【12】bullet


 どん、という衝撃と共に背中が床に付いた。仰向けに倒れた永児の横にボールが転がる。


「竜村! 大丈夫か!?」


 何が起こったのだろうと考える間もなく、顔面に痛みが走った。


 コンクリートの壁に猛スピードで激突したら、おそらくこんな痛みに襲われるのだろう。


「先輩、竜村先輩! 聞こえます!?」

「竜村、見せてみろ!」


 監督や部員たちに何度も呼びかけられるが、声も出せず両手で顔を抑えるのが精一杯だった。


 ようよう監督が両手を顔から剥がすと、大量の鼻血が永児の顔を濡らしていた。


「うわ……」


 マネージャーの森田が慌ててティッシュで顔をぬぐい、誰かがアイシング持って来い!とさらに指示を出す。


 乾いていない血を粗方ぬぐうと、監督が口で息をしろと太い指で永児の鼻をつまんだ。

 そしてもう片方の手の指を二本曲げ、永児の前に見せた。


「竜村、こっちの指を見ろ。何本に見える?」

「……三本」

「とりあえず視認に異常はなさそうだな」


 和倉中の選手たちが茫然とするなか、相手チームの監督が心配そうに永児の顔を覗き込む。


「広田監督、うちの保健室で休ませてあげてください。この分じゃすぐに止まりそうもないですし」

「ありがとうございます。助かります」


 保健室と聞いて永児の眼がカッと開き、即座に上体が起き上がった。


「監督いやです! 俺まだ試合に出たばっかりなのに!」

「ああああ竜村先輩、鼻血まだ出てますから!」


 森田が慌てて新しいティッシュを取り出し、永児の顔をぬぐった。


 試合に出たいと永児が必死になる気持ちを理解しつつも、広田は血を垂れ流す鼻の上にアイシングを押し付けて黙らせた。


「竜村……もういいげんに、休んで来い」


 永児の鼻血は中々止まらず、そうこうしているうちに和倉中との練習試合は終わった。


「ありがとうございました!」


 両校の挨拶が終わり、各々が帰る準備を始める。


 番匠も汗を流すために体育館のそばにある水道で顔を洗っていると、数人の話し声が聞こえてきた。


 彼らは顔を洗うために頭を伏せている番匠には気付かず、それぞれ雑談に没頭している。


 ちらりと水道の向こう側から覗いてみると、練習試合をした和倉中の面々だった。


 それ以上進まず水道の周りでたむろしている様子だが、どうやら誰かを待っているらしい。


 なんとなく出づらい雰囲気に番匠が二の足を踏んでいると、背の高い男子高校生がたむろする連中の方に歩いてきた。


 合流したのはさっきまで試合の相手だった、和倉中のエースをしていた男だった。


「謝ってきた」

「おかえり。大丈夫そうだった?」


 エースを出迎えたのは確かリベロをしていた奴だ。


「うん、鼻血はだいぶ止まったって。頭もしっかりしてた」

「おう良かったな。とはいえ向こうの8番のスパイクもえぐかった……あんなんゴリラやわ」

「すげえ音したもんなあ。後ろにいたけど俺もビビった」

「見た目そんなでかくもないのにな」


 強打を受けたときの衝撃を思い出して腕をさするリベロに、

 和倉中のチームメイトたちもしきりに頷く。


「もったいないよな。左利きだしあのデカい奴がおらんかったら、羽咋中のエースがあいつだった可能性もあるんじゃないか」


 和倉中のエースが漏らした評価に番匠の体がびくりと震えた。


「もったいないとかそんなこと言って、ブロッカーにクロス締められても8番に無理矢理打ったのお前だろ」

「試合で頭に血が昇ってたんだよ」

「おーこわ! エースこわ!」

「エースだからだよ。べンチからあんな威力のスパイク見せられて黙ってられるか」

「だからこわいって! 負けず嫌いもほどほどにせんわいね」


 エースと合流した和倉中のメンバーは帰り支度をしに行くのだろう、賑やかに談笑しながら校舎の方へ歩いて行った。

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