第5話 魔王の仕事は

 山田の魔王代理としての新生活が始まった。


 いきなり代理をするといってもできないので、まずは魔王の振る舞いやこの世界の一般常識を学ぶため、召使いとしてそばにいる事になった。


 ボルスによればアリアは「多忙」だということだったが、山田の目からはそんなふうには見えなかった。朝遅くに目を覚ますと召使いが温かいお茶と朝食を持ってくる。朝食が終わると箱が運ばれてくる。箱の中には書類が入っている。机のうえに箱を置き、書類に目を通す。


(満員の湘南新宿ラインに乗る必要もない。いったい何が不満なんだ……)と山田は思った。


 山田はこの世界の文字が読める様になっていることに気がついた。書類の中身までは読めていない。アリアはざっと目を通すだけですぐに書類を箱の中に戻すからだ。


 その後は書斎から謁見の間へと移動する。臣下たちが現れ、ひざまずき、何かを言う。内容は色々だったが、山田が印象的だったのは遠方から着たという人物である。


「……このように申し上げた用に、我々の領土はたびたび人間族に侵略されております。我が部族は勇敢に戦っております。しかし人間族はいくら退けても攻撃をしてきます。このままではジリ貧です。戦況を覆すために陛下に派兵していただきたいと考えております」


(戦争してないって言ってたのは嘘だったのか……?)


 ボルスはアリアに近づき、耳元で何かをささやく。アリアはそれをおとなしく聞いてから口を開く。


「私が軍を出すと人間側に侵略の口実を与えることになる。援軍は出せない」


 山田からはずいぶんと冷たい言葉のように見えたが、臣下の男は反論することもなく下がっていった。ボルスからあとから聞いた話によると、魔族と人間は恒常的な敵対関係にあり、魔族の支配する地と人間の支配する地の境界ではたびたび戦闘が起きているらしい。しかしそれは小競り合い程度で、魔王としては戦争とは認識していないらしい。戦闘はあるが戦争ではないなんて日本の政治家みたいなことをいうものだと思ったが、こちらの世界にも政治というものがあって都合のいい言葉の使い分けをしているのかもしれない。


 仕事は午前で終わった(うらやましい!)


 午後は魔王城の庭園でのお茶会だ。お茶会には貴族の若い女性が集まった。男性の姿もあるが、女性の付き添いや音楽家だった。


 他愛のないおしゃべりを楽しむ姿を見ると、ここが異世界で自分の目の前にいるのが魔王だということを忘れそうになってしまう。実際、魔王や魔族といっても、こうして意思疎通できている時点で、せいぜい時代や国が違う同じ人間くらいの違いしかないのだろう。


「見慣れない顔ですわね。新しい召使いかしら」と貴族の女性が山田に言及した。たしかに見知らぬ男が魔王の一番そばに突っ立っているのだ。これまで誰も言及しなかったのが不思議なくらいだ。


「実はこの男は」アリアが言った。「異世界から召喚したのだ。面白いから数日手元において様子を見てみようとおもってな」


異世界から召喚というのはこの世界でも珍しいのか、皆が驚いていた。山田に注目が集まる。山田が自分が珍獣のペットにでもなったような気分になった。飲み会の席にパンダやカモノハシを持ってきたらこんな感じだろうという騒ぎ方だった。しかしそれも少しの間だけで、いつの間にか別の話題へと変わって、山田への注目は霧散した。


 山田がホッとしていると、ある女性のスカートの下から出ている大きな尻尾が目に入った。巨大なトカゲのような尻尾だ。尻尾がくねくねと動く。


「私の尻尾が気になりますの?」とその尻尾の生えている女性が言った。


「え、いえ。すみません」山田は反射的に誤った。


「こちらは竜族のご令嬢だ」ボルスが口を挟む。ボルスは山田とともにアリアのそばにいる。けっこう偉い人物なのだが、山田にとっては漫画の解説キャラみたいになっている。


「竜族……僕のいた世界にはなかったもので……」


「竜族は魔族でも有力な部族だ。失礼のないように」


アリアの就寝は早い。お茶会を終え、夕食を食べ、まだ日没から1,2時間しか経っていないのに眠る。山田はまだまったく眠くない。そもそも夜型の人間で、夜中までネットやゲームをして過ごしていた男だ。アリアは12時間も寝るらしい。どうやら魔王の強力な魔力を蓄えるためには長時間の睡眠が必要らしい。本当だろうか。


かくして魔王アリアの一日は終わった。


山田はこの魔王の仕事の代理をこれからしていくことになる。楽勝だな、と山田は思った。



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