【14】bullet


「エースにボール集めるのは監督の指示でもあるだろ?」

「そうですけど……状況にも依るじゃないですか。実際、さっきの試合で番匠先輩は終盤明らかにバテてましたし。

ただエースだから使うっていうのは、俺のやりたいゲームメイクとは違う気がするんです」


 伊川の言葉を聞いた時、永児の中で何かがびくりと震えたのを感じた。


 一月の新人戦……鹿島能登高校の二多宮に出会ってから深く深く奥底まで穴を掘って、目に入らないように蓋をしておいたもの。


 あの日から永児の中でずっと蠢き続ける何かが。


「それでも……うちのチームはそれが最適のスタイルだって監督は考えてるんだろ?」


「でもプレイヤーおれにだってやりたいことがあるんです!」


 どれだけ先輩に生意気であろうと、伊川はバレーボールに対して常にひたむきでまっすぐだ。


 そんな伊川の言葉と視線が永児の中の蓋をばっさりと切り裂いた。


「まあ…それはわかるよ。とはいえ今日は俺、顔面から鼻血だしたけどな」


(やりたいこと……俺がバレーでやりたいこと。

俺はもっとセッターから来たトスでスパイク打ってブロッカーとも対等に渡り合って……。

ベンチ要員じゃなくて堂々とスパイカーだと言えるようなプレーヤーになりたい)


 内側からじくじくととりとめのない思いが溢れてくる。この流れはまずい。


 思わずジャージのズボンを握りしめた。


(アーマーバレーだったら、もっとやりたいことができるのかな)


 涙が出そうになるのを俯いてぐっとこらえる。


 このタイミングで伊川を隣に座らせるのではなかった。


「あれは事故ですけど……でももっと竜村先輩にもボール回してたら、相手のブロックだって分散させられたかもしれないのに。

 スパイクだってあの威力ですから、相手にも圧をかけられたかもしれない」


「……ボールぶつけて鼻血出した奴に関して、よくもまあそこまで推測を働かせられるな」


 ありがたいと思っていいのだろうかこれは。


 永児としては恥ずかしいだけなのでさっさと忘れてほしいのだが。


「だからそれは事故でしょ。事故で起こったことを気にしてたってしょうがないじゃないですか。

そんなことをするくらいならあの時できたかもしれないことを考える方が、俺は有意義だと思うんです」


 あの時できたかもしれないこと……。

 アーマーバレーだったら……身長で不利じゃなかったら……。

 スパイクでブロッカーを崩すくらいはできたかもしれない?

 それとも……もっと早く打点まで上がりきって、ブロックアウトくらいは狙えたかも……。


(ってまた俺は! アーマーバレーのことを……!)


「あああああああ!」

「先輩、どうしたんですか!?」

「竜村どうした?頭痛すんのか?」


 湧き上がる衝動にもはや耐えられず、永児は頭を抱えて蹲った。


 バスの中で騒ぐチームメイトの様子を番匠だけがひどく冷ややかな眼で見ていた。

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