【23】bullet

 入学式当日からアーマーバレー部に入部することを主将の源三郎に申請していた永児は、さっそくとばかりに部員集めの勧誘ポスターを校内に貼って回るという仕事を任されていた。


「ごめんね竜村君、新入生なのに手伝わせてしまって」


 ポスターを貼る永児の隣で、紙の束を抱えた女生徒が苦笑しながら鈴の音が鳴るような声で謝罪する。


 彼女は三生聖歌みおせいか。アーマーバレー部の部員で永児にとっては先輩にあたる。


 二人の横を通り過ぎる生徒が、こちらの方に視線を向ける。

 先ほどから通りすがりの生徒たちの九割は男女問わず視線を投げてきた。

 もっと正確に言うと、彼らが見ていたのは聖歌の方である。


 それだけ聖歌は飛びぬけて整った容姿をした美少女だった。


 新学期が始まってから、早くも可愛いと噂されている女生徒は何人かいたが、それらの存在すらも聖歌の前では霞むであろう、と思えるほどに。


 すらっとした体型に白い肌、そして薄く光が滲むプラチナのような髪がさらに神秘的な美しさを彼女に添えていた。


 なんというか、もう遺伝子からして彼女は他と違う存在なのだと性別の違う永児でさえ感じさせられる、別次元の存在感のようなものを放っている。


 多分、女神だとか聖女だとか言われる存在は、このようなものなのだろう。


 そんな聖歌の謝罪に対し、永児は緊張して「イエ、気にしてナイ、んで」と半ば片言でしか返事ができなかった。


 中学時代、男子バレー部だった永児は、同じ学校の女子生徒と頻繁に交流できていたわけではない。


 ゆえに女子に対して充分な免疫などあるはずもなく、これほどの美貌を持つ相手に対して自然体で振る舞うことなど無理な話だった。


「えーと、俺も……先輩に手伝ってもらって、すみません、デス」

「先輩と言っても僕は大して君と変わらないんだ。せめてこれくらいはさせてくれ」


 いくら永児が後輩と言ってもずいぶんと遠慮がちな言い方だなと思ったが、聖歌と話しているとどこかで聞いたような口調であることの方が気になっていた。


 御覧のように聖歌は女子でありながら、男子のような口調で話す。しかも少し時代がかったような話し方だ。


 最初は可憐で神秘的な容姿とのギャップに驚いたが、一方でやはりどこかで見聞きしたような既視感が付きまとう。


 あと少しで届きそうなのに届かない。ぼんやりした感触が余計にじれったかった。


(自分で言うのもなんだけど俺、会ったことのある奴は忘れないんだけどな……)


 とはいえ、今は先輩方に任された仕事がある。そっちに集中しようと永児は頭を切り替えた。


 主将の源三郎曰く、永児も勧誘活動に加わってくれた方が、興味を持った新入生も話を聞きやすかろうということだった。


 色々考えてるんだなと永児は当初呑気に思っていたが、事態はそれほど軽いものでは無かった。


「ぶっちゃけて言うと我がアーマーバレー部はウィングスパイカーが不足している」


 新学期初日に源三郎から明かされたのは、いわば部活動の生命線に関わる事実だったのだ。


 バレーボールで試合に出るには最低六人のメンバーが必要になる。


 さらにポジション別にするとミドルブロッカー二人、リベロ一人、セッター一人、ウィングスパイカー三人で試合に登録する。


 現在在籍してい部員の内訳は、永児を除くとミドルブロッカー一人、リベロ一人、セッター二人、ウィングスパイカー二人。


 しかしウィングスパイカー二人のうち、一人は去年の十一月頃から入った初心者らしい。


 よって永児が入部するまでは、実質戦力となるウィングスパイカーが一人だけの状態だったのだ。


 入学式の日に永児が入部すると聞いて、源三郎と春満があれほど狂喜する様を見せたのはそういうことだった。


 確かにウィングスパイカーは珍しくもないポジションだが、コート内では主な攻撃役を担うだけに、相手から点を取るためには無くてはならないポジションである(というかどのポジションもそうだが)。


 つまり永児を入れても最低限あと二人、ウィングスパイカーとミドルブロッカーを確保しなければ、試合で勝つどころか出場すら難しくなるわけだ。


 こんな状況ではまだ新入生といえども、のんびりしているわけにはいかない。


「何が何でも部員を確保しないとな……」

「竜村君、何か言ったかい?」

「な、なんでもない、デス!」


 ちなみに部内でたった一人の戦力と言えるウィングスパイカーにも、主将を通して顔を合わせてはいたが物凄い人見知りらしく、ひたすら部室の隅っこにいた。近づいたらフシャーされた。猫か。


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