我らがピーターパンズ

寒い冬も終わり季節は3月。吹雪で吹き飛んだ屋根の部分に貼ったトタンから優しい木漏れ日が入ってくる。

「おい翔太、新聞貸してくれ」

「ういー」

新聞を渡すと兄貴もとい島田さんはメガネをつけて政治家のスキャンダルのニュースを見始めた。

「政治家も信用ならないねぇ・・・」

「ですなですな」

「お前もちゃんと読んでるのか?」

「外の情報は貴重で面白いからね」

「ならよし。」

冬の引きこもり期間に暇で作った揺れる椅子に座って揺れながら何も考えずに暖かくなる前の微妙な寒さを感じていた。

「南登山道距離200。動く影確認、性別は女性。おそらく峰森さんかと。通します?」

「一応警戒しとけグンジン。通しはするが違うのであれば私有地ですよ看板を先回りして立てとけ。」

「杞憂だよ翔太。」

「備えあれば憂いなしですよ兄貴ぃ」

「春になっても気が抜けないなあお前は。そういえばやっちゃんは?」

「朝早くから獣の動向を観測しに行くって出ていった。よくやるよあいつ」

やっちゃんの春先の獣の動向調査は危険ルートを決める時にすごく役立つ。どこにどういう獣の縄張りがあるかが分かるかどうかだけで生死が別れる事になる。イノシシに遭遇したら俺たちじゃひとたまりもない。グンジンならまだやれるかもしれないが、やっちゃんなら即死だろう。

「峰森さんだ。通すよ」

「うい。」

グンジンは赤い旗を振って"通行を許可する"の合図を送った。

「おはよう諸君。全員生きてるかね?」

「もちのろんですぞ峰森さん。」

「今日は頂き物も持ってきた。田舎ってのはいいね。果物とかいっぱい貰えるからな。」

置かれた紙袋の中を見ると綺麗に赤に染ったりんごが入っていた。

「おおー・・・!」

「それと生活費だ。15万。萩田くんまた新しい武器を買ったそうだね?」

「いえいえいつものエアガンなどではなく文句無しの実用的なものですよ。この先かなり出番が増えると思いますよ」

「ほう、珍しいな。それで物はなんだ?」

「火薬銃ですよ。これがあれば獣も近寄らないし、人も追い払えますよ」

そう言いながらグンジンは武器をたくさん置いている棚から1丁取り出して峰森さんに渡した

「ふむ、いつものような『備え』よりかは遥かに役立つかな?」

「一応使ってますよちゃんと。言わんでくださいな」

しかし冬の間は襲撃や来客は一切なかったため、グンジンの言ったことは9割嘘になる。

しかしグンジンは幾度となく地元のヤンキーを知略と彼のエアガンの腕前で追い払っている実績がある。いわば強力な『後ろ盾』だ。

「山田くんは毎年恒例の調査かね」

「ですね 。毎年ありがたいことこの上ないですよホント」

「さあ生存確認も済んだので私は帰る。では。」

そう言って峰森さんは出入口のハシゴを降りていった。

その数十分後やっちゃんが帰ってきた。手と背中に大量の薪を背負って。

「獣はまだ動いてなかったのでついでに薪を取ってきました。そういえばさっき峰森さん来てました?」

「来てたよ。リンゴ持ってきてくれたから食べようぜ」

「分かりましたあ!」

やっちゃんは巻を薪置場に置くと身軽にはしごを登り、りんごをキッチンで等分してくれた。

「これ当たりのりんごですよ。水分が十分あってみずみずしいです」

「おおマジか!食おうぜ!」

島田さんは微妙に小さいりんごのかけらを選んで口に放り込んだ。島田さんは大胆な性格だが遠慮気味なところや優しいところもある。

「うめえ」

「ジュースにしてえなこれ」

口に入れるとシャリシャリした食感のあとに甘酸っぱい汁が噛むたびにあふれてくる。言葉で言えば「フレッシュ」そのものだった。

「これ青森産かな」

「どうだろ?」

「輸入かもしれませんぜ」

「どうだっていいじゃないですか。うまいものはうまい、それで十分ですよ。産地がわかっても美味しさは変わりませんから」

とやっちゃんは言ってのけた。彼の食べている顔がこのメンバーの中でも一番幸せそうな顔だった。

食べ終わるとすぐに紙皿と紙コップを捨て、山全体の地図と町内全体の地図を机に広げた。

「いよいよ来ましたな戦の時期が。今回はどんな作戦で?」

「大げさだぞグンジン」

「へいへい」

「へいは一回だ」

「へーい」

「さて、今年は雪が酷く去年は雨がひどかったので第2運搬山道、つまり一番舗装されていてなおかつ登るのも容易な通路がちっちゃい土砂崩れで潰れた。」

「今年の物資運搬は苦行になりそうだな」

潰れていなくて一番安全な基地への道は9割獣道で運搬のときは危険すぎて肉体的にも精神的にも帰ったら寝ないと狂ってしまうほどだ。

度々こういうことを経験しているので俺たちは少しはマシだが普通の人、大人もだ。一回の運搬でバタンキューだ。

「今年も登山家、やっちゃんが活躍かぁ?」

「そんなに褒めないでくださいよ、期待されすぎると緊張して上手く出来なくなっちゃいます」

「まあ今年は当番制だから全員行くけどな」

「ええええええ〜・・・」

「去年みたいにグンジンとやっちゃんだけで行けよぉ」

「去年は一番楽な道が使えたから良かっただけですぞ兄貴、山は厳しいのです。」

「このトタン屋根も物語ってるぜ」

笑うとランタンの火も楽しそうに揺れた。いつの間にか日が暮れていた。

日すっかり落ちてみんなが本や雑誌を手にくつろいでいると、やっちゃんが急に雑誌を机の上に叩きつけて、

「今日の夜は雲の少ない星空ですよ!みんな、今日はテラスの近くで寝ましょう!」

と言い、全員が少し気にしていたその場の静寂を打ち切った。

「皆の者!布団を運べー!」

「何言ってるんすか兄貴もやるんですよ」

「へいへい・・・」

『へいは一回だ』

「あははは!!揃った!!」

「へいは一回だ!あはははは!!」

「へーいってな!あひひひ!!!」

暗い部屋にまた明るい笑顔が灯った。笑いすぎて死ぬかと思うほど笑ってしまった。

テラスの近くに布団を敷いて、雨戸を全開にし、みんなで星空を眺めた。

「この星がさ、全部お金で、全部自分のものになったらどうしますぜ?」

グンジンが星を神妙な顔で眺めながらいつもよりローテンションで訊いてきた。

「俺はある程度安いアパートに住んで働かず暮らす。死ぬまで働かずに俺だけのための贅沢をするな。」

「兄貴は現実的ですな。あっしは死ぬまで好きなことして遊ぶために使うと思いますぜ。健康不健康気にせずやりたいことして死にたい。」

「つまり長生きは論外と言いたい?」

「例え話ですが皆さん、100年ずっとクソまずい飯食って長生きするか、20年たまらなく美味い毒を食って短く生きるか、どっちがいいです?」

グンジンの言いたいことは分かった。

別にやりたいこともないしするべきこともないのにただ時間が経つのを待って何も考えずに生きるか、全力で楽しんで満足して若いうちに死ぬかということだろう。なんとなくでしかないものの、グンジンらしさを感じた。

「一理ある。だがなグンジン、俺は天下のラッキーボーイ島田様だ。生きてりゃ何かしらいいことがあるのさ」

「僕も一理あると思います。でも、その長い長い時間の中の小さなことでもいいように捉えられたら、長生きも案外悪くないかもしれませんよ。」

「みんなどれぞれだなあ」

「人生自体何すればいいか分かるはずもないからみんなそれぞれで答え見つけようとしてるんだろうな」

「お?テメエら湿気た話はとっととやめて星ちゃんと見ようぜ!」

島田さんが星空を見ながら大声を上げた。

「すげえ流れ星だ!」

美しく無数の輝きに満ちた星空には何度も白い線を描く流れ星が見えた。

心に焼き付きそうなほど美しかった。

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出来損ないのピーターパンたち つきみなも @nekodaruma0218

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