【16】bullet


「……ガキ」

「え?」


 理解が追いつかず固まる永児の腕を、番匠は乱暴に振り払った。


「お前はできないのにやりたいってわめいてるガキと同じだ。無駄なんだよお前のやってること全部……!

お前みたいに『持ってない』のに『努力すればなんとかなる』と思ってる奴ら、全部ウザいんだよ!」


ガキ……番匠の言葉が永児の頭の中でリフレインする。


「……無駄なんかじゃない。俺のやってきた練習は絶対に無駄なんかじゃない!」


「お前に何がわかるんだよ? 証明できもしないくせに。

俺がはっきり言ってやるよ。お前にバレーの才能は無い……

これ以上やっても無駄だから辞めろ」


 永児の体が強張った。お前に何がわかるって?


『あるよ。身長関係なく活躍できるバレーボール』


『選手達はもれなくより対等に近い条件で競い合うことになる。俺たちの間じゃ、

そこから逃げずに戦い抜いた奴がヒーローだ』


 そう思った途端、永児は腹の底から思い切り叫んでいた。


「できる! アーマーバレーで証明する!

身長関係なくバレーできるところで勝負してやるよ。

そこで俺は全国にいく! 世界にだって行ってやる!!!」


 あれ……?


 俺は今なんて言った?


 アーマーバレーで全国に行く?

 なんだってそんな大それたことを言ってしまったんだろうか。


 だが永児は同時に気付いてしまった。


 これまでバレーボールをやってきた中で、全国に行くことを目標にしたことはなかった。


 いつの間にか『レギュラーになりさえすればいい』と自分はそんなところで止まっていた。


 チリ、チリ、と湧き上がっていく。

 衝動も落胆も激しさも理性も全部ごった煮にした何か混沌としたものが。


『ねえハチくん、自分が今とは違うものになるとしたら、君は怖いかい?』


 いつだったかAエースが話していた。


 Aからはバレーに関する雑談だけでなく、日々のトレーニングについてのアドバイスももらっていたが、たまに不思議なことを語ってくるときがあった。


『もし君自身が自分を生まれ変わらせるようなものを持っていたとしたら、君はそれでも今に留まり続けるかい?』と。


 その時の永児はわからない、と答えた。


 生まれ変わるとしても何になるのかわからないのに、すぐに決断するほうが難しいからだと。


 永児の返信に対してAはこのように答えた。


『人間は変わることを本能的に嫌がる生き物らしいよ。でもおかしいね。

昨日と全く同じ自分なんて、明日になったらどこにもいやしないのに。


だけどその日のまでの自分が変わるときって、何が起こっていると思う?


決して見ることもできない、触れることもできない場所でそれが起こっていて、

いきなり目の前に現れたら、まるで眠っているときに見る夢にでも翻弄されているような気分だろうね。


変わるというのがそういうことなら、まさにその点が人間にとって怖いことなのかもね……』


 そうか……そうか。俺はやっと見つけたのだ。ふと左手を見る。


 中学一年の時よりバレーの練習で固くなった指の皮。


 うっすらと笑みがこぼれた。


「はは、なんだ……」


 口から出して言ってしまえば簡単だった。


 余分なものを取っ払ってさらに自覚すればすとんと腹の中に落ちた。


 今見える景色ですらもっと晴れやかにクリアに見えた。


 世界はこんなに鮮やかで見える色にも流れる空気にも、一つ一つに意味があるものだったのろうか。


 いや、そうだ。だからこそこの瞬間に辿り着くには、全てが必要だったのだと永児は悟った。


 ここにあるもの何一つ、欠けていては今ここには至らないのだ。


「こんなところにあったんだ……はは、あはははははは!」


 永児は笑い続けた。けたたましく。声の限り。


 この場にただ立ち続けているだけのはずなのに、まるで全身で気持ちの良い風を受けているような爽快な気分だった。


 しばらくしてやっと笑いが収まると、風がぴたりと止んだかのごとく体育館は静まり返った。


 だが表情は相変わらず笑みで満ちていた。


 まるで今初めて笑うことを知った、とでもいうような晴れ晴れとした笑みだった。


 伊川と番匠は微動だにせず、ただただ呆然と永児を凝視していた。


 そんな二人を置いて、永児は体育館から一度も振り返らずに出て行った。



 気が付くと布団の上で寝転がっていた。

 今何時だと思ったその時、永児の携帯電話から受信音が鳴った。


 手を伸ばして携帯を開くと”サイレン”さんからのダイレクトメールだった。


『こんばんは。ハチさん』

『サイレンさんこんばんは』

『今日も学校帰りに練習してきたよ』


 先輩からのボールをレシーブしたら褒めてもらえたと、嬉しそうな相手のメッセージに永児の顔がほころぶ。


 いつものように交互にメッセージをやり取りしていたが、サイレンさんから

『ハチさんは今日の試合どうだった?』と聞かれた途端に永児の指が止まった。


 一呼吸置いて銀灰色の目を閉じ、また開く。


 彼は携帯電話のボタンを押す作業を再開し、メッセージを送信した。


『サイレンさん俺、高校入ったらアーマーバレーやるよ』


 送信し終えた永児はむくりと起き上がって、部屋の窓を開けた。


(……俺はもうに入ったんだろうな)


 永児は窓枠に座り外に足を投げ出した。


 頭上に広がる星の海に向かって左手を開き、小さく、だがはっきりとつぶやく。


「俺はアーマーバレーで全国に行く」


 桜舞う春。竜村永児は鹿島能登高校に入学した。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 第二章完結です。ここまで読んでいただいてありがとうございました!

 アーマーバレーで全国を目指す表明をした永児くんを応援してくれる方は

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