プロローグ(03)

『なんか凄そうだから、俺も見てみたい』

『ほんとに? 僕と月に来てくれる? 試合見てくれる?』

『うん行くよ。バレーの試合なら応援するし』

『ありがとうハチ君! 約束だからね』

『おうわかった。よくわからんけど』

『試合と言えば、明日新人戦って言ってたね。応援してるから頑張って!』


 話題が切り替わって内心安堵する永児だったが、新人戦の話でもちょっと複雑な気持ちではあった。


 試合でも永児はベンチ要員だ。レギュラーではないので試合に出ずっぱりというわけではない。


 それでも応援してもらえるのはやっぱり嬉しいのも本当だ。ベンチ要員だってただ試合を見ていれば良いわけではない。


 選手たちのプレーを見るのも練習のうちだし……。


 ただ試合に出たい気持ちを抑えながら見ているというのは、やはり精神力と根気がいる作業なのだ。


 誰の目にも映ることのないベンチでの戦いを、たった一人からでも応援してもらえるのは、永児にとってありがたい以外のなにものでもなかった。


『ありがとな! 今回もベンチだけど(涙)俺なりに一つでも何か得られるように頑張るよ』

『今はそうかもしれないけど、最近のハチ君は調子悪くないと思うよ』

『そうだっけ?』

『ロードワークの距離が伸びたって言ってたし、僕が教えたスクワットとかのメニューもちゃんとやってくれてたじゃあないか』


 それから少し遅れてさらにメッセージが表示された。


『誰よりもハチ君がバレーに真剣に向き合っているのを僕は知っているよ。だから続けていれば絶対に大丈夫!』

「くうっ……!」


 永児は手のひらで額を抑えた。そうなのだ。Aはほんとうにこういう良い奴なのだ。


『俺、泣きそう(笑)お前が言ったように大丈夫だと思って試合に臨むよ』

『まだ試合は始まってもいないから泣く時ではないよ?』

『うん大丈夫。それじゃあ明日もあるから、もう寝るな』

『わかった、ゆっくり休んでくれ。おやすみ』

『おやすみ』


 ぱたりと携帯電話を折って永児はベッドに寝転んだ。するとまた受信音が鳴った。


 何だと思って再び携帯を開くと、今度は異なる相手からのダイレクトメールだった。


「あれ、サイレンさんからだ。こんなタイミングとか珍しいな」


 送信主の”サイレン”さんはバレーボール繋がりではなく、永児がたまにやっているオンラインRPGで知り合ったギルドの仲間である。


 他にも仲間はいるがログインする時間が重なることが多いので、ギルドの中でもサイレンさんと組むことが増えていった。


 サイレンさんともゲーム内で一緒に行動するうちに同じSNSを使っていることがわかり、フォローし合い、ダイレクトメールで個人的に話すうちに、向こうも同じくらいの年であることがわかった。


 こちらとも一度も会ったことは無いが、文章から伝わってくる雰囲気からしてたぶん女性だろうと永児は思っている。


『夜分に失礼します。ハチさん今起きてますか?』


 まさに今寝ようとしていたところだったが、このタイミングで来られたら何の用件か気になるのでそのまま聞くことにした。


『起きてたよ。どうしたの?』

『えと……あの、大したことじゃないんだけど、ハチさんが起きてたら話しておこうと思ってたことがあって』

『俺に話したいこと?』


 はっと永児の体中に緊張が走った。


(なんだろう。もしかして気付かないうちに何か失礼なことでも言ったか俺?)


 ためらっていたのか、そのあと少し遅れてメッセージが表示された。


『私もバレーボール始めることにしたんです』

「え!!??」


 思いがけない発表に、永児は驚く勢いのままベッドから起き上がった。


『ほんとに!? まじで!?』

『うん。ハチさんがいつもバレーは楽しいって話すのを聞いてたら、だんだん気になってきて……近所で丁度バレーボールクラブの募集してるのを見たから、今日見学に行ってきました』

『じゃあ、そこでバレーボール始めるんだ!』

『緊張したけど雰囲気が良くて丁寧に教えてもらえたから、できるかもって。家からはもう許可取ってあるから、明日の放課後から練習参加します』

『そっかそっか! 良い所見つかって良かったじゃん!』


「なにこれまじか……! くっふうぅぅぅ……!!」


 まさかサイレンさんとも、バレーボールについて話すことができるようになるなんて。


 日頃バレーボールで頭がいっぱいの永児にとって同志が増える瞬間に立ち会えることは、神がもたららす奇跡に遭遇したことと同義である。


 顔のにやけやら体の震えが止まらない。尊いこの僥倖に思わずベッドの上で五体投地した。


 トップギアまですっかり上がりきったテンションによって、さっきまで感じていた眠気もはるか彼方である。


『ありがとう。まだ上手くできないしわからないことだらけだけど、とりあえず頑張ってみます』

『うん、俺にわかることなら相談に乗るから!』

『ぜひお願いします! ポジションとかルールもまだわかってないので』

『それはしょうがないよ! あ、やってみたいポジションはある?』


 明日に備えて寝ようと思っていたはずが、結局サイレンさんとのバレー話が盛り上がってしまい、今度こそ永児が眠りについたのは約2時間後だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る