【10】bullet


 体育館内にシューズが擦れる音とボールの跳ねる音、

そして永児たち羽咋はくい中と試合相手の和倉わくら中の声援が響き渡る。


「ナイスキー! こっからこっから!」


 永児たちは夏に開催される北信越ほくしんえつ総合競技大会に向けて、和倉中学校との練習試合に来ていた。


 この大会が終われば3年生は完全引退になる。


 夏が近づく頃になっても永児は結局ベンチ要員のままだったが、それもこの大会で最後だ。


 和倉中のエースが思い切り手を振り下ろす。


 ネット際の内側急角度インナーを狙ったスパイクは、羽咋中側の意表を完全に突いていた。


 ブロックが間に合わず、防御をすり抜けたボールはスピードが殺されないまま、

羽咋中のベンチへ飛んで行った。


「あ」


 思わず身構えたマネージャーの前に左腕を振りかぶった永児が滑り込んだ。


 選手たちの耳にバァンと鼓膜を震わせる音が響く。


 永児が飛んできたボールをスパイクし返した音だった。


 咄嗟に和倉中のリベロが飛び出して、返ってきたボールをレシーブで受け止めようとする。


「ぐうっ……!」


 ボールを止めはしたもののリベロは体制を崩して尻餅をついた。


 床にボールが転がる。


 体育館内がしん、と静まり返った。永児ただ一人を除いて。


「えーと森田、大丈夫か?」

「は……はい。ありがとうございます」


(なんで皆固まってるんだよ!? せめて何か反応してくれよ)


 ベンチ要員の選手がしゃしゃり出たのが、そんなに周りを驚かせてしまったのだろうか。


 いたたまれない気持ちになった永児はがばりと頭を下げた。


「すいません! 勝手なことして」

「……いい竜村、今のは仕方ない」


 監督の言葉を受けてもう一つ頭を下げ、永児は控えに戻った。それに釣られて周りも夢から醒めたように試合を再開する。


 だが和倉中のエースは燃えるような眼差しを永児に向けていた。


 試合が15-18で中盤も終わりに差し掛かった頃だった。

 監督の広田が隣に座るマネージャーに指示を出し、頷いたマネージャーが永児の元に走っていく。


「竜村先輩、監督がアップしておくようにと」

「了解っす!」


 ホイッスルが鳴り、番匠と永児が交代する。


「番匠ナイスファイト!」


 だが交代ぎわに労いの言葉をかける永児に対して、番匠からは何の言葉も無かった。


 ベンチに戻った番匠にマネージャーがドリンクを渡しにきたが、番匠はマネージャーとも目を合わさず無言で水分を喉に流し込んだ。


「頼むぞ竜村!」

「先輩、1本!」

「ウス!」


 永児がコートに入ると知った途端、和倉中のエースが眼光を鋭くした。


「出てきやがった。さっきの奴」

「あのスパイクした奴、あれでほんとにベンチですかね」


 他のメンバーたちも口々に警戒心をあらわにする。

 先ほど体育館内を沈黙させた威力のスパイクは、未だ彼らの脳裏に焼き付いていた。


「先輩言われてたし1年ではなさそうだよな」

「左利きみたいだし、ベンチにいたからって油断するなよ」


 一方でまさかエースの番匠と交代すると思っていなかった永児は、内心で自分の緊張をほぐすのに精一杯であった。


(やべえええ……3点差負けてるのに番匠と交代とかシャレになってねえ。

……まあ俺のことだから、バレーやってればだんだん楽しくなってくるんだけど)


 どれほど初めは緊張していても、コートにいる内に結局という気持ちが勝ってしまうのである。


 コートにいさえすれば自然と緊張が抜けていくのだ。


 だから永児はこれまでの試合でも、ガチガチに緊張して調子パフォーマンスを大きく崩してしまうことはなかった。


 試合にフルで出場できないベンチ要員が長かったせいで、こんな性質になってしまったのかもしれない。


 だが特に試合で困ることはないので、自分の性質はそのままにしている。


 それよりも現状の問題はもっと別のところにある。

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