【20】bullet


 源三郎が倉庫の端に移動すると、パチパチとスイッチを入れる音が響いた。


 すると天井にはめ込まれたライトが順番に点いていき、薄暗かった部屋の中がようやく見渡せるようになった。


「こっちこっち」


 源三郎が手招きする方へ歩いていくと左奥の壁に沿って、個別の格納柵ハンガーごとに入れられたパワードアーマーがずらりと二列に並んで置かれていた。


「これが……Vアーマー……!?」


 恐る恐る目の前に立ってみる。その機体の前面には大きく『9』と番号が打たれていた。近くに行ってみると思ったよりもかなり大きい。


 永児の背だと頭の先が胸のあたりにやっと届くかといった感じだ。


 高速のボールから保護するためか、前腕部分と肩は厚めの装甲が付けられ、上半身部分はがっしりとしている。


 それでいて腰部分はすっきりとしているが、大腿部から膝部分にかけてすっぽりと覆うような半円状のパーツが大きくせり出している。


 膝部分のパーツが目立って大きくなっているのは、中腰になる際に選手との体格バランスを取りやすくするためと、機体への負担をより軽くするために、このような形になっているのだと源三郎が説明した。


 白と黒で色分けされたボディも試合のビデオで見たとおりだ。


「全高は2m30cm。これは十九歳以下の選手が乗るVアーマーの高さなんだ。

ちなみに社会人選手が乗るVアーマーの場合は2m50cmな」

「くふぅうううう! かっけえ!」

「だろ? わかるわー俺も初めて直に見たときは興奮したよ。早くアーマーバレーやりてー!ってなったもんだ」


 喜びを隠さずはしゃぐ永児の姿に目を細めながら、源三郎は向かって右奥のVアーマーの前に立って説明を続けた。


「うちにはレギュラーの分と予備を合わせて十機ある。

ほらここ、両肩に書いてあるのがこいつらの機体名で、その横の番号は選手の背番号に対応してるんだ。

俺だったら背番号1番だから、この1番の奴が俺が乗る機体だ」


 源三郎が「ほらここ」と、指をさす。Vアーマーに描かれている機体名を見ると

<DELFINO-01>と書かれている。


「これが名前なんだ……でる……でれ?」

「これは”デルフィノ”って読むんだ。イタリア語でイルカって意味だよ」

「へえ、イルカなんだ……でもイルカっていうよりシャチみたいっすね」


 まあそう見えるよな、と源三郎は微笑んだ。


「イルカの仲間でカマイルカっていうのがいるんだが、そいつらはシャチみたいに体の色が白黒に分かれてるんだ。見たことないか?」


(※カマイルカ…https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%AB)


「そういえば学校の遠足で、水族館に行ったときに見たイルカがそうでした。

へえ……あれ、カマイルカって種類だったんだ」


「うん。能登島の水族館にもアヤメってカマイルカがいるんだが、

そいつがこの<DELFINOデルフィノ>のモデルって言われてる」


「そのアヤメってイルカがどうしてモデルなんですか?」


「アヤメにはな、ほとんど尾びれが無いんだ。

事故で尾びれを無くして水族館で保護されたけど他のイルカのように水を蹴って泳ぐことができなかった。

そこで工業系の企業や他の水族館に協力してもらって、人工のヒレを付けて泳げるように訓練したんだ。

時間はかかったけど、アヤメは短時間なら泳げるようになったっていう話だ」


「すげえ話っすね……尾びれがないなんて俺たちにしてみれば歩けなくなる……。

バレーできなくなるようなもんなのに」


「だよな。俺もアーマーバレーやってると他人事には聞こえないんだよ。

多分、この名前とデザインにした人もそう思ったんじゃないかな」


 Vアーマーを見上げる源三郎の言葉に永児は「というと?」と首を傾げた。


「バレーの世界では俺の場合、背が足りなくてブロッカーとして満足に機能できない。

でもVアーマーがあれば、泳げるようになったアヤメみたいに、ちゃんと胸を張って『俺はミドルだ!』ってコートの上に立てるんだ。

アーマーバレーでは普通、不利だと言われるような資質を持って生まれてもそれに左右されない。

だからすべてが選手次第……無限の可能性を秘めたスポーツなんだよ」


 無限の……可能性……。


 バレーでも他のスポーツでも、試合で有利になる基準を満たせないことは、一つの大きな壁となることは間違いない。


 例えば身長なんかが良い例だ。

 背丈が180㎝ないというだけで、もう不利な点が一つ出来上がる。


 自分の努力ではどうにもできない身体的不利の要素は、選手自身に<可能性の無さ>を重く突き付けてくる。


 今まで出会ってきたどんな大人も先輩たちも、言葉にしないまでも醸し出す空気でそれを如実に伝えてきた。


 だが永児は……はっきりと感じた。


 目の前のVアーマーは他の人々と全く逆のことを語っているのを。


『お前の可能性はここから広がっていくのだ』と。

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