プロローグ(02)

 三年後。現在・石川県――。


 竜村永児たつむらえいじは携帯電話の画面に映し出されたメッセージに首を傾げた。


 相手がどういう意味でこのメッセージを送ってきたのか、どう返事を送るべきか片手で銀色の髪をかきつつ、迷ってもう数分になる。


『僕はね、月でだってバレーをするつもりだ。もしハチ君が見たいって言ってくれるなら、僕が君を月まで連れて行くよ。』


 どういう意味だ。月でバレーってどういうことなんだ。


 ついさっきまでは今日の練習だとか、明日の新人戦についてだとか普通にバレーボールについて話し合っていたはずなのだが。


 永児の話相手であるAエースとは日々の呟きを発信できるSNSで、バレーボール好きのグループタグを巡っていた時に知り合った。


 "ハチ"というのは永児がこのSNSで使っているアカウント名である。自分のユニフォームの番号が由来だ。


 互いにフォローし合い呟きに対して返信し合っているうちに、今ではSNSのダイレクトメール機能を利用して、個人的にメッセージをやり取りするまでになった。


 Aと知り合ってすでに1年は経っているが、向こうも同じく十代でバレーをしていることから、同じ話題で定期的に話す習慣がついてここまで付き合いが続いている状態だ。


 しかし十代とわかっているだけで永児とAは一度も会ったことはない。一人称は”僕”だが本当に男なのかわからない。


 この個性的な口調もまあたぶん、あえて性別がわからないようにしているんだろうと思っている。


 実際ネット社会は、安易に情報をさらけ出すとなにがあるかわからないものだ。


 御覧の通りAは少し変わった奴である。だがこれまでやり取りしたメッセージの中で、この文章は群を抜いている。


『俺も連れていくってどういうこと?』


 考えてみた末にやっぱりよくわからなかったので、このような返事しか返せなかった。


 とりあえず一つでもいいから説明がほしい。まずはそれからだ。

 すると少しして携帯電話から受信音が鳴った。


『だって……あの白いコートの上に僕がいて、そしてハチ君も同じ眺めを見ているだなんて……想像しただけでわくわくするよ!』


「お前の言ってること何もなんもわからんわ!」


 永児が質問することでAが何かしらの取っ掛かりになる情報を載せてくれることを期待したが、Aは永児の誘導に1ミリもかかってくれなかった。


 完全に相手は永児が送った質問の意味を汲み取っておらず、これでは到底会話にならない。


「もしかして謎解き系の問題とか? 意味がわかったら怖い系のやつ?」


 そう思ってもう一度文章を見返してみたが、やっぱりわからない。


 今言っていることは確かに意味不明だが、そもそも普段交わすAとの会話では、いきなり何の脈絡もなく謎かけをされることなどなかった。


 ふざけ合うことはあったが、ドッキリだとか変ないたずらを仕掛けられたことだって一度も無い。


 Aとは確かに会ったことはなかったが、これまでの付き合いでAに対して感じたのは、気さくで話しやすくて他人とでも真摯に向き合ってくれる奴ということだ。


(こいつは冗談じゃなく本気で言ってるんじゃないだろうか)


 月でバレーをするというのも、いつか本当に何らかの手段で叶えるつもりなのかもしれない。


(心の底から願っているけど、あんまりにも突飛すぎるから誰にも言っていない……

そういうことを俺には言ってくれているのかもしれない。だったら俺はこいつの話を受け止めてやるだけだ)


 まあ全部勘違いで勝手な思い上がりかもしれないが、それならそれでいい。


 Aへの対応方針を決めた永児は、携帯電話のボタンを押してメッセージを書き込んだ。

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