あの目

 あの日から”仁”はこの病室に通っていない。僕が榴美になってから今日で七日になる。きっと"僕"は今日死んでしまうんだろう。だけどなんでだろう、不思議と後悔の「こ」の字もない。「どんなことを彼女は今してるんだろう」「どんな話をしたら彼女は喜ぶだろう」。もともと何のオモシロミも無かった僕の人生に、こんな素敵なことを想えるような時間をくれた。そんな彼女に、感謝以外に何を感じればいいんだろう。

 だんだんと意識がもうろうとしてくる。今まで死んだことのない僕でも分かる。お迎えが来たんだ。一人の女性のために死ぬというのは意外と悪くないな..

 けど、やっぱり、最後にもう一度だけ、

 あの目を...


 真っ白に染められ始める視界の片隅に、閉まっていたドアが勢いよく開く音が聞こえる。「なんだ..?」という疑問を遮るように瞼が閉じてしまったその時だった。

 「仁!」と叫ぶ声と一緒に、唇のあたりに甘い感触がした。

 閉じたはずの僕の目が開き、最初に視界に入ってきたものは



 榴美の姿をした、閉じていく”あの目”だった

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