【02】bullet

「ありがとうございました!」

 夏の県大会2回戦も突破。番匠の長い腕から繰り出されるスパイクが得点を決めた。


「いうて3回戦からが本当の壁だよな……強豪の志賀しか中やし」

「ここで優勝候補と当たるかあ」


 同級生たちが遠い目をした。永児のいる羽咋はくい中学校は特別弱いというわけでもない。


 かといって優勝候補と言われる学校と争う力があるかと問えば、無条件でイエスと頷く者は誰もいないだろう。


 だがこの中でただ一人、嬉しそうにしている男がいた。


「いいなあ。強豪校と試合できるなんて………お前らラッキーだよな」


 瞳孔を開いて笑う永児に向かって、チームメイト達が次々と背中をはたきながら言う。


「お前何言ってんだよ。普通強い奴と当たるなんて嫌やろ」

「出たわ。竜村先輩のヘンタイ発言」


 永児にはレギュラーの面々が絶望する意味がわからない。体育館の中、コートにいるだけで永児はワクワクする。


 その上すごい選手がその場にいるなら、最も近くでその存在を感じていたい。


 強い奴とバレーができるなら、是非やらせてほしい。


 レギュラー達はその栄誉に預かれるというのに、むしろ一緒のコートに立てて贅沢だと思わないのが不思議だった。


「ヘンタイじゃないわ! 普通だよっ普通のバレー部員だよっ!」

「いやヘンタイバレー野郎だよ」

「もういいわ。永児のせいでなんか気が抜けたわ」


 どういう意味だと永児が同級生に食い下がったとき、監督の広田が永児を呼びつけた。


「竜村、今日の試合はお前も準備しておけ」

「ほんとですか! 志賀中との試合で!?」

「強豪相手で他のメンツがバテる可能性もあるからな。状況によっては一旦メンバーを下がらせて様子見するかもしれないから、その時は頼んだぞ」

「は、はい!!」


 廊下まで響く大音量の声に監督が苦笑いするが、永児の頭の中はもう試合の2文字でいっぱいだった。


 気持ちが高ぶり、始まるのが待ちきれない。


(出れる……試合に出れる! 試合試合試合試合!)


 そしていよいよ試合が始まった。相手の志賀しか中学校は県予選で毎回上位に入る強豪である。


 去年の成績はベスト3。ここ数年間の準決勝では常連となっている。


 試合のペースはやはりというか、まあそうというか、志賀中の方に流れが向いている。


 だからなのかそれとも神の情けかあるいは嫌がらせか、スタメンではなかった永児にお呼びがかかった。


「もってこぉい!」


 永児の呼びかけにセッターは反応せず、トスは番匠の方に飛んでいく。


(やっぱりアイツにボールが集まる。エースだからな)


 それも毎度のことだった。主力の番匠にボールを集めるのは監督の方針でもあるし、セッターからして異議がなければ永児にではなく、エースの番匠にボールが行くのは当たり前。


 永児の「もってこい」はなるべくブロッカーの注意を引くための囮の役割でしかない。


 <エース>と<エースではないスパイカー>の現実的な差と言って良いだろう。


 バレーボールはチームプレーなんだから、そんなことは永児も嫌というほどわかっている。


 わかっているが。


(無視されるのなんて慣れてる……けどな、無視されるのを認めたわけじゃねえからな!)


 トスが来ないからといってスパイクを打つことを諦めるわけではない。


 ウィングスパイカーとして試合に出る以上、自分の矛を収める道理などどこにもない。


俺はここにいるぞ!!もってこぉおおおおい!!


 声が枯れるまで叫ぶのだ。何度でも。


 スパイクもレシーブも声出しもサーブもブロックも、コートでできる多くの事がウィングスパイカーの仕事だから。

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