいるんだけど、あいつ隠れるのがほんと上手いんだ」


 三年生たちが自分について話すのにも構わず、角谷と呼ばれた男子生徒は呼ばれても全く動く様子を見せない。

 そんな角谷のところへ聖歌が立ち上がって歩いていくと、きれいな笑顔を浮かべながらぐいっと角谷の首根っこを掴み、そのままずるずると引きずりながら部員たちのところへ戻ってきた。


 角谷は「うぐううう」と呻き声を上げながら、青い顔でなすすべもなく床の上を引きずられている。聖歌は華奢な美少女だが、どうやら見た目よりも力が強いようだ。


「はい。優しい先輩がここまで連れてきてあげたんだから挨拶したまえよ」


 皆の前に連れてこられた角谷は「優しいってどこが」と文句を言いつつ、視線だけをあさっての方向に飛ばしながら立ち上がり、テーピングを巻いた右手を軽く上げて名乗った。


角谷かどや剣芯けんしん、です。二年。ウィングスパイカー……」


(これは……この人、私と同じニオイがする……)


 蓮奈が嗅ぎつけた「同じニオイ」とは、人見知りとか、他人が苦手だとかそういった属性のニオイである。つまり陰キャと呼ばれるたぐいのニオイだ。


 一人確信する蓮奈の横で「俺よか小さい……」と竜村が小さく呟くのが聞こえた。


「大丈夫、こう見えて試合の時はやる気出すから」と聖歌が笑いながら剣芯の背中をバシバシ叩いた。

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