第一章 ベンチスパイカー(ほぼ主人公の話)

【01】bullet

 竜村永児の背丈は167㎝で普通。中学生の平均からしてみればそんな小さくもない。


 ただし、バレーボールの基準からすると平均的な身長であっても『小さい』と見なされる。


 バレーボールは身長が命……なんて言うのは少し違うかもしれないが、どの球技でも身長が高い方がやっぱり有利だ。


(俺はウィングスパイカーだけどスタメンでコートには立ってない。だって同級生タメには俺よりでかい奴がいるから)


 番匠誠介ばんじょうせいすけは同じチームのウィングスパイカーでエース。背丈は中学3年でもう180㎝を超えている。


 永児がバレーボールを始めたのは小学校三年の時だったが、中学から始めたのにも関わらず、同級生の中で高身長だった番匠は入部して即主力扱いだった。


 三年生に上がる前は身長が無くてもこれまで培ってきた経験値がある……これからも努力すればレギュラー入りする可能性はある。


 そう思っていた。その執念でたゆまず練習してきた。


 だが三年生になったときは高身長の新人が入ってきて、そいつがレギュラー入りした。


 つまり三年生になったときもベンチのまま。

 一方で番匠は三年生になった今でも、ずっとレギュラーメンバーとしてコートに立っていた。


 結局これまでと同じだった。昔からどのチームに入っても必ず背の高い奴らがいて、レギュラーの座を射止めるのはいつもそちらの方。


 中学で入った今の部活の監督からは、ポジションを変えてみたらどうかと言われた。


 お前は熱意も集中力もある。それに周りよりも長い経験値キャリアがあるのだから、セッターでもリベロでも安心して任せられると。


 練習で他のポジションをする機会もあったが、それでも永児はスパイカーでありたかった。


 パワーのあるスパイクを繰り出すための筋肉もバネも練習に励んだ分、同じくらいの身長の奴には負けていないと思う。


 でもコートに立っているのは番匠や他の選手であることに変わりはなかった。

 相手に対してより高い打点からボールをスパイクできるのは、番匠みたいな奴だったからだ。




 その番匠と永児は睨み合っていた。番匠の身長は今や185㎝。永児よりも18㎝は高い。


 正直言って喧嘩をするにしても体格差から永児の方が断然不利だろう。


 を重視する番匠には、また無駄なことをしていると思われているに違いなかった。


 これまでも番匠の口から、仲間に対して「いても意味が無いからバレー部を辞めろ」と何回聞いたか知れない。


「なんだよ……戦力外のくせに反論するのか? 身長で足手まといになる奴なんてチームに必要ないだろ。」


 また始まった。永児は内心溜息をつく。


「俺はバレーが好きで練習してるんだ。お前に辞めるかどうか指図されるいわれは無いって言ってるだろ」


「お前がどれだけバレーが好きかだなんて、知ったことじゃないんだよ。

自分の身体能力を試合で満足に活かせないのに、練習する意味なんてない。

どんなスポーツだって結局のところ『勝てる資質』を持っているか、それが全てだ。」


 毎度思うが、どれだけ上から目線なんだよ。


 番匠は勝負のことになると非常にシビアだ。ある意味徹底した現実主義と言っていい。


 特に才能があるか無いかをとても重要視している。

 彼にとっては『身長の高さ』もバレーボールにおける勝つための才能だ。


 それが無い奴は『不利だから』いくらバレーの練習をしていても無駄だと考えている。


 まあそこまでなら………まだ良いとしよう。誰だって自分の主義くらい持っていて当然だ。

 バレー部をやっていれば、それぞれに自分の考えるバレー像というものがある。


 ただ番匠の場合は


 特に試合で負けたときはひどい。


 同じ部活のチームメイトであろうがイラつきを隠さず、永児のような高い身長を持っていなかったりまだ技術が足りていなかったりと『不利な奴』に対して容赦なく辞めろだの必要ないだのと言い放つ。


 要するに彼は『勝つ要素の無い奴』とはプレーをしたくないのだ、と永児は見ている。


 試合で負けたのもチームメイトが勝負に有利な奴じゃなかったからだ、と言いたいらしい。


 今日は部内で試合形式の練習をしていたのだが、永児と番匠が組んだチームは先ほど負けた。


 こんなことは練習中いくらでもある。だが負けると番匠が不機嫌になるので、エースであってもほとんどの部員は扱いに困るのが常だった。


 負けた後、チームメイトに文句を言い始めた番匠を見かねて永児が止めに入ったため、今はイライラの矛先が永児に向かっているというわけである。


「正義の味方ぶりたいなら、よそでやれよ。スポーツの世界はそんなもので勝てるほど甘くないんだからさ」


「正義ぶっているわけじゃない。練習している奴を貶める権利なんて、誰にもないだろ」


 ここで熱くなっても結局のところ、何にもならないのはわかっている。


 羽咋はくい中の三年エースが番匠である以上、部内での発言力・影響力は大きい。


 そんな奴にレギュラーではない永児の反論なんて、番匠には露ほどにも効果はないだろう。


 だけどエースだからといってハイ、そうですねと一から十まで同調するかと言えばそれは違う。


「練習が無駄だって言う前に、お前だって皆と一緒に練習してるだろうが」

「だから俺じゃなくて、無駄なのは『勝負に不利な奴』だって言ってるんだよ!」


 確かに永児はレギュラーではなくベンチ要員だ。

 だが番匠に対して反論する材料は全くのゼロというわけではない。


「はは! まるでバレーの全てをわかってますって言い方だなァ。番匠くんよ」

「なんだと」


 小学三年からバレーを続けている永児からすれば、良くない結果を周りにあてつける行為は、チームプレイ歴の浅い初心者がやらかすことだ。


 永児がまだ小学生だった頃、試合に負けたときに番匠のようなヒステリー反応を起こす奴を何度となく見たことがある。


 バレー歴が長い永児とは違って、番匠は中学のから始めたのだ。


 いかに試合で有利な資質を持つと言っても、

 精神的な熟練度レベルにおいて番匠はまだまだと言えた。


「バレーボールはスポーツだ。スポーツには勝ちもあれば負けだってあるんだぜ。

負けから目を逸らしてる奴が、バレーを全部知った気になってんなよ」


 番匠の怒りゲージが上昇するのを見たが知ったことじゃない。


 永児はとっくに番匠と『分かり合おう』なんて考えは放棄している。

 先に矛を向けてきたのは番匠むこうの方だ。痛いところを突かれているのはお互い様なのだ。


 だいたい言葉で人を刺してくる奴に、自分の言い分をわかってもらおうなんて無茶な話だ。


 こいつが話してわかるような、そんな理解力の欠片でも持っている奴であれば、最初から苦労などない。


「先輩ら、次の試合始めるからケンカはその辺にしといてくださいよ」


 後輩の伊川が点数ボードをゼロにリセットしながら、コートからの退場を促す。


「伊川、俺とチーム替われ。お前、番匠のチームな」

「はい? 竜村先輩? 今なんて?」

「これ以上俺と組ませたら、あいつもう試合しないって言い出しかねないぞ。

今睨み合ってる俺が反対のチームに入った方が絶対やる気出すから、交代」

「……俺が番匠先輩と組むことになるじゃないですか」

「良いじゃん。お前ボールトスする役セッターなんだからエースと練習できるだろ」

「もおおおおお負けたらどやされるの俺じゃないですか! 先輩らほんといい加減にしてくださいよ」


 伊川には悪いが、ここまで状況がヒートアップした以上、永児も番匠も後には退けない。


 モヤモヤを抱えたままで組むよりも、試合で思う存分ぶつかり合った方がまだ良い。


 自分たちはバレーボーラーだ。にはこれが一番である。




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