第2話 庭園、危機感のない魔王は
アリアは庭でお茶を飲んでいた。お茶を飲み、茶菓子を食べ、友人とおしゃべりをするのがアリアの楽しみだ。庭は城の中にあった。小さな川や橋がある、自然を模した庭園だ。専属の庭師が10人以上いて、いつもきれいに管理されている。
アリアは魔王だ。魔族の唯一にして絶対的な王である。魔王城は大平原の中央に位置し、城下町は国の首都として栄えていた。
お茶会には貴族や芸術家の若い女性が呼ばれた。菓子を食べ、他愛のないおしゃべりをし、絵画や音楽を楽しむ会だ。
「今日のお菓子も美味しいですわ」と貴族の女性が言った。
「そうであろう」アリアがいう。「南方の部族から下賜された珍しい柑橘を使ったのだ。甘さと、爽やかさがちょうどよいバランスで美味であろう」
などと話していると、遠くから爆発音が聞こえた。
爆発音が一瞬女達の口を止めたが、すぐに女達の口は動き始める。
「またテロかしら。物騒ですわね」「先週もあったらしいですわ」「まあ、怖いわね」「あのテロリスト、なんて言ったのですっけ」「マキシムかしら」「そうそう、どうやらその男が扇動しているらしいですわ」「監獄に投獄されてるんですって」「それじゃあテロは彼が起こしているんじゃないの」「監獄の中から扇動してるらしいわ」「なんでも新しい魔法技術に詳しいらしいですわ」「まあ」「恐ろしい男ですけど、男前らしいですわ」「あらあら」女達はテロリストの話に花を咲かせる。
ゴホン、とわざとらしい男の咳払いが響く。
「お嬢様方、テロリストのことをそのように言うものではありません」
背の高い中年の男、名前をボルスといった。彼はアリアの側近だ。
「ボルス、構わん」アリアが言う。「ここはそういう堅苦しいことは抜きの場所なのだ。せっかくの茶がまずくなるではないか。何だ貴様は、女だけの会におずおずと付いてきて、事あるごとに小言をいうとは」
「陛下、事態は逼迫しております。いざというときのためにお側にいなければなりません」
「ならば黙っていざというときのために備えておれ」
ボルスのもとに伝令が駆け寄ってきて、ボルスに耳打ちをする。
「陛下、監獄が民衆に襲われております」
「民衆が襲われた程度で落ちる監獄でもないだろう」
「そうではありますが、陛下の命令で兵士たちは攻撃魔法をできません。防戦一方ではいずれ監獄は落ちます。攻撃魔法の使用許可を」
「それはダメだ。民衆を攻撃したら、更に反感が高まるではないか」
「しかし監獄が落ちれば、捉えている政治犯が……」
「くどい!」ボルスの言葉を遮ってアリアが言う。「私は攻撃するなといったのだ。そして今は茶会中だ。話は終わってからにしろ。ここから出ていけ」
「しかし一刻を争う話です」
「ボルス、聞こえなかったのか」
「……御意」ボルスは渋々庭園を立ち去った。
「やれやれ、お茶が冷めてしまったではないか」とアリアはわざとらしく愚痴をこぼした。
「大変ですわね」と誰かが言う。
「まったくだ。この時間が唯一の私の心休まる時間だと言うのに。ボルスときたら最近四六時中仕事の話ばかり持ってくる。風呂とトイレとベッドにいるとき以外、私に自由な時間というのはないのだ。まったくこんな哀れな魔王はこれまでいなかっただろう」
「そんなことありませんわ。アリア様は美しさと強さというあらゆる者が求めるものを持ってらっしゃる、の憧れですわ」
「そんなことはない。他人から見れば私は何でも持っていると思われているかもしれないが、そこらの鳥や野良猫さえ持っているものを私は持っていない。鳥が大空を飛んだり、野良猫が路地を歩いていても誰も気を留めたりしない。それが本当の自由だ。そんな自由を持てたらと、いつも思ってるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます